第7話
「なんとか落ち着いたね……」
さっきまで
「ねえアインハルト。あいつ、あれで死んだと思う?」
「まさか」
俺は割るだけで熱を発する魔法石を準備しながら、レイラの言葉を否定した。
「やっぱり」
予想していたのか、レイラはがっかりした様子もなく静かに頷いた。
「……雪原の死神は、『赤熱の魔剣』を食らっても死ななかった。雪崩くらいで死ぬわけがない」
半ば確信の籠もった言葉だった。
「しばらくは身動き取れないと思うけどな。今のうちに休んでおけ」
「うん……」
レイラは膝を抱え、元気のない様子でぼんやりと赤くなって発熱する魔法石を見つめていた。
そんな時間がどれくらい過ぎた頃だろうか、
「……ごめんね、アインハルト」
唐突に、レイラが謝罪を
「なにがだ」
「雪原の死神に遭った途端、あんな固まっちゃって。覚悟はしてたつもりなのに……身体も心も真っ白になって、何もできなかった」
落ち着いてくると、自分の失態を思い出したらしい。
レイラは膝に額を当て、酷く気落ちした姿を見せた。
「別に。お前がこの遺跡で冷静でいられないのなんて、初めから分かってた。そういう失敗の一つや二つ織り込み済みでこっちは計画を建てている」
慰めではなく、これは事実だ。
その程度の
俺の言葉に、レイラはゆっくりと顔を上げた。
ただし、その表情は依然として硬いままだったが。
「……ちょうど、あの時もこういう吹雪の時だった」
なにを、とは聞かない。
彼女たちが敗走した時の話に決まっているから。
「私ね、当時は副団長の部隊に所属してたたの。それで隊列を組んで遺跡を進んでいたら……吹雪のせいか、急に仲間の姿を見失った。正直、すごい混乱したよ」
見通しの悪い吹雪の敵地で、味方もおらず、いつ敵と出くわすかという恐怖に怯える。
それは確かに混乱してしかるべきだろう。
「必死で仲間を探して歩いて……歩いて、しばらくしてから……運の悪いことに、雪原の死神に出くわしちゃった」
当時の絶望を思い出したのか、レイナはぶるりと震えた。
「今でも忘れない。あの恐ろしさ。必死で悲鳴を上げて、がむしゃらに逃げ回って……なんとかグレンの部隊に発見してもらった。けど――」
「三十人がかりでも、あいつに勝てなかったと」
俺の言葉に、レイラは頷いた。
「この緋雪遺跡って名前は……あいつが雪の上に撒き散らす敵の血の色から来てる。三十人が全滅して、グレンも頑張ったけど……結局、片腕を切断されて……最後はなんとか『赤熱の魔剣』を敵に浴びせて、敵が怯んでる隙に副団長が助けてくれた」
そこまで語ってから、レイラは再び俯いて顔を隠す。
「……私のせいなんだよね、グレンの腕がなくなったの。私が副団長の部隊からはぐれなければ、みんなも救助のために無茶な突撃をしなくてよかったし、きっと別の結果になってた」
――それが、彼女の隠していた最後の重荷か。
それで彼女は、自分でも不向きという自覚がありながら弟の代わりに団長代行という針の
「だから、次に潜ったら絶対に私があの死神を倒して、グレンの未来を取り戻すんだって思ってたのに……何もできなかった。それどころか、足を引っ張るばかりで」
苦しげに、自分の弱さを恨むような声を出すレイラ。
俺は一つ溜め息を吐くと、彼女の前にしゃがみこんで、デコピンをかました。
「いたっ……な、なに?」
俺の不意打ちに目を白黒させるレイラ。
「思い上がるな。お前が完璧に戦えるなんて、誰も思っちゃいない。俺も、そしてお前自身も」
レイラの目を真っ直ぐ見て、その事実を告げる。
「考えてもみろ。お前が一人でなんでも完璧にできるなら、そもそも傭兵なんて必要ないさ。お前にはできないことがある。失敗することもある。それを支えるために、俺がここにいる。違うか?」
「違わないけど……」
おでこを手で押さえながら、きょとんとした表情で俺を見つめ返してくるレイラ。
そんな彼女に、俺は笑ってみせた。
「ありがとな、完璧じゃなくて。お陰で俺は食いっぱぐれないですむよ」
「なにそれ……もう」
俺の言い様に、レイラは力の抜けた苦笑を浮かべた。
いちいち罪悪感を覚えるのも馬鹿らしくなったのかもしれない。
「でも……うん。終わったことを考えても仕方ないか。考えるべきなのは、これからのこと」
レイラの目が蘇った。
この調子なら、これから彼女に待つ過酷な状況にも耐えられるだろう。
「その意気だ。今回はただでさえ厄介な敵だからな」
「単刀直入に聞くけど、アインハルトは雪原の死神に勝てる?」
真っ直ぐ、期待と不安が等量入り交じった瞳で俺を射貫くレイラ。
それに対し、俺は首を横に振ることしかできなかった。
「今は無理だ。倒すだけならできるかもしれんが、お前を守り切れないだろう」
「も、もう足手まといにはならないよ! 私だって、あいつを倒すためにずっと考えてきたんだから!」
俺の言葉にいきり立つレイラ。
しかし、俺はそれを手で制すると、一つの事実を彼女に突きつける覚悟を決めた。
「確かに今のレイラなら、十分に戦うことができるだろう――敵が雪原の死神だけなら、な」
レイラの動きが止まり、表情が困惑に染まった。
「どういう意味?」
「簡単な話さ」
そこで俺は、屋根にしていた硝子を解除する。
途端に抜けていく暖気と、入り込んでくる冷気。
それを浴びながら、俺は暖を取るために使った魔法石を、雪原のある一点に向けて思いっきり蹴り飛ばした。
何もない、真っ白なだけの大地に着地する。
「熱っ!」
と、誰もいないはずのその場所から、何者かが転がり出てきた。
「だ、誰!?」
俺たち以外の人間の姿に、レイラが驚きを見せる。
そこにいたのは、鎧で武装した騎士の姿だった。
「よう。昨日の賭場で見た顔だな、お前」
確かベイカーの隣に座っていた男だ。
俺の言葉で、レイラもその正体に気付いたらしい。
「テイラー……どうしてあなたがここに」
愕然とした様子のレイラに、テイラーと呼ばれた騎士は答えない。
ただ、無言でこっちを睨み返すだけだった。
理由は分かっている。こいつは指示を待っているんだ。
「茶番はこの辺にしておこうぜ。いるんだろう? 出てこいよ――メイナード」
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