WINTER snow
『忘れない――。あの日の雪を』
ひらひらと舞い落ちる白い雪の中、美冬は彼氏の雅臣を待っていた。
予想以上に強く冷えこみ、空から雪がちらついていた。
美冬の住む地域では数年に1度しか雪が降らない。
今日みたいな雪は珍しいことだった。
それは、忘れていた記憶を呼び覚ます。
白く霞む道の向こうから見慣れた人が走って来る。
美冬の元まで来ると膝に手をついて、息を切らせている。
「ごめん……遅くなって……。雪で電車が遅れちゃって」
「ううん。大丈夫だよ」
美冬は笑って答えた。
「珍しいな、雪が降るなんて。前に降ったのっていつだっけ?」
「そうだね。久々――」
途端に美冬の瞳から涙が溢れ出す。
美冬は思い出していた。
あの雪の日を――。
「ど、どうしたの?」
突然泣き出した美冬に雅臣は慌てた様子だ。
「ごめんね。昔のこと……思い出したんだ」
数年前、美冬は直人という男と付き合っていた。
だけど、ささいなことから大喧嘩になってしまい、もう1週間も連絡をとらないままになってしまったのだ。
いつもよりも冷えた日の朝、何気なくポストを覗いた美冬は1枚の紙が入っていることに気がついた。
「何かのちらしかなぁ」
取り出した紙には見慣れた文字が並んでいた。
それは、直人からのメッセージだ。
そこには急に転勤が決まり、すぐに出発しなければならないことと飛行機の時間が記されていた。
そして、『もし、許してくれるなら空港に来て欲しい』という一言……。
それを見た美冬はすぐさま走り出した。
この町から空港に行くには電車に乗らなければならない。
今すぐ行けばぎりぎり間に合うはず。
全速力で駅についた美冬はちょうど来た電車に飛び乗った。
荒く息をしながら4人掛けの席に座った。
まわりには誰もいない。
息を整えて窓の外を見ると、はらはらと雪が降って来た。
「……雪?」
そういえば、今日は冷え込むとニュースで言っていた。
空から降る雪が町を白く染めてゆく。
そして、美冬の心も真っ白に染まっていく。
どうして喧嘩なんてしたのだろう。
どうしてあんなに冷たくしたのだろう。
どうして……?
考えても答えは出ない。
涙が一筋こぼれた。
その時、ガタンと音がしてゆっくりと電車が止まった。
窓の外では雪が激しくなっている。
“大雪のためしばらく停車します”
そんなアナウンスを聞いて美冬は真っ青になった。
「そんな……」
今だってギリギリ間に合うかどうかの時間。
電車が止まってしまったら確実に間に合わない。
美冬はただ祈ることしか出来なかった――。
白い雪が2人を引き裂いて
全てを白に染めていく――。
「――結局ね、30分ぐらいして電車は動き出した。でも、空港に着いた時にはもう、飛行機は飛び立ってた…」
「…………」
雅臣はただ美冬を見つめている。
「ごめんなさい。こんな話……」
「いや、その人はどうしてるの?」
「……向こうで出会った人と結婚したって」
「そっか。でも、俺はずっと美冬といるから。雪が2人を邪魔しても俺がその雪を溶かすから」
雅臣はそって美冬の涙を拭う。
「うん……」
今年の冬はなんだか暖かい。
雅臣がいるから――。
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