第16話 5歳児の限界

■リーブル皇帝 寝所


昨日の演習視察は、やはり無理だった。

帰りの馬車は途中で2度停めさせた。


近衛騎兵が囲む中での粗相(そそう)は恥ずかしいものだ。

皇帝の権威に傷がついた。

頑張っても5歳の体力は所詮5歳のままだ。


二度と馬車には乗りたくない。

5歳児の限界をはるかに超えていることをハンスは理解する必要があるのだ。


戻ってからは夕食もとらずにベッドで横になっている。

今日の朝食も抜きだ。

何も欲しくない。


流石のハンスも国事はあきらめたようだ。

朝もマリーと一緒に俺の様子を見に来ていた。


仮病を疑っているかも知れんが・・・

これは、マジだ。


頭の中のヤツも当分寝ておけと言う。

うむ。そうするつもりだ。


先ほどから白虎も俺のベッドサイドに来て前足をかけている。

黒狼も座って、俺を見ている。


「おれが心配なのか?」

当然そうであろう、親友なのだからな。


-ギュールルルールー。


強烈な音が鳴り響く。

白虎の腹あたりからだ。


そうか、腹が減ったのか。

そうだな、お前たちは俺が食べるときしか食べられないからな。

だが、俺の心配もしたはずだ・・・

うん。そう思うことにしよう。


白虎と黒狼はすでに扉の前で待っている。

俺の心配・・・


まあ、良い。

親友が腹をすかせているのだ、何とかせねば。

着替えは面倒だから、このままで良いであろう。


ドアを開け、白虎にまたがる。

廊下には近衛兵が二人いた。


今日は白玉と黒玉だ。


「お主の名は?」

「キースでございます。」


「では、キース。ついて参れ。」


白玉を連れて行くことにする。

厨房は中庭に面した一番奥にある。

いつも驚くほどの広さだ、謁見の間より広い。


「陛下、このような場所までお運びいただきまして、何事でしょうか?」


料理長が飛んできた。

こいつを含め厨房は白玉ばかりだ。

おれは食い物には文句を言わないほうだから、叱ったりしない。

毒を入れたやつを二人ほど処分したが、そいつらは自業自得だから、俺はあまり怖がられていないようだ。


「こいつらに昨日の夜と今朝の食事を与えてくれ。」


料理長は肉係に指示をして、巨大な肉の塊を切り分け始めた。

2食分だから、俺の体ぐらいは食うだろう。

・・・想像するんじゃなかった。


外は天気がよさそうだ。

せっかくだからピクニックにしよう。

移動は5メートルぐらいだが。


「肉は皿に入れて中庭へ持って来い。」


厨房の裏口をでて、綺麗に刈られた芝の上で白虎から降りる。

芝生の上で横になると心地よかった。

ちょっと転がってみる。

ちくちくするが楽しい。


「キースよ。そなたもやってみろ。」

「ハッ 仰せのままに。」


おお、5歳児と並んで転がり出した。

こいつは本物だな。

うん、俺の言にだけ従う覚悟があるようだ。


「料理長、最高のスープをカップに入れて二つ持って来い。」


外の空気を吸うと、空腹を感じる。

キースにも美味いものを食わせてやろう。


黒狼と白虎は専用の巨大皿に盛られた生肉にがっついている。

二人がいつも美味そうに食っているので、3歳のときに味見をしたことがある。

無論、その後で死ぬほど後悔した。


「キースよ。そなたもスープを飲め。」

「ありがたく頂戴します。」


うむ、素直で何よりだ。

無駄な遠慮もせん。

やはり、この白玉を・・・


「キースよ。そなたはいくつになる?」

「19歳でございます。」

「そうか、ではひとつ頼みがある。」

「なんなりと、お申し付けください。」


「いや、これは頼みであり、命令ではない。断っても構わぬし、断ったからと言って、何の罰も与えぬ。良いか?」

「かしこまりました。」


「では、キースよ。余の友達になってくれ。」

「友達・・・でございますか?」


「そうだ、友達じゃ。無理強いするものではない。余の願いじゃ。」


「・・・・・・恐れながら、それは難しいかと。」


何故だ!

白玉で素直なこいつでさえ、俺の友達はいやだと言うのか?

どれほど、嫌われてるの? この俺!


「そうか、ならば教えてくれ。やはり、余や余の親友たちが怖いのであるか?」

「いえ、そのようなことは決してございません!私は陛下を心から尊敬しております。」


だったら、友達になってくれ~。


「では、何故、余の友達になるのは難しいのじゃ。」

「恐れながら、陛下は陛下でございます。唯一無二の存在である陛下を友達などとは・・・」


「なるほど。では、余のことは嫌いではないのだな?」

「嫌いだなとど、そのようなことはございません。」


「では、好きと言うことで良いか?」

「私ごときが、好き嫌いを考えることこそおこがましく存じます。」


「では、好きか嫌いか選べといわれればどうする?」

「・・・無論、好きと言うことになります。」


フム、無理やり言わせたが、嫌われてはいないと信じよう。


「では、こうしよう。おぬしが当番でないときは余の友達たちと一緒に茶を飲むことにしたい。この願いはどうじゃ? 無論断っても罰は与えぬ。」

「お茶・・・でございますか?」

「うむ、30分ほど茶菓子を食べながら話をするだけじゃ。マリーに呼びに行かせるので、都合がつくときだけでよい。」

「陛下、もったいないご配慮ありがとうございます。それでは、喜んでお茶をご一緒させていただきます。」


友達への道のりは遠い。

まずは茶飲み友達からじゃな。

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