第10話 夜間飛行
春原トオルが城川公園上空に着いたとき、幸い空を見上げる者は一人もいなかった。
両翼が掴む空気は昨日よりもずっと暖かく、今どこかで恐怖に直面している誰かが寒い思いをしていないことが嬉しかった。
(寒さはダメだもんな)
春原は寒さが苦手だ。
寒いとそれだけで元気が無くなって、心が辛くなる。
それを知っているから、頭の中に呼び出した街の地図を急いで検索する。
翼を持っていても鳥ではないので夜目は効く。
すぐに自分の位置と目的地を把握すると、最短距離の直線状に自分を乗せた。
公園まではほんの数分もかからないだろう。
高速で夜空を飛ぶ春原はネクストライフがあるとはいえ、そもそも目撃されること自体もあまりない。
人はそんなに空を見上げないのかもしれないが。
すでに18時を過ぎて公園にいる人の姿は一つだけだった。
城川公園は住宅地の中にあり、広い緑地と昼間は子供たちで賑わう遊具、そして休憩が取れそうなベンチが点在する市内でも大きい公園だった。
小学生らしい女の子が一人、ベンチの後ろに座り込んでいる。
膝を抱え込み、小さく丸まるようにしながら片手に握りしめた端末の画面灯が目立つ。
(あれか!)
春原は離れた場所に降り立ち、翼を消した。
「きみ! どうしたの!?」
女の子が顔を上げた。
見開いた目、酷い恐怖に頬が色を失い涙の跡がいく筋も残っている上を、また新たな滴が転がった。
「赤い魔術師が、でた」
女の子は春原の手を引いた。
「殺されちゃう! みんな、どうしよう私のせいで!」
「大丈夫、誰も死なないから」
わっと泣き出したその子は掴んだ腕にしがみついた。
何か言葉にしようとするが言葉にならないのか、大きな嗚咽に変わってしまう。
どれだけ怖かっただろう。
春原は胸が痛んだ。
その背を軽く叩いて慰め、嗚咽が小さくなった頃にしゃがんで目を合わせて約束する。
「なんとかする。赤い魔術師はもうでない」
女の子は泣き腫らした目で問うように春原を見つめ返す。
「本当?」
「絶対に。…君は頼れる人を今すぐ全部呼んで。警察でも消防でも友達でも家族でも猫でも犬でも」
猫でも犬でも、と言ったところで女の子がちらと笑う。
春原はその様子に少し安堵した。
その理由がネクストライフに接したせいで恐怖の記憶が薄れたためでも、思いがけなくも春原の冗談が受けたのでも、どちらでも良かった。
ひとは1秒でも多く笑っているべきだから。
春原は朴訥としたやさしい顔にふわりと笑みを浮かべる。
「俺に赤い魔術師が出た場所を詳しく教えて」
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