白と黒 5歳皇帝は白黒つけて容赦なく断罪する。

初老の妄想

第1話 5歳児の憂鬱

■リーブル皇国 皇帝謁見の間


「この内政が不安定な局面で陛下の後見を勤めるには、深い内政の知識こそ最も重要であろう!」


「何を愚かな事を! 北の帝国が今にも進出してくるタイミングで軍部を掌握せずに国が維持できるわけ無かろうが!」


「北の帝国の件はその通り、だがいくさバカが陛下の後見など片腹痛いわ、今こそ諸国との外交経験が必要とされると言うのがわからんのか!!」


あー、だるい。

俺の目の前にいるのは、ほぼ3日間同じ議論をしている内務卿のアルベルト・シュターナー伯爵、外務卿のグスタフ・トットナム伯爵、軍務卿のミハエル・エイバッハ男爵の3人だ。


全員、俺の後見人になることで国の実権を握れると思い込んでいるようだ。

恐らく実権を握った後は俺を暗殺か幽閉して、自分が皇位につくつもりだろう。


俺は第18代リーブル皇帝エリック・フォン・ローエングラム。

このアメリア連邦最大国家 リーブル皇国の全ての権限をもつ5歳児だ。


目の前の議論は1週間前に先王である俺の父、第17代リーブル皇王リーベル・フォン・ローエングラムが40歳で早世したことに発する。


元々体の弱かった先王ではあったが、急死にはそれ以外の理由があるのだろう。

俺はこの3人のうち誰かが、あるいは全員が父の暗殺に関わっていると思っている。


5歳の俺が何故そんなことを思うのか?

俺の中にはもう一人の俺がいる。

誰かは知らんが時折頭の中で勝手に物事を考えている。

父の暗殺についても俺ともう一人が頭の中で話し合った結果だ。


もう一人の存在を認識したのは1歳ぐらいの頃だろう。

周りの大人が話す言語が全く理解できないのに、何を言わんとするかをもう一人が教えてくれた。


時には俺の体もそいつの意向で勝手に動いている。

1歳でママンとまだ一緒に寝ていた頃、俺は乳離れのしない子だとよく言われていたらしい。


乳は既に必要としないのにひたすらママンの乳房を吸っていたそうだ。

そして、1歳半のときには、乳首を舐めながら右手で・・・

何にせよ、1歳半でおれはママンの寝所を追い出された。


これは全て2歳ごろに乳母とメイドがしている会話を盗み聞きした情報だ。

俺の中に記憶はないし、そんなに乳房には興味は無い。

・・・今のところは。


これも、もう一人の俺がやったことだろう。

2歳の時に酒を飲んで吐いた。

どうしても欲しいというもう一人の俺が、急に椅子の上に立ち上がってテーブルの上の果実酒を両手であおったのだ。


全く美味しくは無かった。

3秒後には強烈な嘔吐感が襲ってきて恥ずかしい粗相そそうをした。


どうも、もう一人の俺は子供では無いようだ。

既にそれなりの人生経験があり女や酒の経験もある。


時々、頭の中に変な映像も浮かぶ。

見たことの無い色や文字が見えるが、さっぱり意味はわからん。

しかし、そいつが俺の手助けをしていることは間違いない。


目の前の愚か者共の会話の論点が理解できるのは、そいつのおかげだ。

こいつらが熱心に議論をしているのは、この皇国が完全世襲制で既に俺が皇位を継承しているからに他ならない。


―皇帝の直系以外は皇位を継承できず―


この国の不文法でそう定められており、体の弱い先王の子は俺一人だから先王の死と同時に俺は即位した。


この国では皇帝が全ての権限を持っている。

理由無しに国民を殺しても構わない、それを裁く法がないので誰も止められないから。


革命が起こるまでは、皇帝は好き放題に出来ると言う仕組みだな。

代々の皇帝が自分に都合の良いルールを積み重ねた結果だ。


ただ、皇帝が求めれば摂政せっしょうと言う形で後見人を置くことができる。

こいつらは、5歳の俺が文句も言わずに後見人を必要とすると信じ込んで、俺の目の前でアピール(?)合戦を3日間やり続けている。

まあ、俺のうわさをみんな聞いてるから仕方の無い話だ。


俺は宮殿の中では、よく言えば変わった皇太子。

悪く言えば、オツムのねじが足りない子。

ほぼ全員が(両親も含めて)そんな風に思っている。


それは、あまり言ってはいけないことを-今となってはわかったが-3歳から言い出したからに他ならない。

俺には他人に見えないものが見える。

と言っても、幽霊のたぐいではない。


言うと馬鹿にされるだろうが・・・

俺は人の頭の上に白と黒の玉のようなものが見えるのだ。

3歳の無邪気な俺は、先王であっても「パパンに白い玉が」とか大臣を見て「あ、黒い玉が頭に」とか言っていた。


他のみんなにも見えていると信じていたから、相槌を売ってくれると思っていたのだが・・・、相槌の代わりに可哀そうな子を見る目が注がれた。


もう一人の俺の解説によると、周りの反応は至極当然であり、俺は言ってはいけないことをしばらく言い続けていたらしい。


だが、この白黒の玉には意味があるともう一人の俺が言う。

俺に好意的なものは白、敵意や役立たないものは黒に見える。

そう言う便利な能力だから黙って有効に活用しろと言うことだ。


で、目の前の3大臣様だが、当然頭の上には黒玉が例外なく浮かんでいる。


ん? 何でそんなものが見えるのかって?


俺にはわからんが、もう一人の俺が言うには俺の親友たちのせいらしい。


俺には人間の友達などいない。

ずーっと宮殿内だから、年齢の近い人間を見ることはほとんど無かった。

だが、俺が生まれた祝いにドリーミア魔法国から友達を送ってもらっていた。


今も俺の横で寝そべっている神獣の黒狼こくろうだ。

来た時は1歳だったらしいが、俺より成長が早いので今は良いおっさんの年齢のはずだ。

生まれたときから一緒なので、ママンの寝所よりも長く一緒にすごしている。


もう一人親友がいる。

3歳の誕生日に先王がドリーミアの教皇にお願いして、送ってもらった白虎びゃっこだ。

先王は自分が長くないことを察していたようだ。

かなり無理を言って、譲ってもらったらしい。

来た時は0歳だったので、まだ子供の部分が残っている。

コイツも俺の後ろで寝そべっている。


さて、目の前の無駄な議論を終わらせる頃合だ。

こっちは、新しい情報でも得られないかと付き合っているがそろそろ限界だ。

5歳児には集中力も体力も無い。




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