第9話 夜を走る
「あ」
「どしたの?」
ひかりたち三人は丁度校門を出たところだった。
だいぶ話し込んでしまったせいで辺りはすっかり暗くなっていた。
「赤い魔術師についての投稿が一個増えた」
「今!?」
あまねがひかりの『ビット』を覗き込んだ。ひかりの『ビット』は、昨夜データ収集のために自動的に「赤い魔術師」についての書き込みを拾ってくるように設定してあった。
設定がそのままだったせいだ。
「今、赤い魔術師に会った。ゆな、ダイ、私たちは狙われてる。怖い。…殺されるかもしれない」
ひかりはそのまま読み上げた。
「春原!」あまねが振り返ると、春原が厳しい顔でうなずいた。
「わかってる、先に行く」
春原が手早く首にかけていたヘッドホンを耳に当てた。
スイッチを入れたのだろう、青い金属製の本体に小さな明かりがつく。
「場所わかる?」
ひかりは書き込みがされたデータの位置を確認した。
書き込んだ人は赤い魔術師の場所を知らせたいのか、位置情報を明らかにしていることが多かった。
学校やなんかで散々「うかつな書き込みはやめましょう」なんて言ったところで無理な話。
『赤い魔術師』はお化けや変質者と変わらない。
自分の名前さえわからなければ良いと思うのか、嘘ではない証明にしたいのか今も程なく場所が書き込まれた。
少し距離はあるが走っていける距離、市内の一角であることがわかる。
「城川公園!」
「りょーかい!」
(ネクストライフチューナーは、音楽)
あまねが、ついさっき教えてくれたことがひかりの頭の中にこだまする。
(その音楽を聴くことで、少しの間だけネクストライフの力を再生できる)
目の前で春原の背中に青い光の翼が現れた。
マンガや芸術作品に描かれる天使の翼と違って、身体からの生え際部分は羽毛で覆われているものの、フワフワしていなくて肩がもう1組そこから生えているのかというくらい筋肉質でリアルだった。
翼全体の大きさは畳んだ状態で春原の身長と同じか大きいくらい。
本当にどこか別の世界で空気を掴んで飛ぶためのものだ、という説得力があった。
同時に翼は全体的に透けていて青い光を纏っている。
服の背中が破れている感じもないのでやはり実体があるものでは無いらしい。
現実的な非現実。なんて不思議な。
翼を一瞬で生やした春原はまっしぐらに夜の空に飛び上がって見えなくなってしまった。
「私たちも急ごう!」
あまねが駆け出す。
「まだ決まりじゃないけど、『赤い魔術師』は多分ネクストライフで暴走してる誰か。…ネクストライフの力はこの世界のものじゃ無いから記憶に残りづらいんだ」
「そうなの!?」
ひかりも追って走った。
あまねより身長がある分、足幅もある。すぐに追いついて並走した。
「これが、秘密を守るのに一生懸命にならない理由。ネクストライフが無ければ、人は良いように勘違いで記憶を上塗りしながらだんだんと忘れてく」
(そうだったのか…!)
「でも、例えば何かで撮られたり誰かの日記に書かれたりしたら?」
「記憶だけじゃなくて記録も。文章、映像、音声! 記憶ほどじゃないけど少しずつ勝手に変わったり消えたりして残らない」
あまねが走りながらぜえはあしつつ、叫ぶように言った。
走るのは得意でないようで、足元はたまにもつれそうにもなっている。
記録まで変わってしまうなら春原が猫を助けるために昼日中空を飛ぶのも、それを目撃されても平気なはずだ。
「じゃあ赤い魔術師が忘れられてないのは!?」
小学生たちの噂は少なくとも残っていたから、見つけることができた。
「本当に実際起きたことそのままじゃなくて、人づてにすでに怪談に変わったものだからじゃないかと思ってる。 だから私と春原が本当に起きてたことは何か調べてたんだ」
ひかりにもなんとなく分かってきた。
「例えばなんだけど、春原先輩を見て『青い羽で飛んでいる人間がいた』っていう噂は変化しやすいけど『鳥人間が出た』なら……残る?」
走りながらあまねは親指を突き出して見せた。
「そゆこと!」
ひかりは走りながら息を整えた。
『赤い魔術師』は怪談ではない。
本当に今怖い目に遭っている人がいる。
校門から伸びた小道は明るい大通りへ繋がろうとしていた。
「ごめん、僕も先に行く!」
「えっ!?」
驚くあまねの横からひかりは更にスピードを上げて遠ざかってゆく。
バテバテなあまねを置いて一気に加速したかと思うと、歩道のガードレールをひらりと飛び越えて車道を渡りきり、ほとんど速度を落とさずに城川公園へ最短距離になる階段を駆け登って行った。
「はぁ!? どういう体力してんの!」
あまねは肩で息をしながら足を止めた。
(ぼんやりしてる子かなと思ったら、ほんとネクストライフ持ちってスイッチ入ったら変わるよね!)
三階から落ちようとしていた春原を救うために迷わず飛び出したり、思い切りがめちゃくちゃ良かったり。
あまねは普段から彼らと間近に接している分よくわかる。
彼らは何処かしら豹変する何かを持っている。
それが世界の壁を飛び越えさせるのか、それこそ生まれ持った何かなのかは分からないが。
息が整ってきたので周囲を見渡す。
「さー! 私も追いつくからね!!」
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