「読まずに食べた」

 黒ヤギさんは飢えていた。

 もう何日も食事にありついていない。瓦礫に首をつっこみ郵便受けの残骸を探せど、見つかるのは公共料金の領収書やダイレクトメールの破片ばかり。未読の手紙だけが彼の食料だ。無感情な印刷物から滋養を得るのは難しい。

 黄昏時、半壊したコンクリートの建物に出会った。集合住宅かな、と期待して侵入したが郵便受けはなかった。代わりに並ぶ灰色の下駄箱。

 そこにあった。

 ハートのシールで封緘された一通の手紙。黒ヤギさんの本能が悟り、さけぶ。

 これは世界最後のラブレターだ。人類が滅びて数百年、奇跡的に原形を留めた……

 舌を伸ばして手紙を咥え、咀嚼する。地上から愛の痕跡が消える。

 黒ヤギさんは明日もまだ生きていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る