THE 4 seasons

SPRING blossom

「来年、この桜が咲く頃に帰って来るよ」


 あなたはそう言ったから、私は今日もあなたを待ち続けます――。


 満開に咲き誇るの桜の下。

春香は今日も1人公園のベンチに座っていた。

目の前には春の陽気に誘われた子どもたちが元気一杯に走り回っている。

騒がしい笑い声は微笑ましい。

春香は桜の木からはらりはらりと花びらが舞い散るのをただぼんやりと見つめていた。

ちょうど1年前、この場所でした約束を胸に思いだしながら。


 1年前――。


「海外転勤が決まったんだ」


 今日と同じ満開の桜の下で響也はそう言った。

ニヤリと切れ長の瞳を輝かせ、勝ち気に笑う。

海外転勤、栄転であり喜ばしいことだ。

ここ最近、響也は必死にしごとをしていた。

それが仕事が認められたのだ。

春香も毎日のように徹夜しながら努力してきた響也の姿を、ずっと見ていた。

だから、喜ぶべきことなのはわかっていた。


「1年間の転勤なんだ。急だけど明後日に日本を経つことになった」


 だけど、目の前が真っ白になった――。

覚悟はしていたつもりだった。

だけど、”つもり”だったことを思い知らされる。

あまりに急すぎて、頭がついていかない。


 春香と響也が付き合い始めたのはちょうど2年前だった。

2年目の記念日のデート。

2人の気持ちを表すようによく晴れた空。

温かい陽気に誘われて、自然と近くの公園まで歩いていた。

満開の桜の下、ベンチに座る。

ひらひらと降る桜吹雪がとても綺麗だった。

そんな中、突然響也が切り出したのだった。


「嘘、でしょう?」


 自然と声が震えた。

響也は真剣な表情で春香を見つめている。

その瞳が嘘ではないことを物語っていた。


 本当は離れる覚悟なんて出来ていない。

だけど、ゆっくりと別れを惜しむ間ぐらいはあると思っていた。

その間に覚悟を決めようと思っていたのだ。


 響也の顔がにじんでぼやけて見えた。

春香はいつの間にか泣いていた。


 やわらかな春の日差し。

公園で遊ぶ子ども達の声。

全てが遠くに感じた。


「なぁ、春香。来年、この桜が咲く頃に帰って来るよ」


 ふいにかけられた響也の声に春香は我に返る。

ピンクの桜の花びらが散らばる地面から視線を上げた。


「そうしたら結婚しよう」


 勝ち気な表情が崩れ、ふわりと優しく笑う。

春香にしか見せない、響也のその笑顔が大好きだった。


 今年もこの公園は満開の桜。

だけど、響也の姿はない。

半年前、響也は転勤先の事故で亡くなってしまった。

春香は響也の死を信じられず、お葬式にも出られなかった。


 いや、本当は気付いていた。

響也がもう帰って来ないことを。

ただ、認めることが怖かっただけ。

響也がいない世界をどう生きたらいいのかわからなかった。


 せめて、この桜が散るまでは響也が帰ってくると信じたい。

この桜が散るまでは……。

強い風が吹き、春香は思わず目を閉じた。


 桜の花びらが舞い踊る。

その瞳を開けた時、花びらの向こうに響也の姿が見えた気がした――。

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