第119話 リョウモウ・ブルワリー、どこ?

 隅田川上空・強襲揚陸艦ベイアム ソルジャーコントロール――


「可愛い……。地球の女は可愛いじゃないか……」


 これは訓練ではない。作戦行動中のはずだった。しかし、作戦エリアには敵らしきものの影すらないばかりか、肝心のソルジャーは女の子とポーズをとって、なんだかお祭り騒ぎである。それが派遣したアーマロイドに実装されたアルゴリズムによるものだったにせよ、そこには平時の日常業務ほどの緊張感もなかった。


「おかしい…… 地球には、野人かしか、いないのではなかったか?」

「そんなこと、どうだっていい。このボディが、スタイルが、たまらん……」

「ポーズが、なんとも……。か、可愛すぎる……」

 繰り返しになるが、これは訓練ではない。親睦のイベントでもない。にもかかわらず、ソルジャー指揮所コントロールでは、リーチをはじめとする若い兵士たちが、ソルジャーから送られてきたアイカメラの映像に釘付けだった。たまりかねて、デスクのAIが言った。

「これは訓練ではありません。実戦の作戦行動中です。緊張感を取り戻してください……」


「やかましい。どこに敵がいるというのだ」と、誰も取り合おうとしない。

「おい」と、向かいの席に陣取ったガースが声をかけた。「黒髪の日本人とかいうタイプだろう? それならもっといいのがあるぞ」

「なんだ?」

「こっちこっち……」 いやらしい笑みを漏らして、彼は手招きした。

「なんだよ」と、兵士たちは立ち上がった。そしてコンソールを回り込むと、ディスプレイを囲んで「おお!」と声を漏らした。そこに映っていたのはなんと、裸の男に絡みつくなまめかしい女の白い肌だった。


「地球のネットワークから見つけたんだ。CGじゃない、生身のホンモノだぞ、これ……」

「ほぉ~~……」

「こいつはすごい……」

「まだ、サイバーフィルターがかかっていない。見るなら今のうちだけだ」

「コ、コピー撮れるか?」

「すげえな、地球は……。噂通りだ……」

 AIの苦言が、空しく響き渡った。

「これは訓練ではありません。各自持ち場に戻ってください。緊張感を持って、作戦に従事してください。各自持ち場へ……」



 コマンドルーム――


「おい」と、バレル准将じゅんしょうが呼んだ。「やつらは、何をオチャラケているのだ?」

 地上のソルジャーから送られてきた六枚の映像が、コマンドルーム正面の巨大スクリーンに大映しされていた。そこに映し出されたものは、若い女の子と戯れる、ソルジャーたちの信じがたい姿だった。


「担当官を呼びます」と、小柄な副長は答えた。「ソルジャー・コントロール、答えよ!」

 脇の画面にひとりの下士官が現れた。ガースだった。なぜか顔が上気している。

「お、お呼びでしょうか」と、慌てたそぶりで彼は訊いた。

 突然、カミナリが落ちた。


「お呼びではないっ! こいつらは何をやっているんだ~~~~っ!!」


 当直士官の男は、顔を引きつらせた。

「も、申し訳ありません!」

「申し訳ないではない! こいつらは何をしているのかと訊いておる! ぶっ壊れたのか?」

 ビール工場を破壊するため、彼らは派遣されたはずだった。ところがなぜか、笑顔やおすまし顔の女子学生たちが、瞳をキラキラ輝かせてディスプレイいっぱいに映っている。誰がどう見ても、戦闘局面には見えなかった。おずおずと、ガースは釈明した。

「こ、これはその……、当艦の兵員は、先頃行なわれました〈防衛軍まつり〉の、〈ソルジャーとあそぼう〉のコーナーに出動しておりまして、その影響かと……」

 耳が割れんばかりの大轟声で、指揮官は吠えた。

「我々は遊園地のアトラクションをやっているのではないぞ~~っっ! 仕事しろっ、仕事~~~~っっ!」

「はっ! ただちに!」



 東武浅草駅前――


 ソルジャーの中に、右肩の装甲アーマーの部分だけ赤に塗装した一体がいた。肩だけ別塗装なのは、彼がこの小部隊のリーダーであることを示すためだろう。もはや行列化した記念撮影会場の人混みから離れると、彼は若い男に手招きして訊いた。

「リョウモウ……ブルワリー。どこ?」

「りょうもう? りょうもうっすか? それならそこっすよ」と言って、若い男は東武浅草駅の駅舎入り口を指さした。「駅に入って、エスカレーターで上ると乗れますよ」


 すぐ近くの隅田川上空には、彼らの巨大な母艦が停留していた。ビル陰に隠れて今は見えないが、そうとわかればここも騒ぎになるはずである。ソルジャーたちはくるりと振り向くと、お別れの挨拶もそこそこに、そそくさと駅舎に向かった。そして構内に入ると、言われた通り、上りのエスカレーターに次々と乗った。

 一列になって六体全てがエスカレーターに乗り込んだときだった。ふいにエスカレーターが止まった。つんのめりかけたソルジャーたちは、何事かと顔を見合わせ、足下を見つめた。エスカレーターは、ピクリとも動かない。彼らが重すぎたのである。


 東武浅草駅は、東武スカイツリーラインの始発・終着駅である。駅のコンコースや乗り場はビルの二階にあって、地上からは長いエスカレーターで上ることができた。ちなみにこの駅は、路線の終点ではあるが引き込み線などはなく、頭端式と呼ばれるホームでの折り返し運転となる。そのため線路とプラットホームは、まるで食器の〈フォーク〉のような形で並んでいた。

 列車のプラットホーム側から見ると、線路終端の車止めの向こうに、自動改札機の並ぶ改札口がある。その先のコンコースの向こうに、上りエスカレーターの降り口があって、いつもなら大勢の利用客を送り出しているはずだった。だが、エスカレーターはなぜか、止まったままだった。


 と、ふいにエスカレーターが動き始めた。ほとんど同時に、何かがツバメのように宙を舞い、そして音もなく、改札前のフロアにピタリと着地した。それは気配すらも感じさせない見事な飛翔だったが、中には天井に頭をぶつけて、天井板を派手にぶち壊した者もいた。エスカレーターの上は天井が低く、飛翔するのに伸び伸びロフテッド軌道、とはいかなかった。しかもそれが、六体同時では無理があったのである。


 その騒々しい様子に騒ぎ始めたのは、異変を感じた乗降客だった。中には駅員を呼び出す人もいた。だがソルジャーたちは、そんな視線などお構いなしに歩き始めた。そして改札口に差しかかった、その時だった。

「お客さん!」と、彼らを呼び止める声がした。

 ソルジャーたちは振り向いた。そして、高感度センサーで対象をリサーチした。そこにいたのは、半袖の制服を着た若い駅員だった。


(敵か?)


 危険物の所持はなさそうだ。しかし、相手は意図こそ不明だが、明らかにある意志を持って話しかけていた。ソルジャーたちの警戒レベルは一気に高まった。

 大柄で異様な乗客たちに気後れしながらも、若い駅員は礼儀正しく声をかけた。

「恐れ入ります。申し訳ないのですけれど、は脱いでご入場いただけますか?」


(?……)


 意味が通じないらしく、ソルジャーたちは微動だにしなかった。彼らが理解する日本語によれば、この若い男は我々に対して、何か脱げと言っているらしい。一体何を脱げというのか……

 駅員はさらに言った。

「あの、そのままではご乗車になれません。は脱いで、手荷物にしてご入場ください」

 脱いで手荷物にしろとは、これのことか? ――六体のソルジャーは、揃ってソデなしの外套を脱いだ。そのメカメカしい体躯に、思わず駅員は後ずさりした。


「あ、ありがとうございます。でも、それだけではなくて、着ぐるみも脱いでいただいて、それでご入場いただけますか?」

 脱いで入場しろとはどういうことか? これのことではないのか?

 ――ソルジャーには、データ・リンクのほかに、コマンド・コムと呼ばれる無線会話機能がある。実はこの時、ここで激しいやり取りが行なわれていた。しかし、彼らが与えられていた貧弱な日本語の言語セットでは、目の前の地球人の言わんとすることは理解しようにも無理だった。そもそも〈着ぐるみ〉が何かさえ、わからなかった。


 ソルジャーたちは、とりあえず任務の続行を決めた。バサッと外套を羽織ると、彼らはクルリと振り向いた。そして、呼び止める駅員はそのままに、改札へ向かった。

 改札口に差しかかると、彼らは自動改札機の前で一旦立ち止まり、何かリサーチした。そしてすぐに、先頭の一体が、カードリーダーに手のひらをかざした。すると、改札のゲートが何事もなく開いた。六体のソルジャーたちは、同じように手のひらをかざすと、駅のホームへ堂々と入っていった。

「ちょっと待ってください」 若い駅員が追いかけて呼び止めた。「すみません。カードを見せてください。ICカードのパスモかスイカ……」

 ソルジャーたちは振り向いて、仕事熱心な駅員をじっと見つめた。敵であろうとなかろうと、話だけは一応聞くことになっているらしい。

「ですからあの……、カードかスマホはお持ちですか? 見せてください」と言って、駅員は手のひらを指さした。


 ソルジャーのひとりが、駅員の手のひらと自分の手のひらを、不思議そうに見比べた。そして何を思ったか、ふいに駅員の手を取り握手をした。

「違う違う、違います!」 駅員は、もう一方の手を横に振った。

 どうも様子がおかしい。握手ではないらしい。それでは、これのことか? ソルジャーは、今度は柱に取り付けてあった鉄製のパイプに手を伸ばした。そして握った。そのとたん、パイプはメキメキと音を立てて形を変えた。彼は自慢げに手を離した。するとそこに残されたのは、ペンキが剥げ飛び、指の跡もはっきりとへこんだ、変わり果てたパイプだった。若い駅員は、顔を引きつらせた。


 肩を赤く塗ったソルジャーのリーダーが、青ざめた彼に顔を近づけて、ささやくように告げた。

「アーミーネイビー、エアフォース。ベリーインポータント・ミッチョン……」

「ア、アメリカ軍の方ですか?」

 ロボットは頷いた。そして言った。

「トップ・シークレット。――ドゥユ ドリンキング? ドンウォーリィ、ノー プロブレム――。イズゼア・エニクエスチョン?」


 こんな格好して、どこがトップ・シークレットなのか、意味がわからない。しかし、相手は身の丈を越える、屈強の何者かである。こんな連中に取り囲まれて、うっかり言い分を否定するなど出来ようものか。しかも相手は天下無双の同盟軍を自称し、なにか文句あるかとすごんでいる。事の重大さにそろそろ気づいてもよさそうなものだが、巨大宇宙船が両国橋の上空に居座っているという情報もまだ、情報のタイムラグもあって駅の職員には伝わっていなかった。今なにが起きているのか伝わっていれば、目の前の異形の者たちがではないと、気づいたかも知れない。だが、それにはまだ早かったのである。気の毒なことに、事態を飲み込むしかなかったのは、若い駅員の方だった。彼は気を取り直すと、引きつった笑顔で決まり文句を口にした。


「ど、どちらまで、行かれますか?……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る