第4話 思惑のある信念(っぽいもの)と思惑のない信念

↓前話の続きである。


「どうしてよ、かけるさん。折角同じ委員に入れるのに、その機会を手放すなんて!」

「だって、同じ委員会に入ったら、家で天体観測するのに支障をきたすかもしれないじゃないか!」

「それはそうかもしれないけれど……」

「それに僕はバイトをしないと生活できないんだ。だから、部活が精一杯で委員会に入るのは厳しいと思う」

「でも、それは私がどうにかするわ!家事だってするし、なんなら委員会での仕事だって翔さんの分は私が受け持つもの!」

「そんなことできないよ!大体、ベストカップル賞を取ったからって『風紀委員会』に入らないといけないことの方がおかしいと僕は思うんだ」


 そこでやっと彼らは、学園長の方を向いた。

 学園長は思った。


「(学園長わたしが設けた場で、こうも学園長わたしのことを無視して言い合いをする生徒は初めてだな)」


 ——と。そして、


「これ、学内放送してるから少し気持ちを抑えた方がいいと思うのだが……」

「えっ、そんな!」

「それなら、止めに入ってくださいよ!」


「(いや、だって君たちの言い合いって止めづらいんだもの)」


 ——なんて、学園長が言える訳もないが。


「それにだね。私だって安直に言っている訳でもないんだよ。ベストカップルに選ばれたからこそ、君たちに節度ある行動を取ってもらうために、しかしそれでも失わない恋愛感情の大切さをこの学園の生徒に気付いてもらうために、毎年こうしてベストカップルの生徒たちには『風紀委員会』に入ってもらっているのさ」

「な、なるほど……」


 柔和に微笑みながら、如何にも信念のように告げる学園長の心中は、そんな素晴らしいものではなかった。


「(まぁ、実際のところ、昔ノリで始めて引っ込みが付かなくなっただけなんだけど。十年前にこの学校の学園長を始めたとき、よわい四十にしてようやく妻ができたから調子に乗って【ベストカップルコンテスト】始めたら、意外とウケ良かったものだから。風紀委員が人気ないって問題になってたから、丁度いいやって押し付けたんだよね)」


 しかし、そんな学園長の思惑など、彼は気付かなかった。


「そんな思惑があったんですね……。学園長の意図を量ろうともせず、浅はかなことを言ってすみませんでした」

「いいや、今きちんと理解したのだろう?それで十分私は嬉しいよ。では、これで二人とも風紀委員会に入るということでよろしいかな?」


 それに対し、二人は笑顔で答えた。


「はい、私は構いませんよ」

「僕は嫌です」


 「えっ!?」とこの流れを聞いていた誰もが声をハモらせた。


「翔さん、どうして嫌なの?さっきは学園長の信念に感服したようだったのに」

「あぁ、したよ、メイさん。でも、学園長が信念を譲れないように、僕にだって譲れないものがあるんだ。僕は君との(天体観測の)時間が、今は何よりも大切なんだ。君との(天体観測の)時間を潰されるくらいなら、僕は絶対に引き受けないよ」

「えっ!?そ、そんな……」


「(え、えぇっ!?もしかして、翔さんって私のことを……!?普段の翔さんから、

——ありがとう——

は言われても、

——好きだよ——

なんて言われてないし、そんな雰囲気になったことすらないのにッ!?

でも、私との時間が大切ってそういうことよね?そういうことなのよね?!)」


「僕は天体観測にハマった同志として、君との時間を削りたくないんだ」


 その瞬間、大村翔の頬に赤い紅葉もみじができていた。

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