第14話 二人は気付かない その4

↓前話の続きである。


 大西メイ。

 翔程ではないにしろ、学業に真面目に向き合う優良生徒。

 小柄な身体に顔立ちの整った顔立ちを有し、イケメンと称されるかけると並ぶたびに絵になると称される美少女である。

 成績優秀、眉目秀麗。その両方を兼ね備え、更にクラスメイトに限らず他クラスの生徒とも幅広く付き合いのある彼女のコミュニケーション能力は、多数の生徒から敬意を集める程だ。


 そんな彼女が、最も多く関りを持つ人物こそ、大村翔である。

 

 ――はずなのだが。

 

 彼女は翔からメッセージを受け取ると、ウィンクでそれに応じた。

 

「(メイさんが僕にウィンクで返してくれてるってことは……そうか。

——先生の名前の件は私に任せて——

って合図だね。良かったぁ……。でも、それならそうと最初から言ってくれればいいのに。あ、そうか。僕、メイさんに先生の名前を忘れること言ってなかったもんな。それでも気付いてくれるメイさんはやっぱり凄いなぁ)」


 凄いとしか形容できない程のポンコツが、ここにもう一人誕生していた。


 当然、出来上がるのは無言の空間。

 しかし、その二人の無言を、二人が相対あいたいしている女教師は違う捉え方をしていた。


「あなた方はやはり風紀委員に向いていますね」


「「……?」」


「風紀委員の生徒でありながら、顧問のことを『ざます』先生なんてあだ名で呼んで来たら、どう注意しようかと思っていましたけれど、あなた方はそんな噂に惑わされることはなかったのですね」


 言われてもピンとこない二人だった。

 それもそのはず。

 入学当初からお互いのことしか頭にない二人は、噂自体が頭からすっぽ抜けているのだから。


「私の名前は結構特徴的だと思うのですが、皆さんその名前で呼んでくれないものですから。先生呼びも何ですし、あなた方もどうぞ名字に先生を付けて呼んでくださいね」


 ここに来て、ようやく二人はこう思った。


「「((……あれ?もしかして、先生って僕(私)が先生の名前を忘れてたこと……怒ってなかった?))」」


 怒ってはいないが、今既に名前呼びを求められている時点で詰んでもいる。


 ——が。


「なぁんだ。てっきり、先生の名前を忘れていることを言及されてるもんだと……」

「そうね。私もその話だと、つい勘違いして——あっ」


 当然こうなる訳である。


「……なるほど。お二人がずっとソワソワしていたのはそういうことだったのですね。てっきり緊張しているからだと思っていましたが……」


 メガネをくいっとあげると、キリッとした目と眉毛が目立った。


「(やらかしたぁあぁあぁあああああッ!!)」


 内心で叫び声を上げるも、覆水は盆に返らず。言葉も口に返らない。

 身構える二人。

 一度、表情を暗くする女教師。

 

 耐え切れずに声を出したのは翔であった。


「すみません、先生。僕はその……」


 言い訳を言おうとするも言葉尻が弱まる。叱られた経験のない翔にとって、当然弁解の言葉を口にした経験もない。

 すなわち、言葉が見つからないのである。


 だが、ここで思い返してみて欲しい。

 彼らは勘違いしているのだということを。

 この女教師は、別に怒ってはいないのである。


「ふふっ、別にいいのですよ。初対面ですし。次からは覚えておいてくださいね」

「えっ……?」


 拍子抜けする二人であった。


「それにですね。ほら、そこ」


 二人の様子を見て、女教師は委員会室のドアに掛けてある『メンバー』表を指し示す。


「ふふっ、ちゃんと私以外のメンバーの名前も確認しておいてくださいね?」


 彼らは気付かなかったのである。

 メンバー表の一番上に書かれた風紀委員会顧問の文字の隣。


 椎名しいな芽々めめの名前があることに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る