第五章 裸の英雄たち

第118話 地球侵攻作戦

 強襲揚陸艦きょうしゅうようりくかんベイアム・通信司令室――


 統合通信司令室のデスク前に、当直の下士官がひとりいた。彼らの職場は、昨今地球の戦闘機などでも主流の、大判の表示装置ディスプレイに計器類が集約表示された〈グラス・コックピット〉と同じ仕様のもので、壁もデスクも凸凹のない実に整然としたものだった。実際の操作や処理それ自体は、人間に代ってAIが執り行うのだが、今日は何か問題でもあるのだろうか。壁一面を埋め尽くすソリッド・スクリーンや、手元に散らばるシート状ディスプレイを、彼は困惑気味に見比べていた。


 いつもなら、定例の報告事項を特設艦隊司令部に送るだけだった。それも主にAIが作成するレポートを送るだけである。とはいえ、ただ送ればよいというものでもなかった。『確認』という形で人の介在が求められていて、項目も膨大となるため、それなりに大がかりな作業だったのである。それに加えて今日は、いつもとは異なる命令を割り込みで受けていた。彼は困惑も露わに、離れた席の部下に向かって声をかけた。

「命令だ。電算機用オペレーティングシステム(OS)を、外部情報モジュールの仮想電算機にインストールする。セキュリティ・ウォールを時限解除してくれ」


 若いオペレータが、「未知のプログラムです。オペレーションはどのように?」と訊いた。

「OSは地球の電算機で使われているやつだ。コンバータを経由して当室のマスタAIが操作する。地球上のネットワークに接続して、地図サイトから情報を収集するのだ」

「サイバーパトロールを起動しますか?」

「インストールの後だ。今立ち上げたら、動くものも動かないだろう」

「了解。外部情報モジュール、セキュリティ・ウォールを解除……。インストール可能です」

「OSは調査団の添付ファイル〈コンピュータ用OS・ソフトウェア ライブラリ〉にある。急いでくれ」


「……マスタAIより、リストを受領。OSには、いくつか種類があるようです。どれにしますか?」

「最新のものは?」

「記述がなく、わかりません並びから推察するに、これかもしれませんが……」

 ディスプレイに浮かび上がったリストに目を通して、下士官の男は言った。

「それでいい……。型番からして、最新か、ひとつ前だろう……」

 画面上、ブリンクするOSの翻訳名を確認して、若いオペレータは言った。

「……これですね、確認しました。今……。……お待ちください、メッセージがあります……『警告・このプロセッサは、現在サポートされていません。旧式の可能性があります』……」

「なんと……」

「外部情報モジュール、コントロールAIよりメッセージ。『文句あんのかよ』……」


「一万年前のOSに、ダメ出しされたか」 下士官は笑って言った。「それなら、別のやつを試してくれ」

「了解。……こちらは特に問題なし。修正用パッチファイルも数多く収録されて、構成もシンプルです。外部情報モジュールも、これなら『コンバートしやすい』でしょう……」

 下士官の男は、踏ん切りをつけて言った。

「どれもこれも歴史遺産だ。何かあっても我々のAIが補正するさ。それでいい」

「わかりました。インストールします――」



 ソルジャー指揮所コントロール――


「……OK、確認した。OSもブラウザも順調。地球上の検索サイトにアクセスしているところだ」

 強襲揚陸艦ベイアムのブリッジにはいくつかの階層があって、コマンドルームの下の階は「ソルジャー」と呼ばれるロボット兵士の指揮所(ソルジャー・コントロール)となっていた。部屋の中央には、作戦立案や指揮に不可欠な3D地形図を表示する、ホログラム式立体地形図造映台(VRマッピングシステム)が置かれていて、周囲の壁には、様々な座標図をはじめ、兵員指揮や兵器兵站管理などのフローを表示する〈ソリッド・スクリーン〉が、一面に貼り巡らされていた。


 30インチほどのディスプレイを埋め込んだ古めかしいタイプのコンソールの前に、ガースとリーチという名の二人の若い下士官がいた。背が低く中肉のガースは、コントローラーの水晶玉をなでながら、ディスプレイに浮かぶ画像に目をこらしていた。あとの一人、背が高く気難しそうなリーチは、デスクの上のタブレットをのぞき込んで、なにやら思案の最中だった。眉を寄せて、ガースがつぶやいた。

「攻撃目標、『りょうもうブルワリー』……どこだ? どこにも出てこないぞ……」


「こんのものは、AIにやらせておけばよいのだ。我々がやることではない」と、リーチはボヤいた。

 間髪を置かず、コンソールからAIの声がした。

「作戦計画立案に必要な情報が不足しています。十分なリサーチと情報提供をお願いします」

 AIの要請は聞き流して、面倒くさそうにガースは言った。

「上局の許可だの何だのと、面倒くさい。第一、それではいつ終わるか、見当も付かない……。それはそうと……」

「なんだ?」

 男はニヤリと笑って、小声で言った。

「見ろ、サイバーフィルターがかかっていない。今なら面白いものが見られるかもしれん……」


「なるほど……」とつぶやいて、リーチはニンマリと笑った。「おっと、仕事仕事。この検索エンジンで間違いないな?」

「お、おう。それだ。間違いない……」

「ここで目標を検索して、地図サイトで位置を特定するということか……。それにしてもこのページだが、未翻訳の難解な文字ばかりじゃないか。もう少しマシな翻訳はないのか?」

「そうじ屋がよこした言語セットだが、二年も更新されていない。おまけに内容も貧弱だ」

「調査隊はこの三年間、なにやってたんだ?」

「隊長は反逆者だ。そんな連中が、まともな仕事などするものか。ぼやいてないで探せ。『りょうもう』……」


 レトロなデザインのブラウザ画面の上に、白地に赤いラインの入った電車の画像が現れた。

「どう見たってブレの工場じゃなさそうだが……」リーチがこぼした。「しかし、『りょうもう』だと、これ以外にめぼしいものはないぞ……」

 調査隊が作成したマニュアルを見ながら、ガースは言った。

「仕方がない、一行目から単語をひろって、検索窓に入れてみよう」

「いや、青文字の部分をアクティブにするだけで、転送先へ飛ぶようだ。これだ……」


 はじめに表示されたページには、五階建てのビルの写真があった。これを見て、リーチが言った。

「いや、これはちがう。ブレの工場なら、普通は平屋か、船倉階せんそうかいにあるはずだ」

 彼らが生まれ育った遠心重力の宇宙船では、重心がずれてしまうため、ビルのような二階建て以上の建物ははじめからなかった。あったとしても、船の回転に偏心ブレが生じないよう、堰堤えんていのような建物が内壁ないへきに沿って環状に建てられるだけだった。しかしそれさえも、船の外殻がいかくに負荷をかけ歪みの原因ともなりかねないので、めったに建てられることはない。そもそも独立したビル自体、見たことがないのである。それがビール工場のような大規模施設ともなると、外から見えるようには作られないのだった。


 次のページを見て、ガースは言った。

「これだ。鉄路がある」

「鉄路?」

「鉄道という古い輸送システムだ。我々の船では、トラック輸送やリニアモーター・トレインが標準だから、このような輸送システムは考えられない。だが惑星上では、今もこういうものが存在するということなのだ。このように金属のレールを二本敷いて、その上に車両を走らせる輸送システムがあったと、古代史で習った記憶がある。これがまさに、その輸送システムに違いない」


「それがブレと、どういう……」

「決まっているだろう。ブレは重量物だ。それを運び出すには相当な輸送力が必要になる。鉄道は、陸上では最強の輸送能力を持つと、確か本にも書いてあった」

「つまり、これは工場から搬出するためのものか? 本当か?」

 ガースは笑った。

「まぁ、他にないのだからこれだろう。主砲の一発もくれてやれば、すぐに片が付くさ」


 コンソールのAIが、たまりかねて言った。

「これは準戦時下、開戦の布告前の特殊作戦です。非戦時の攻撃では、目標選定に当たって、それが攻撃目標として誤りが無い事を、説明できる証拠が必要です。ちなみに地上攻撃の場合、固定目標には位置座標が、移動目標には個体の特定が必要となります」

「わかっている」と、リースは苛立ち混じりに突き放した。

「繰り返します。攻撃目標の特定に必要な情報が、現状著しく不足しています……」

「それはその通りだ、わかっている」と、脱力顔でガースは言った。「だが、地図データがないのだから、仕方がないではないか。それに砲撃自体、それほど精密である必要はない。主砲一発でも、周囲は焼け野原だからだ。多少外れても、問題ない……」


「いや、待て」と、リーチが遮った。「最高評議会通達には、『戦火を拡大させてはならない』とある」

「なぜだ~~……」と、苛立つガース。「この後、一気に押し流すだけではないのか?」

「戦火が急拡大した場合、今はまだ応戦体制が整っていないからだろう? それに万が一し損じると、艦長に恥をかかせることになる。ここは陸戦隊の偵察攻撃部隊を投入して、攻撃対象を確認する方がいい」


「まだるっこしいな」

「いずれ、攻撃目標の証拠画像が必要になる。ソルジャーのアイ・カメラなら、リアルタイムで確認できる」

「つまらん……」と、ガースはつぶやいた。「まぁ、艦砲射撃でケリをつけるのも、確認してからでいいか。いや、ソルジャー投入なら、艦砲射撃の必要すらないだろう。なんといったって、我々の〈ソルジャー〉は、無敵だからな」

「よし、それで行こう」と言って、リーチはデスクのAIに指示を出した。「聞いたか? 単純なミッションだ。急ぎ作戦計画を取りまとめてくれ――」


 AIの声が空しく響いた。

「作戦計画立案に必要な情報が不足しています。十分なリサーチと情報提供をお願いします。繰り返します。作戦計画立案に必要な情報が……」

 この何とも締まらないやり取りで、事実上攻撃目標は決まった。画面の中、涙滴を逆さにしたようなポイントマークが、日本列島のある地点を示していた。その指す先は、首都・東京の、台東区花川戸一丁目、東武浅草駅だった。



 日本国・東京――


 その日の関東地方は曇り空だった。今にも雨粒を降らせそうな厚い雲が空一面にのしかかり、蒸し蒸しとした空気が街に充満していた。

 東京の秋葉原界隈かいわいは、外国人観光客で溢れ返っていた。誰もがみな、記念写真の撮影にいそしみ、買い物を楽しんでいる。新型ウイルスの感染収束以降、円安の追い風もあって戻ってきた、インバウンド好景気の人の波だった。そんな中、スマートフォンのカメラで撮影していたひとりの観光客が、辺りが急に暗くなったことに気づいて空を見上げた。そして、「Ah~~~~~~~~~!」と、悲鳴ともつかない声を上げた。辺りの誰もが、その視線の先を見上げて声をなくした。


 厚い雲を押し分けて現れたのは、空を覆うばかりの巨大な影だった。それは、ただ単に視界を遮るというだけではない。その存在自体が超自然的で、見る者を震撼させ、神の軍団の到来さえも思わせた。圧倒的な恐怖は、悲鳴すらも奪い去る。それは、まさに鍋底のような形の巨大な船底だった。

 

 強襲揚陸艦ベイアムは、東京スカイツリーにのしかかった細長い巨大戦艦とは違っていた。長さは半分強の千二百メートルほど。船団の軍艦の特徴である三角断面形はそのままだったが、艦首から胴部にかけて、大きな二段の段差が設けられていた。太く巨大で、その形は、さながらサンダーバード二号か、はたまた首をすくめたカミツキガメのようでもある。砲塔などの突起物が全くない点では同じだったが、そのグラマラスなフォルムは、見る者に恐怖を抱かせずには置かなかった。

 巨大な船は、隅田川の上空まで移動すると、音もなく停止した。そして船底から、ゴマ粒ほどにも見える小さなカプセルを放出した。焦げ茶色のそれは、湯たんぽのような形をした、上陸用舟艇に相当する乗り物だった。


 にぶく光るカプセルは川面まで垂直に降下し、北東方向に向かって、水面スレスレに移動を開始した。そしてそのままうまや橋と駒形橋の下をくぐり抜け、吾妻橋手前で急上昇。欄干を飛び越えて、雷門に通じる都道に舞い降りた。驚くべき事に、通りがかりの車やトラックに混じって、カプセルは地を這いながら車道を進んだ。そして、(この時間、右折禁止の)吾妻橋交差点を、何食わぬ顔で右折。浅草駅の駅前広場に、静かに停止した。交番の警察官に見とがめられることもなく、また周囲には大勢の日本人が歩いていたが、誰に気づかれることもなかった。要するに、ここ東京では、珍しい車でさえも珍しくないのである。しかも皆、頭の中の雑事やスマホに夢中で、日常とあまりにかけ離れた異変が起きたにもかかわらず、否、だから故に、にわかには反応しないのだった。

 

 ハッチ状の蓋が六枚同時に開いた。それぞれ中に腰掛けていたのは、人間をふた回り大きくしたくらいの、人型の軍用アンドロイド(アーマロイド)『ソルジャー』だった。なおその名称は、『兵士』を表す船団の言葉を、英語に置き換えただけの呼び名である。


 六体のソルジャーは、殊更に警戒した様子もなく立ち上がると、カプセルを降りて辺りを見回した。身長は2メートルを越えるくらい。顔はサングラス様のバイザーと、その下はフェイスガードのようなものを装着し、頭部は自転車乗りが被るヘルメットのようなフォルムだった。金属製に見えたが、しかしよくあるような光沢はない。暗い灰色に見えたのは、袖のない外套がいとうのようなものをまとっていたからだったが、その下の腕や足は、スカイグレーと呼ばれるつや消しの明るい灰色だった。 


 甲冑かっちゅうを身につけた男武者のようなガッチリとした体躯たいくだったが、外套から突き出た腕や足は複雑な面で構成され、どことなく昆虫を思わせる有機的造形にも思えた。背中にはシームレスなバックパックを背負い、肩や腰の周りには直線的な装甲アーマーのようなものも装着している。六体を個体識別するための記号や数字は確認できないが、唯一、首の両側に、識別章または階級章のような幾筋かのカラーマークがあって、赤・青・黄色・緑・黒・紫と、それぞれ異なる色が付されていた。見るからに武器らしきものは何も持たず、それらしきものといえば、両腕の外側の膨らみくらいなものだった。

 

「すっげー!」

 ふいに若い男の声がした。

「なんかのイベントっすか? カッケ~~! デザインは、どこ? 誰? こんなスゲーの、見たことないっすよ~。写真、いいですか?」

 そこにいたのは小さなナップサックを背負い、萌えキャラの描かれた手提げ袋を提げた、大学生風の若い男だった。彼はスマートフォンのレンズを向けると、「はい、ポーズ!」と言って、自分も左手でガッツポーズをとって見せた。


 高度なAIによって制御されたソルジャーたちは、丸腰の人間など恐れはしない。すぐに攻撃的になるのは、危険を感じて自己防衛に転じるからである。洗練されたセンサー技術によって、彼らは相手の動きや表情、持ち物などを瞬時に精査する。その結果、武器や危険物がなく攻撃のリスクもないと判断されれば、むやみやたらに力の行使に踏み切ることはなかった。それどころかソルジャーたちは、若い男のリクエストに応えて、なぜかボディビルダーのようなポーズをとった。それが六体同時だったから、それはまるで戦隊ヒーローの決めポーズだった。若い男は大喜びした。彼は自撮り棒を取り出すと、ソルジャーに混じって記念撮影をした。そして、握手まで求めて言った。

「ありがとうございます。サイコーにウレシイっす。なんの番組ですか? それともゲーム? 映画のキャンペーン? 絶対見に行きますよ! いつやるんですか?」


「わあ~すごい! 見て見て、何かキャンペーンやってるよ~」

 今度は女子大生風の三人連れ女子だった。

「すみませ~ん。写真いいですか? インスタに載せたいんですけど~」

 彼女たちは若い男にスマートフォンを托すと、ソルジャーの前でコスプレーヤー風のポーズをとった。その様子を写真に納める人たちが増えて、次第に人垣ができはじめた。

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