SUMMER vacation
生まれて初めて夏が終わらないで欲しいって思った――。
今年も熱い夏がきた。
夏希にとって大嫌いな夏。
海辺の小さな町にある夏希の家は、民宿を営んでいる。
海水浴客を狙った小さな民宿だ。
シーズンには砂浜に海の家も開いている。
そのため、夏希も手伝いに駆り出されてしまう。
夏休みなのに遊ぶこともできない。
真っ白な砂浜、照り付ける太陽、コバルトブルーの海もキラキラ光る水面も浮かれた海水浴客も。
大嫌いだった。
友達には宿泊客との一夏の恋だとかワンナイトラブだとか言われるけど、浮かれてチャラチャラした連中の相手なんかする気はない。
夏希の好みはもっと大人で優しい人なのだ。
そんな時、夏希の家の民宿に若い2人組の男たちが泊りに来た。
一夏をこの町で過ごすらしい。
この2人は何故か夏希にやたらとちょっかいを出す。
「おはよー! 夏希ちゃん! 一緒に海行かな……」
「行きません」
ここ1週間、ずっとこんな感じだ。
正直うっとうしい。
夏希に声をかけているのは悠斗。
いわゆるイケメン顔だが、ロン毛で軽くてチャラチャラしていて、夏希のもっとも嫌いなタイプだ。
「いつも悠斗がごめんね」
悠斗の後ろから来たのが昴だ。
悠斗と一緒に民宿に泊っている。
昴は大人っぽくて優しいタイプ。
2人は正反対な性格なのに、それが逆に合うらしい。
趣味が同じということもあって、大学で出会ってすぐに意気投合したそうだ。
そして、夏希は大人っぽくて優しい昴が気になっていた。
2人ともサーファーだ。
毎日のように、朝からサーフィンをしていた。
今ではすっかり小麦色に焼けている。
昼になると海の家にもお客さんが大勢来る。
忙しさも最高潮だ。
そんな中、昴と悠斗はいつも夏希の店に買いに来てくれる。
「焼きそば、1つお願い」
「はぁい」
昴が来てくれると大嫌いな店番中でも、つい笑顔がこぼれる。
「じゃあ、俺はたこ焼き!」
「……はいはい」
だけど、昴のそばにはいつも悠斗がいるのだ。
「夏希ちゃ~ん! 俺には冷たいじゃん……」
「うるさいよー!」
毎日、繰り返すやりとりが、いつの間にか心地よいものになっていた。
夏希にとって大嫌いだった夏が少しは好きになれそうな気がした。
昴と悠斗がこの町にいるのはたったの2週間。
楽しい日々はあっという間に過ぎてしまう。
そして、最後の夜。
夏希はそっと家を出た。
じっとしていると昴のことばかり考えてしまう。
海沿いを歩いていると、夏希は浜辺に座る人影を見た。
それは昴だった。
遠めに見ても夏希にはすぐにわかった。
夏希は思い切って昴に近付いた。
昴は浜辺に座って煙草を吸っているようで、煙が漂っている。
「こ、こんばんわっ!」
昴は驚いて振り返った。
ふわり、と煙草の煙が舞う。
「夏希ちゃん? こんな時間にどうしたの?」
そして、さりげなく煙草の火を消した。
夏希が煙草が苦手なのを知っての行動だ。
そんな些細な行動も夏希には愛しく感じる。
「散歩。そっちは?」
「俺もそんなとこー。悠斗が寝ちゃって暇だったんだ」
昴は自分のすぐ横の砂をぽんぽんと叩いている。
「ここ、座りなよ」
「うん!」
夏希は昴の隣りに腰を降ろした。
高鳴る鼓動を抑えることが出来ない。
「いい町だね、ここは」
真っ暗な海を見つめながら昴が言う。
「夏希ちゃんにも出会えたし」
一瞬にして夏希の顔が熱くなっていく。
今が夜で本当に良かったと夏希は思った。
この顔のほてりに気付かれてしまうから。
「またまたぁ! 女の子みんなにそんなこと言ってるんでしょ?」
「夏希ちゃんだけだよ。こんなこと思ったの」
「えっ!」
夏希は驚いて昴を見た。
昴は真っ直ぐと夏希を見つめていた。
「俺は本当のことしか言わないよ」
その真剣な瞳に思わず下を向く。
「……あたし、夏が大嫌い。だって、毎年手伝いばっかりなんだもん。……でも今は……今だけは夏が終わらないでって……思う」
涙が頬を伝う。
昴と離れたくない。
昴は明日には帰ってしまう。
この想いはどうすればよいのだろうか。
「夏が終わっても一緒にいようよ」
ふいに昴が言った。
夏希は思わず涙でグシャグシャの顔を上げた。
昴は優しく笑って夏希の頭を撫でた。
「電話するよ。週末になれば会いにいく」
昴はただ頷くことしかできない夏希を優しく抱き締めた――。
大嫌いだった夏が大好きになった瞬間だ。
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