第15話 『アーーン』 その1

↓前話の続きである。


 教室に入って二人は見た。

 『アーーン』をしている一つ上の先輩二人の姿を。

 名前すら知らないその姿を見て、翔とメイの二人は思ったのだ。


 そういえば、自分たちは『アーーン』なんてしたことないな、と。


「(だって、『アーーン』だぞ。誰かと付き合ってもいない僕が望めることではないんだけど、でもやっぱり羨ましい!そもそもとして、僕にはそんな相手がいないし……いや、でもメイさんなら……って、流石に妄想が過ぎるか)」


「(だって、『アーーン』よ。彼氏ができたら、一度でいいからやってみたいじゃない!翔さんなら、流れで食べさせてあげる時に『アーーン』のセリフだけ後付けすれば出来なくもなさそうだけど、流石にそんな形式だけ真似ても何も嬉しくないだろうし……)」


 弁当を作り合ったり毎晩天体観測をしたりと、『アーーン』以上に難度の高いことをしている二人にとって、『アーーン』がどれ程高度なプレイなのか知りたいところである。


 ……が、彼らの脳内はそれどころではなかった。


「(お、落ちつけ、僕。メイさんは僕の生活を支えてくれる上に、天体観測に興味を持ってくれた謂わば同志なんだ。僕はメイさんが僕の身の回りのお世話をしてくれながら天体観測に付き合ってくれている今のままで十分なんだ。そんな彼女に下心丸出しなことを頼めるだろうか……いやいやいや、ないだろう絶対に)」


 それ以上に下心丸出しな男が何を今更。


「(お、落ち着くのよ、メイ。『アーーン』は所謂一種の愛情表現。つまり、信頼関係が築けているのであれば、自然とできるものなのよ……って、待って。それなら、私と翔さんだって『アーーン』をすることが可能なはずじゃ……)」


 信頼関係以前に、無理なものは無理だと思いますがね。


 そして、各々で黙考を始める二人を見て、ほくそ笑む女がいた。


「(やっぱり、一年ね。『アーーン』なんて初歩的なことで考え込んじゃって)」


 第二学年部門の『夫婦カップル』の片割れ、『誤認の女王』の通り名を持つ女、葛木くずき楠葉くすはであった。


 次話に続く。

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どう見ても夫婦にしか見えない二人はお互いをカップルとすら思っていない。 吉城ムラ @murayoshi

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