第12話 すれ違い・勘違い
「にいちゃん、はづきのお兄さんなんだ?」
少しハスキーな子供の声。
「そうだ」
焦りを含んだ重い声。これはあの高校生だ。
「はづきにはこれからもずっと黙っててもらわないと」
踏みつけられながらも何か反撃の糸口が無いかとひかりは必死に探した。
なんでもいいから、このままやられっ放しにはなりたくない。
必死で顔をあげようともがくと、首の後ろにひやりと冷たい何かが当たった。
(…何?)
視界の端に映る高校生が青ざめた顔で片手をそっと制止するように動かした。
「誤解だ」
武士っぽい高校生は意外なほど落ち着いた声を出した。
「はづきは確かに学校へ通っていないが、いじめが原因じゃない。学校が合わなければ家で勉強するって子はたくさんいる」
「嘘だ! 学校のことを話すと、はづきは悲しい顔をする! だからおれが学校から意地悪な奴を無くす」
踏みつけにされながらひかりにもなんとなくわかった。この『赤い魔術師』は、声の感じからして男の子。
行動の目的はいじめっこ狩りだったのだろう。
しかしそんなことをしても無駄なのは誰だって知っていることだ。人を虐める人間を痛めつけたところで、その子が反省することはまず無い。
逆に理不尽な暴力を振るわれたことで、心は傷つき歪んでしまう。もしくは、より巧妙に隠れるようになるか。逆効果なのだ。
「お前……もしかして、「お前は」学校に行ってるのか?」
その言葉は『赤い魔術師』に今までで一番の動揺をもたらした。
ひかりの背中にかかる体重が明らかに動いた。
「そうだ」
違和感。声にさえ現れようとする感情を押し殺したように聞こえた。普段普通の子で当たり前のように学校に通っているならそんなに動揺する問いかけではない。
静かにひかりは考えを巡らせた。
(『学校に行っていること』は『赤い魔術師』にとって、かなり特別なことなんだ…ということは、本当は通うはずじゃないのに、通ってる?)
いくら小学校でも、生徒でない子供が毎日通ってきていて教職員がそのままにすることはないはずだ。
……でも、ひかりは知っている。
(ネクストライフの力は、少しずつ情報を書き換えていく!…だとしたら)
この『赤い魔術師』の少年が学校へ行って力を使っていたら少しずつその情報は変わっていって、正確な形で残らない。
いつも、毎日。彼は異分子なのだ。
それは子供にとってどんな感覚だろうか。
「毎日、はづきに話す。はづきは『いじめがある学校は嫌い』って。悲しい顔をする! だから、おれははづきが悲しむものを消してやるんだ!」
ムキになって、というより自分に言い聞かせるように少年が声を張る。
「それは……」
絞り出すような辛い声。
突然。
ひかりの脳裏にまざまざと情景が浮かんだ。
動画か、自分の記憶の回想のように。
毎朝元気に登校する少年の姿は、今のようなマントも帽子も身につけていない小柄なやんちゃ坊主そのものだ。
登校する少年に、昨日仲良くなったはずの相手が「誰?」「新入生?」と返す。昨日遊んだじゃん、そうだっけ?まあいいや。
教職員も同じ質問と展開になるから、少年は大人を避けた。それでも遊ぶのは楽しいし、見ず知らずの相手とも仲良くなれる子供もいる。
帰って学校のことを、大好きな女の子に話す。
女の子は彼を助けてくれた心の優しい特別な人だ。「学校に行けたら良かった」と言っていたから、せめて自分が行って、その様子を伝えてあげたいと考えた。それで学校のことを話していたのに、女の子はどんどん悲しい顔になる。
ひかりは頭を振って2、3度目を瞬いた。
(今のは何!?)
まるで誰かの、いや。
『赤い魔術師』の記憶が勝手に脳内で再生されたような。振り返りかけて首筋の冷たい何かに気付いて動きを止める。『赤い魔術師』は物騒な何かをまだちゃんと構えている。
異変はひかりの中だけで起きていて、状況は全く変わっていない。
高校生は低く淡々と話し続けている。
「はづきは、友達がいじめに関わっているようなことを俺に話した」
「そうだよ、はづきはいじめを悲しんでた。…だから」
『赤い魔術師』と高校生はお互いを探るように睨み合った。
高校生の目が時たまひかりに向いて、きっとなんとかすると言いたげな強さがちかっと光る。けれども『赤い魔術師』も引かない。
ひかりが何かを見たとは、誰も全く気づいていないようだ。地面に這いつくばりながらもひかりは別のことを考えていた。
(何だろう、同じことを話題にしているはずなのに、どこかがずれているような会話)
何か大きな勘違いか間違いがあるように思えた。
「だから」
二人の声が重なった
「わるいやつを退治しなくちゃいけないんだ!」
「力がある子に、正しい使い方を考えてもらうにはどうしたらいい? とはづきは俺に言った」
状況を変えたのは記憶に残る声だった。
「ひかり!」
特徴的な声とともにあまねが突然現れた。
「あまね!?」
あまねはフリーレンタルサイクルに乗っていた。
地面に伏せさせられたひかりの視界の外から凄い勢いで自転車が現れる。
公園や駅で、タダで借りて好きなところで返せるやつだ。
あまねは止まらない。
背中の重みが今度こそ明らかに動揺するのがわかった。ほとんどひかりの背中から降りてしまいかけて、悲鳴じみた声まで上がる。
「待て、ぶつける気……!?」
自転車は勢いそのまま突っ込んで来るやブレーキ音を上げてひかりの目の前数センチへタイヤを横滑りさせて停止する。
(ひかれる‼︎)
「くーらーーーえーーー!」
目を閉じることも忘れたひかりの前で自転車の前輪がぎゅっと停止し、勢いが乗った自転車の後輪がギュンと旋回してひかりの頭上をなぎ払った。
涼しい金属音がして、一瞬後にガチッと音を立ててうつ伏せたひかりの横に包丁が突き立った。
(もしかして、首筋につきつけられてたのこれーーー!)
反射的に包丁と逆側に転がってひかりが身を起こすと、あまねは後輪を跳ね上げさせた自転車に驚異的なバランスで乗ったまま、くるっと距離を取ると高校生の横で止まった。
「ふう、あんたが『赤い魔術師』ってとこか。こっちの人は知らないけど」
あまねはひかりの側で空の右手を呆然と眺める『赤い魔術師』と、高校生を一瞥すると、ふんと笑った。
自転車を降りてストッパーで止めると、ひかりに余裕たっぷりの笑みを向けた。
「春原から場所を聞いたの。後はまかせて」
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