たった一人のあなた
穏やかな昼下がり。
温かいミルクコーヒーとパンケーキ。
そして、1冊の本。
そんな午後を過ごすのが私の唯一の楽しみ。
……だったのに。
「悪いけど相席してもらっても良い?」
カフェのマスターに言われ、仕方なくOKした相席。
相席なんて気まずいのはお互い様。
さっさと帰ってくれるだろうと思っていた。
「ありがとう! よろしくな?」
耳障りな大きい声でなれなれしく話しかけてくる派手な男。
ドカッと五月蠅い音を立てて、私の向かいの席に座った。
「なぁなぁ、無視せんといてーや」
聞き慣れない関西弁に苛々する。
どーでもいいけど、相席しただけで友達面されるのも困る。
いちいち答える義務もない。
私は無視していた。
「なぁなぁ」
「なぁって! 聞いてんのやろ?」
「返事ぐらいしてくれてもえぇやん」
「おーい!」
しつこい。
もう我慢の限界だ。
「あの、正直迷惑なんですけど。相席したって親しくする必要ないでしょ」
かなり冷たく言ったつもりだけど、彼は私が反応を返したことにニカッと嬉しそうに笑った。
「やっと返事してくれた! 別に親しくせんでも喋るぐらいえぇやんか」
「私は喋りたくもないのっ! さっさと出てって!」
さすがにここまで言えばわかってくれるだろう、そう思った私が浅はかだったのか。
「何であんたにそんなこと言われなあかんのや。俺かてれっきとしたお客様やで」
このままだと話が終わらない、そう感じた時だ。
ちょうどマスターが彼のコーヒーを持ってきた。
コーヒーを飲み出した途端、静かになり私も残りのパンケーキを食べ出した。
「なぁ、俺こっちに引っ越して来たばっかりなんや。これからこの辺案内してーや」
パンケーキを食べて、いっそのこと今日は帰ろうとした時、彼は唐突に言った。
「嫌よ。これ以上関わりたくないし」
即答した。
これ以上私の時間を邪魔されたくない。
「それは無理やと思うでー。ここ毎日来てるんやろ? 俺もそうなると思うし」
「なんでっ!?」
「ここのマスター、俺の兄貴」
目の前が真っ暗になった。
私の毎日の楽しみが。
たった1つの癒しが。
「だから、えぇやん。行こうや。それに俺、強気な女が好きなんや」
そのまま彼は私の手を握ると店から連れ出した。
たった1つの楽しみを奪った彼が、たった1人の男になるのはもう少し先のお話。
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