第2話

 他の民家よりも少し広い間取りと、質素ながらも落ち着いた煉瓦れんが作りの建物。

 それがナイトレイ家の印象だった。

「お待たせしました。遠慮なく食べてください」

 食卓の上に、レイラが大量の料理を並べる。

 肉や野菜の炒め物にパン、葡萄ぶどう酒。

 喧嘩の仲裁の報酬である料理の数々だ。

「おー、うまそうだな! いただきます!」

 思わず俺の期待値も上がるというものである。

 まずは衣を付けて油で揚げた羊肉。

 サクサクの衣と肉の旨味、トマトを使った少し辛いソースが混じり合って、絶妙な味わいが広がった。

「ど、どうでしょう?」

 緊張した面持ちで俺を見つめてくるレイラとグレン。

「最高! いや、ぶっちゃけこんな田舎でここまで美味いもの食べられると思ってなかったわ! ほら、二人も食べようぜ!」

 俺の言葉に、レイラとグレンは胸を撫で下ろしていた。

 そして、二人も食卓に着いて食事を取り始める。

「けど、本当にこんなのが報酬でいいんですか? 傭兵さんの相場って、もっと高いと聞いていたのですが」

 少し申し訳なさそうなレイラ。

「なに、この料理なら十分見合うよ。それに俺は庶民派だから報酬は安めだしな、気楽に頼んでくれ」

 俺が笑顔で親指を立ててみせると、レイラは安堵したように笑った。

「なら、よかったです」

 と、そこでずっと黙っていたグレンが口を開いた。

「けど、アインハルトさんが気さくな方でよかったです。前評判だと、その……」

 言いづらそうに目を泳がせるグレン。

 とはいえ、何が言いたいかは察しが付く。

「ああ。俺もだいぶ問題児として名を上げてるからな。傭兵界一の厄介者よ。今日も到着するなり喧嘩に首突っ込んでるし、また悪名が広がったんじゃないか?」

 通常の騎士はああいう内輪の喧嘩には介入しない。

 大抵の場合、危険リスク報酬リターンが割に合わないからだ。

 が、俺はそういう暗黙の了解を無視する無法者なため、常識人からはよく奇異の目で見られたり疎まれたりするのだ。

「なんかすみません、私たちのせいで……」

 恐縮したように小さくなるレイラ。

「いーのいーの。俺ってそういうの気にしないし。それに、そんなかしこまらなくていいぜ。あくまで雇い主はそっちなんだから。歳もたいして変わらないだろ?」

 どっちかというと、レイラは雇い主なんだから俺のほうが畏まらないといけないくらいだ。まあ、問題児だから畏まらないけどね!

「わ、分かった。ありがとう、アインハルト」

 気を張っていたのがほぐれたのか、表情が柔らかくなるレイラ。

「それより、今回の仕事のことについてだが」

 打ち解けたところで本題に入ると、レイラも少し背筋を伸ばした。

「あ、うん。グレン、お願い」

「了解」

 姉の指示でグレンが席から立ち上がると、窓に掛かっていた暗幕カーテンを開ける。

 窓の外には、抜けるような青空と白い雲。

 そして――その中をゆっくりと浮かぶ巨大な島があった。

 人間が住む鋼船都市ではない。あれはその源流となったもの。

 ――『空の遺跡ロストガーデン』。

 この世に人間が栄えるよりずっとずっと昔、まだ神様なんてものが世界にいた頃の都市だ。

「あそこの攻略が俺の仕事か」

「うん。現代人類より遙かに進んだ『神代しんだい』の遺跡。そこで、まだ人類には不可能な技術で作られた秘宝を手に入れること。それが今回の目的」

 真剣な……どこか思い詰めたようにすら見える顔で宣言するレイラ。

 その隣で、グレンも痛みを堪えるような顔をしているのが気になった。

「ふうん。ま、よくある依頼だな。なに、俺に任せておけば万事上手くいく。ただ、今回は少し厄介な奴らもいるようだけど」

 俺の言葉に、レイラが首をかしげる。

「厄介、って?」

「お前と揉めてた奴らのことだよ。あれ、多分他の騎士団の団員だろ?」

 同規模の騎士団が同じ都市に存在すると、勢力争いが始まるというのはよくある話だ。

「そ、それは……」

 と、レイラが何故か気まずそうに目を泳がし、口ごもってしまった。

「アインハルトさん、違うんです」

 そんな姉を見かねたように、グレンが口を開いた。

「あの人たちは、『輝く凜々レディアント・ブレイブ』の団員……つまり姉さんの部下なんです」

「……は?」

 その、予想外な言葉に、俺は思わずきょとんとしてしまった。

 すると、その反応で更に恥ずかしくなったのか、レイラが赤くなってうつむく。

「え、マジで? レイラ、自分の部下に喧嘩を売られてたの?」

「うん……」

 消え入りそうな声で肯定するレイラ。

 代行とはいえ団長相手に団員が喧嘩を売り、それを他の団員が野次馬になって見てる? そんな騎士団、見たことがない。

「……どうやら、だいぶ問題のある騎士団みたいだな。事情、話せるか?」

 俺としてもそこまで深入りするつもりはないが、危険の匂いを感じておきながら放置するわけにもいかない。

「大丈夫。アインハルト、これを見て」

 彼女は棚に掛けていた剣を掴み、鞘から抜いて食卓に置いた。

 さっき喧嘩で使っていた剣である。反りのない両刃剣で、刀身は不思議な灰色をしている。

「……近くで見ると、ものすごい魔力を感じるな。これ、もしかして」

「うん。『空の遺跡』で手に入れた、神代の秘宝」

 言われて、納得した。

 刀身に秘めた魔力は並の騎士とは比較にならないほど強大で、まるで剣自体が生き物であるかのような脈動すら感じられる。

「『赤熱の魔剣』……私たちの先祖が『空の遺跡』から持ち帰り、ナイトレイ家に代々伝わる、『輝く凜々』団長の象徴」

「赤熱ねえ……名前とは裏腹に、燃え尽きたような灰色だな」

 何気なく零した俺の言葉に、レイラが自嘲じちょうのような笑みを浮かべた。

「その剣は眠ってるから。私じゃ、その剣の力を引き出せなくて」

「なるほどな。大まかの事情は見えてきた」

 つまるところ、レイラは団員から全く認められていないのだ。

 団長代行でありながら、団長の象徴である強力な魔剣を使えず、実力と地位が見合っていないと判断され、部下の不満を買っていると。

「……本来、団長になるのは俺のはずだったんです」

 ぽつりと、グレイが零した。

「ずっとそのつもりで準備してきたし、俺は魔剣に選ばれてもいました。だから先代団長の父さんが死んだ時、すぐに団長になるはずだったのに……」

 彼は切断され、肩から先がない左腕を、残された右手で掴む。

「正式な就任の前に『空の遺跡』でやらかして、この様です。おかげで姉さんには迷惑を掛けっぱなしで」

 グレンの言葉に、レイラが血相を変えて立ち上がる。

「違う、グレン! あんたの怪我は――!」

「いや、俺に力がなかったからだよ。本当に団長としての力があるなら、あんなことにはならなかった」

 静かに、確信を持って語るグレン。

「そんな……」

 固い意思を秘めた彼の言葉に、レイラも何も言えなくなったようだ。

 沈黙が場を支配する。

「しんみりしてるとこ悪いが、それじゃあ今『輝く凜々』は誰がまとめてるんだ?」

 重い空気に場が呑まれる前に、俺は話を本題に戻す。

「あ、うん。それなら副団長がやってくれてるの。本当にいつも助けられっぱなしで」

 レイラもぎこちなく笑みを浮かべ、俺の話に乗ってくれた。

「全員ではないですが、うちの最大派閥は副団長派ですね。一応、他の派閥もありますが、彼らも副団長の言うことは尊重しているようです」

 グレンも空気を変えるように、補足を加えた。

「そうか。まあ、まとめ役がいてくれるならいいや。おかげで俺たちは『空の遺跡』攻略に集中できるってわけだ」

 言うなり、俺は杯に注がれたワインを飲む。

「よし! じゃあ今日は前祝いだ! 俺が来た以上、攻略は確実! よってそれを祝して乾杯したいと思う! お酒のおかわりください!」

 唐突にはしゃぐ俺に、二人はきょとんとした様子だった。

「ま、前祝いですか? さすがにまだ気が早いんじゃ……」

 驚いたように俺を窘めてくるグレイに、俺は杯を掲げたまま宣言する。

「馬鹿野郎。祝い事は何度やってもいいものだぞ。俺は飲むぞ。場合によっては遺跡への出発前日にも更に飲む」

「いやいや、それで体調崩したら……」

「大丈夫だって。『空の遺跡』は人類の文明を遙かに超えた遺跡だ。きっと探せばいい二日酔いの薬もあるだろ。我ながら名案だな! はっはっは!」

 あまりに天才的な俺の案についてこられなかったのか、グレンは片方しかない手で頭を抱えた。

「こ、この人が問題児って言われてる理由、分かった気がする……!」

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