「鏡じゃなくてよかった」

 放課後、河原の土手に立って、キョウちゃんはわたしに打ち明けた。

「最近、鏡に映らないの」

 わたしは手鏡を彼女に向けてみた。

「ほんとだ、すげえ」

「お医者さんがいうには、恋の病なんだって」

 〈恋〉だって?

 心臓が跳ねる。

「鏡ってさ、可視光を反射するのが役目じゃない? なのに私の姿だけ吸い込んじゃうの。私が好みのタイプだから。バカだよね」

「……世界中の鏡がそうなの?」

「そうなの。いっぱいあるけど、自我は一つなんだって」

「ああ、そういう」

 話を聞いているフリをしながら、キョウちゃんの横顔をしっかり網膜に焼きつける。人間は可視光を反射しなくてもいいから、わたしの気持ちは世界に支障をきたさない。

 鏡じゃなくてよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る