第7話 宿題提出

「赤い魔術師の噂はこの辺りの小学校を中心に広がっている。都市伝説みたいな感じで」

 放送部の部室内はカーテンが閉め切られ、明かりも落とされていてしんと静かで、外のざわめきとも無縁。

 今日は春原が助けた猫はいないようだった。


 薄暗い室内に立体映像が表示されている。

 授業が終わるとすぐにひかりは放送室を訪れ、待ち受けていた響あまねと春原トオルに『宿題』を突きつけた。

 ひかりが空中に指を動かすと、命令を読み取ったひかりの『ビット』がスクリーンモードで宙に表示していた立体地図を更新する。

 小学校を中心に表示した地図に丸いアイコンが10件ほどぴょこぴょこ追加表示された。

 それは小学校を囲むように点在している。

 同時に小学校からの距離を表す同心円が広がって、アイコンが示す地点は小学校からさほど離れていない場所に限られることが見て取れる。

「これが昨日の夜だけで集められた噂と、それぞれ書き込まれた場所。…ネット上の噂でも、できるだけ本物っぽいものを選んだ」

 ひかりの端末は放送部の床に置かれ、そこから立ち上がった光の中に立体映像が浮かんでいる。

 それを響あまねは昨日と同じ机に腰掛け、春原トオルは後ろ向きに置いた椅子にまたがるように座って背もたれに肘をついて、二人とも神妙な顔で見ていた。

 あまねは制服、春原は陸上部のトレーニングウェア姿で、首に昨日と同じ青いヘッドホンを下げている。

 その二人の後ろに立って、ひかりは端末を操作していた。


 正面から端末を挟む位置で話すと映像ごしに話すことになってしまい、なんともやりづらいのでこんな立ち位置だった。

「あくまで噂だから細かい違いがあるけど、まとめると赤い服を着た魔術師が正義の鉄槌を下してくれる…みたいな内容…なんだけど」

 ひとしきり話してひかりは不安に肩を落とした。

「時間がなくて雑に検索して集めただけの情報しかなくて……。『赤い魔術師』が何なのか、具体的にどうやったら会えるかまではわからなかった」

 二人は無言だった。がっかりされたかもしれない。

 後ろ姿から表情が見えたわけではなかったがひかりはそんな気がした。

 やれたことは、一晩かかってネット上の噂を集めただけだ。

 放送部の秘密の続きを託すにはてんで力不足だ、と思われただろうか。


 ひかりが口をつぐんですぐ、あまねと春原が素早く振り返った。

「凄いじゃん一ノ宮!」

 がたんと音を立ててあまねが机から跳ね降り、満面の笑みを浮かべる。

「合格合格、超満点!!」勢い良くひかりの肩をばしばし叩き飛び跳ねる。

「ちょ、痛い!?」

 春原は人が良さそうな顔に驚きを隠さない。

「ホントこれ一晩でやったのか!? オレ響が宿題出したって聞いて、コイツ嫌がらせかひでぇって思ったのに! 今日は響に一言言ってやるつもりで来たら」

 片手を広げて口パクで『すごい』。

 ひかりは苦笑いするしかない。

(入部試験だと思ってたなんて今さら言えない)

 二人とも驚きをそのままにわいわいとひかりを褒めたので、ひかりはつい、それほどでもなんて心にも無いことを言ってしまった。

 心の中で自分を蹴っ飛ばす。嬉しいくせに。

「いやー、実際それで『コイツらやべぇ二度と関わりたくない』って思って引いてくれたらそれはそれで良いかって!」

 えへへ、と笑うあまねと引く春原。

「そんなつもりで!? てゆーかこれ調べんの元々俺らの仕事だろ!?」

「一ノ宮が優秀さんで調べてくれたら一気に片付くなぁとも、思ってね」

「響…そういうとこどーかと思う」

 目の前で言うことかなそれ。と心の中で突っ込んだひかりだったが


「それで、その…」

 ひかりは二人を見比べた。

「ああっ、ごめん! ではでは遅くなったけど合格大歓迎! ようこそ大清水中放送部へ!!」

 慌てて部室の明かりを点けたあまねが口早に説明してくれたことによると、放送部は『ヒミツソシキ』なのだという。

「放送部! …というのはとあるジジツを一面から見ただけに過ぎなくて、私たちは来世が決まっている人たち、しかもいわゆる『別の世界』に生まれる予定かつ、その世界の力を持て余してしまっている人たちの手助けをしてるのだ」

 とんでもないことをさらりと述べて、得意気な表情のあまね。小柄な全身でふんぞり返る。

「ヒミツソシキか…」

 とにかく疑問はたくさんあった。

 春原が言った『制限はある』ことや、他の部員がいるのかどうかや…

 ひかりは1番気になっていることを声を落として聞いた。


「もし、不合格だったら記憶消されちゃったり、こ、殺されたり…?」


「そんな! 一方的にわけわかんない秘密を告白されたあげく、『不合格なのであなたを消します』とか言われたら普通ブチ切れるだろ! お願いして黙っててもらうだけ」


 春原が驚いて否定する。

「びっくりした、結構物騒なこと言うなぁ…きみ」

「そっか、そうだよね。良かった」ちょっとほっとした。

 ひかりだって命を狙われるとか、活動内容が誰かを殺してくるとかだったら願い下げだ。第一そんな物騒なヒミツソシキならすぐ警察沙汰になっているはず。

 それにしても、ただ「お願い」されたくらいで秘密を守れるのだろうか? こんな面白い話なら他人にどんどん話してしまう人間が今までいなかったともひかりには思えなかったが、その疑問は今はしまっておく。

 他にも知りたいことがあった。


 ハイ!と手を挙げて発言する。

「あ、後!……もう一つ知りたいことが」

 二人がひかりを見る。

「ネクストライフがあるかどうか、どうやって知るの」

 ドキドキする。もしかしてひかりにもあるかもしれない。

 春原が意味あり気な顔であまねを見、あまねは、ふむ。と顎に手を当てた。


「よし、見せて進ぜよう…ヘイ!」

 そして横にいた春原に唐突に飛び掛かった。

「わぁやっぱ俺か!?」

「今ネクストライフ持ちはあんたしかいないんだからしょーがないじゃん」

 驚いて見守るひかりの前で襟首を捕まえられた春原が観念したようにがっくりと肩を落とし、大きなため息をついた。

「まぁ確かに。それじゃちょっと俺と目線合わせて」

 苦笑した春原はそのままひかりの前で膝立ちになってじっと見上げてきたので、少したじたじとしながらひかりは春原と目を合わせた。

「少しだけ上から覗き込む方がわかりやすいんだ、春原瞬きなるべく少なくね」

「へい、でも照れるなー」

「なんかすみません」

 他人の目をじっくり見る機会はあまり無い。春原の双眸を遠慮がちにひかりは覗き込んだ。


 中心の漆黒の瞳孔の周りを焦げ茶の虹彩が囲む、人体の図鑑や目の写真で見かける絵面と特に変わらない。


「ネクストライフ持ちの人は目が違う」

 あまねに言われてさらに良く見ると


「…あ」

 室内の明かりをキラキラと反射する粒子がある。

 焦げ茶の虹彩に青く輝く細かい砂を撒いたようだ。

 瞳にラメがかかっていると表現するのが一番近いが、そういった異物が混入していると言うより、オーガンジーのリボンのようにそもそも素材が違うかのように煌めいている。

 しかしその輝きは少し角度を変えるだけで判りづらくなってしまう。

 どこか昨日みた春原の翼と同じ色で綺麗だった。

 気づいてしまえば無視することはできないが、ささやかな違いでしかないので、意識して見ていないとわからないだろう。


 ひかりが顔をあげると春原の頭越しにあまねと目が合った。やや寂しげな雰囲気でニコッと笑む。


「私には無い」

 それから


「あなたにはある」

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