浴衣
「一緒に夏祭り行かない?」
「夏祭り?」
「うん。ふたりきりで」
あれからも三沢は表面上は変わりなく。
付き合ってんのかどうなのかよくわからなかった。
デートもしてないし、一緒に帰ったりすらしない。
だって、三沢はいつも男友達らとどこかで遊んでる。
ただ教室でよく目が合うようになった。
それだけだった。
なのに、突然誘われて驚いた。
「……いいよ」
そして、夏祭りの約束をした。
すぐ近くの河川敷でやってる夏祭り。
夜店が沢山でて、夜には花火大会。
同じクラスの子も沢山来るだろう。
三沢はふたりの関係を他の子に話してないようだった。
だから、結花も黙っていた。
だけど、別に隠していたいわけじゃなさそうだ。
夏祭り当日。
結花はせっかくなので、浴衣を着ることにした。
紺地でピンクの鮮やかな花火柄。
花火大会にぴったりで気に入っている。
迎えに来た三沢も浴衣姿だった。
三沢は黒地にストライプの柄が入ったシンプルな浴衣だった。
「浴衣……似合うね」
意外とシックな浴衣をやや着崩した三沢はいつも見ない姿のせいか、つい赤面してしまう。
「見とれた?」
ニヤっと笑って三沢は結花の手を取った。
結花の浴衣姿を見ても三沢は何も言わなかった。
でも、いつもよりゆっくりと浴衣で歩きにくい結花の歩調に合わせてくれている。
そんな優しさを感じていた。
河川敷に出るといつもは殺風景なこの場所も夜店が出て沢山の人がいた。
日が落ちて薄暗くなってきた空と反対に、夜店の提灯の光やそれを反射した水面の光で明るさを失わない。
「そこ、気をつけて」
河川敷に降りる階段や段差などにいちいち気にかけてくれる三沢が嬉しくて、思わず笑顔になる。
「何か食べる?」
「たこ焼き! 唐揚げにフランクフルト!」
三沢の問い掛けに上機嫌で即答した。
「お前なぁ、もうちょっと可愛いこと言えよ。チョコバナナとか林檎飴とかさぁ」
やや呆れたように言う三沢に結花はあちこちの夜店に目移りしながら答えた。
「だって、甘いの苦手だもん」
そう言いながらも繋いだ手を引っ張り気味にたこ焼きの列に並んだ。
たこ焼きを2つ買うと夜店と夜店の間の少し空いたスペースで食べることにした。
揺らめく鰹節に心が踊る。
「美味しーい」
一口でたこ焼きを頬張る結花を三沢は目を細めて見てる。
「お前、うまそーに食うのな」
「だって、美味しいもーん」
三沢も結花と同じように一口で頬張る。
「本当だ。ウマイ」
ふたりはしばし無言でたこ焼きを食す。
そして、食べ終わったらまた歩きだした。
自然と握っていた手が心地よくて自然と顔が綻ぶ。
「何ニヤニヤしてんだよ」
「なーんでもないっ」
嬉しくて幸せ。
三沢を引っ張ってあちこちの夜店を覗いた。
三沢は何だかんだ文句を言いながら付き合ってくれてる。
「あれ。知悸じゃん」
突然の声に振り向くと、そこにはクラスメイトの男子の姿があった。
「白鳥もいる」
「何でお前ら一緒にいるの?」
「2人で来てんの?」
次々と繰り出される質問に思わず黙り込んでしまった。
こんなに1度に聞かれても、どれから答えたらいいのかわからない。
それに何て説明したらいいかもわからない。
「え、えっと……?」
思わず口ごもる。
もし、三沢がふたり関係を隠したがっているのなら。
ここは偶然を装うべきなのか。
それにデートって言うのも何だか恥ずかしいし。
何て考がえていると、三沢が突然結花の腰をひいた。
そのまま三沢に密着する形になる。
「お前ら、デートの邪魔するなよな」
三沢は結花の腰を抱いたままクラスメイト達の間を通り抜ける。
そして、すれ違い様にクラスメイトの肩を軽く叩いて言った。
「野郎だけで祭なんてつまんねーじゃん」
にやりと嬉しそうに笑う横顔が夜店の淡い光に照らされて、いつもよりもさらに格好良く見えた。
「ばかやろー!」
「幸せになれよーっ!」
よくわからない野次を背中で聞きながら歩き出した。
正直、腰にまわされた腕を意識し過ぎて気が気じゃない。
「何照れてんの?」
普段より近い距離が照れくさくて視線を前に戻す。
それを見た三沢が意地悪な瞳のまま、腰に回した腕を引き寄せる。
慣れた仕草で結花を覗き込み、軽く触れるだけのキスをした。
「ちょっ! 人前だって!」
顔から火が出そうなぐらい熱い。
思わず三沢の腕を振りほどき、離れた。
「じゃあ、人前じゃなかったらいいんだ。結花ってやーらしー」
絶対、何かよからぬことを企んだ顔で三沢が言う。
ていうか、ファーストキスなのに!
「へぇ、初めてなんだ」
無意識に心の叫びが声に出ていたようだ。
結花をからかう三沢は心底楽しそうて、あんな無邪気な笑い方は初めてみた。
「三沢、ひどいよぅ」
密着してるだけでも緊張してるのに。
三沢は随分と余裕で。
経験の差を感じてしまう。
不意に三沢が結花を見た。
さっきのキスを思い出して、体が堅くなる。
「なぁ、三沢って呼ぶのやめねぇ? ちゃんと名前で呼んでよ」
言われて気づいた。
そういえば、ずっと三沢呼ばわりだ。
仮にも彼氏なのに。
いや、仮じゃないけど。
「だ、だって恥ずかしいじゃん! それに三沢だってあたしのこと、名前で呼んでないっ!」
仕方がねぇなぁと呟くと三沢はからかうような口調で言った。
「なーに拗ねてんの。結花は」
むぅとむくれてあたしは三沢を振り払った。
そして、慣れない浴衣で覚束無い足取りのまま先を行く。
少し離れてくるりと三沢を振り返る。
一呼吸置いて覚悟を決めてから言う。
「ほらっ、早く行かないと花火始まっちゃうよ! ……知悸っ」
ちょっと、いやかなり恥ずかしいけど思い切って言ってみた。
何だかやっと、目の前にいる彼が自分の彼氏なんだって思える。
ただ名前で呼んだだけなのに、特別な人になったような気がして笑みがこぼれた。
「待てって」
追いかけてきた知悸と結花の真上の空で花火が弾ける。
そして、地上に降り注いだ光はふたりをを染める。
それは、祝福の光のようだった。
ふたりは満開の花火の下、もう一度キスをした。
そして、知悸は言った。
「浴衣、綺麗だよ」
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