第53話 宇宙人の実像

「な、なんですか?これは……。アトラクションか何か……」

「すぐにわかります」と、福田は言った。そのときだった。

 突然、機体の下部から金色の光が放たれた。その直後、それは音もなく、飛行船のように浮上した。しかし、そのまま飛び去ったわけではない。機体をゆっくりと旋回させて、機首をこちらに向けたのである。その間、にぶい音をさせて、昆虫のような足を格納しつつ、三角の可変翼を広げきった。と同時に、光学迷彩の虹色の光を、機首の竿から放ち始めた。広場が傾斜していたから、機首を向こうに回していたのであろう。何か未練でもあるかのように、向きを変えてピタリとホバリング姿勢をとった。その直後、飛行物体はなぜか、カクッと前のめりに姿勢を変えた。そのクリッとしたキャノピーの目と、目が合ったみたいだった。


 ロックオンされたとばかり、カメラマンの動揺が画面から激しく伝わってきた。しかしその機体は、攻撃の様子がないばかりか、次の瞬間、独楽のようにクルッと旋回して尻を向けた。そしてそのまま機首を上げて、まるで逃げ出すように垂直上昇した。触角のような竿からあふれた光が金色の機体を覆うが隠しきれない。その余りの急加速に、カメラも一瞬、被写体を見失なった。機体は百メートルほど上昇すると、一旦止まって空中静止ホバリングした。そして突然、水平方向へ向かって一気に加速、金色の光を放ったまま画面の右隅へと消えていった。


「え……」 静けさの中、福田が口を開いた。「ご覧頂いたのは、UFO特番でもなければCGでもない、増して遊園地の新しい乗り物でもありません」

「どういうことですか?」

「持ち主の男です」と言って、福田は頷いた。国家安全保障局の事務官が、ノートパソコンから画像を切り替えた。そこに、ブルワリーの前に立つジェームズの姿が映し出された。「彼は、地球名を『ジェームズ』と名乗っています」

「どこの、人間ですか?」と、技官のひとりが訊いた。

「私たちが承知している国から来ているわけでないことは、確かなようです」

「宇宙人?」

「地球の外からやって来た人物――という意味でなら、そのとおりでしょう」

「信じられませんなぁ」、「調査員かなにかですか?」などと、技官や官僚は誰もがみな疑問を口にした。その言葉には、どこか小馬鹿にした響きすら滲んでいた。

「調査員か、なにかですか?」


 ワープロ文書とおぼしき一覧表が、ディスプレイに投影された。笑い話ではないんだと言いたげに、福田は説明を続けた。

「どちらかといえばビジネスマンです。この一覧表ですが、彼が関与して、国内で始まったと疑われる生産・サービスをまとめたものです。このように技術を販売して、宇宙人は巨額の利益を得ていると見られます。直近の例ですと、小型高出力の自動車用燃料電池や自動運転技術ですとか、がんの治験薬や培養食肉の量産技術……。そのほかにも、人型介護ロボットや、空気中を漂うウイルスの不活化装置。花粉症対策用の杉・檜去勢剤など……。それから、そうそう、携帯電話のモバイルバッテリーもそうでした……。新型のリチウムイオン式といわれていましたが、実は高密度の個体電解質を使った特殊な電池で、乾電池の単五形サイズのものが組み込まれています」

「これですね」と、技官風の男がペンを挙げて見せた。「このバッテリーですが、普通に使っても、充電なしでひと月以上もちます。フル充電もひと晩で可能ですし、防災用にも最適ですね。こんな物が自動車用に使われるようになれば、ガソリンやディーゼル車など絶滅危惧種ぜつめつきぐしゅです……」


「それどころではないです」と、訴えるような目で福田は言った。「大気中のCO2を原料に、代替燃料を合成するシステムの開発が進んでいると聞きます。ゴミ焼却や自動車、産業排出の二酸化炭素のほか、足りなければ褐炭なども使えます。これに、大気中の水分や雨水などを集めて、SMR・小型モジュール原子炉の電力で製造するといいますが、ガソリンや軽油など液体燃料のほか、天然ガスやプロパンガスなど自由自在だそうです。地球温暖化どころか、寒冷化の心配をしたほうがよいかもしれません」

「そんなものが実用化したら、エネルギー安全保障の様相が、世界的に大変動を起こしそうですね……」


「で、どこですか? それは」

「我が国ですが、事業化については極秘ですので、ここだけの話ということでお願いしたい……」

「我が国で! それは素晴らしい」と、上等なスーツを着こなした四十代くらいの男が声を上げた。武藤の隣に座る彼は、官房副長官を務める佐伯といった。まだ若い政務副長官の彼は、感無量の趣で言った。「我が国もいよいよ産油国、ということになりますか――。しかし驚きましたな。それはいつ頃実用化されるのですか?」

「今、実証実験の段階、とのことです」と、福田は答えた。「合成プラントそのものは既に……。ただ、原発をエネルギー源にするので、我が国では難しいのではないかと……。当面は輸出中心になりそうですね。国内でコンセンサスを得るには、かなり時間がかかりそうです……」

 会議場の若手技官の間から、ため息の声が漏れた。


「私たちは今、冗談抜きに、宇宙人がもたらした技術的特異点のただ中に、いるようなのです」と、むしろ誇らしげに福田は言った。そして決め打ちのように、秘蔵の情報を披露した。

「彼がもたらした技術は、それだけではありません。彼が最も儲けたのは、発毛剤の製薬技術だったようです」

「発毛剤?」

「なるほど……」 辺りから笑いが漏れた。

「今、医薬品ではなく整髪料として売られていますが、口コミから火がついて、世界的な大ブームになりつつあるそうです」

「それはいいですね。世界の役に立っている」 参加者たちはなごやかに笑った。


「あー、諸君」 すっかり薄くなった髪をなでつけて、武藤が言った。「発毛剤の話はさて置き、本題に入りたい」

 とたんに、会議室は笑えない雰囲気に変わった。誰もがみな、自分は関係ないと知らぬ顔をしている。そんな空気の中、いまいましげに長官は言った。

「先ほど、国家安全保障会議を終えたところなのだが、その席上、福田君から提出された報告リポートについて話し合う機会があった。結論から言えば、宇宙で起きている出来事と、地上での動き――。このふたつは、連携する大きな動きの断片ではないか? ということだ。これは、総理と私の共通認識でもある。ついては、これまでの報告を踏まえ、それぞれの専門家でもある君たちの考えを、聞きたいと考えている」


 ひとりが「UFOについては門外漢ですので……」と、言葉を濁した。

 別のひとりが言った。「重力波も時空のゆがみも、人工的に発生させられるものではありません。おそらく宇宙人の件とは、関係ないのではないかと思われますが……」

 「しかしそれでは、宇宙人はどこからやってきたことになりますか?」と、佐伯が訊いた。

 技官の男は答えた。

「既知の三次元的解釈では、宇宙人の来訪など考えられないと思われます」

「そのゆがみが、SFに出てくるようなワームホールだとしたら、どうなのでしょう?」

「まさか……」


「今、その映像は見ることができますか?」と、官房長官が訊いた。

「はい。リアルタイムの映像ですと、ハワイの〈すばる〉が観測中だと思います。今、向こうは午後八時すぎですので……少々お待ちを……」

 手にした携帯電話スマートフォンに、男は何かささやいた。そして、短い会話の後、デスク上のノートパソコンを操作した。中央のディスプレイ上に、星々のきらめく宇宙空間の映像が映し出された。

「パッと見た目にはわかりませんが、ゆがみ・へこみまでの距離は、観測の結果、およそ二千万キロメートルとわかっています。現在接近中の火星が六千万キロほどになりますから、火星までの距離のおよそ三分の一くらい。光の速度から、この映像は、およそ一分前のものということになります」

 身を乗り出して、皆がディスプレイに見入った。


「普通に、宇宙にしか見えませんね」と、佐伯が言った。

「それが、あるべき位置に、星がないのです。なんといいますか、くぼみの中をのぞき込んだとでも……。つまり、その中心点から外側へ、星々が押しやられて見えるというわけです。しかも、こんな近い場所で――。これは、これまでの宇宙観測の歴史上、経験のないことなのです」

「マイクロ・ブラックホール?」と、官僚の一人が訊いた。

「いいえ。このサイズでは考えられません」

「おや?」と、武藤がつぶやいた。「真ん中に今、なにか見えたな。またたいているのか?」

「え? ちょっと……」 担当者も画面に見入った。「おかしい。星が湧いているように見える……。どういうことだ?」 彼は再び、携帯電話スマートフォンの向こうへ指示を出した。画面がクローズアップされた。


 ひとりが言った。「これはもしかして、向こう側が見えている感じじゃないですか?」

「確かに。ここだけ妙に明るいですね。星雲かガス雲でも、背負っているのでしょうか……」 技官の男は、携帯電話スマートフォンを握りしめた。「もしかしたら、これは、はるか向こうの宇宙の姿? いや、まさかそんなはずは……」

「もっとアップにできないか?」

「少々お待ち下さい」と言って、男は再び指示を出した。「……これが最大です」

「なんだこれは? 砂粒のようなものが光って見えるが……」


 画面の奥を皆が凝視した。それは黒漆くろうるしの上に金粉を撒いたような光景だった。金砂のような粒が、CG合成のようにサラサラと流れ出ている。出席者の間から唸り声がもれた。それが現実の宇宙空間で起きているとなると、どのような説明を受けたとしても、理解する方がどだい無理というものだった。

「星ではありません」とつぶやいて、技官の男は絶句した。

「それでは、なんなのだ?」

 武藤がつぶやいた。

「黒船…… いやさ、元寇か?――」

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