第3話

 ナイトレイ姉弟を巻き込んで散々飲んで騒いだ後、俺は自室として案内された部屋で寝床ベッドに飛び込んだ。

 酒が回った時の心地よいふわふわ感が全身を巡っている。

 このまま眠ってもいい気分だったが、田舎とはいえ、せっかく新しい都市に来たのだから、観光もしたくなってきた。

「……よし、出るか。前金で報酬もらったし」

 基本的に、もらった報酬は即使うのが俺の主義だ。

 宵越しの銭は持たない。探せば賭場くらいはあるだろう。

「ぱーっと使うか!」

 寝床から飛び起きると、俺は千鳥足でナイトレイ家を出た。

 畑に囲まれた小さな街をぶらつく。

 街の明かりは乏しく、人通りも少ない。星の明かりだけが俺の道標だった。

「む……あの建物はそれっぽいな」

 夜にもかかわらず明かりが漏れ、中から賑やかな声が聞こえてくる建物を見つけた。

 何をやっているのか分からないが、楽しそうなのでとりあえず突撃してみる。

「どーもどーも! よそ者です! なんかよく分からないけど、楽しそうだから仲間に入れてもらえんかね!」

 掛け声とともに飛び込むと、店内の視線が全て俺に向いた。

 手元を見ると、カード賽子サイコロと、やはり賭博っぽい小道具が目に入る。

 うむ。俺の勘に狂いはない。

「お、お前は……!」

 その時、奥の席に座っていた男たちの集団の中から一人が立ち上がり、俺を指差した。

「ん?」

 そっちに目を向けると、二十代後半らしき騎士の引き攣った顔と目が合う。

「おや、見知らぬ顔だが何かご用で?」

「昼間会っただろ!」

 小首を傾げてみせると、怒りの叫びを上げられた。

 何かと思ってそいつの顔をよく見てみれば、確かにどこかで見たツラをしている。

「ああ。昼間、レイラに絡んでた奴か。よかった、知ってる奴がいないから心細かったんだよな、そっちの仲間に入れてくれよ」

「いやいやいや!? なんで友達と会った時みたいな感じで近寄ってくるんだよ! 来るなボケ!」

 気さくに寄っていくと、ものすごい勢いで拒絶された。さすがにちょっと傷付く。

「よせ、クライン」

 不意に、静かに座って酒を飲んでいた男が、俺と話していた男を宥めた。

「あんまり騒ぐと店の迷惑になるだろう。それに彼は団長代行の客人のはずだ。無下にするな」

 威厳の籠もった言葉で言う男の顔を、俺はしっかりと見た。

 三十代後半だろうか。クラインと呼ばれた男と比べても精悍な顔立ちで、隙のない雰囲気を漂わせている。

 ――只者じゃない。

 一目見ただけで、それが分かった。

 彼はクラインを再び座らせると、今度は俺に目を向ける。

「君、悪かったね。よければこっちの席に来るといい。もてなそう」

 思わぬお招きを受け、俺は肩を竦めた。

「そりゃありがたい。ところで一つ訊ねるが、あんたが『輝く凜々レディアント・ブレイブ』の副団長ってやつか?」

 俺の推理に、精悍せいかんな男は静かに笑った。

「いかにも。『輝く凜々』副団長、メイナード・エイデンだ。そこのいきり立っている男はトニー・クライン・ベイカーだ。そういう君は、かの有名な傭兵、アインハルト・ウィラー君でいいのかな?」

 どうやら、昼間の騒動は彼の元まで伝わっていたらしい。

「その通りだ。今はあんたのとこの団長代行に雇われてる。よろしくな」

 俺が頷くと、メイナードはそっと手を差し出してきた。

「歓迎しよう。ようこそ『輝く凜々』へ」

「そりゃどうも」

 俺も彼の手を握り返す。

 そうして俺が席に着くと、メイナードは店員を呼んで「彼に何か飲み物を」と注文してくれた。

 周りの騎士たちはやたら居心地悪そうだったが、基本的に俺は空気を読まない男である。当然のように無視した。

「正直な話、君ほど高名な傭兵が、うちのような田舎の騎士団に来てくれるとは思わなかった。経歴キャリアの足しにもならないだろう?」

 杯に入った酒を軽く呷りながら、副団長が感慨深げに言った。

「俺は報酬さえもらえれば、誰がご主人様でも尻尾を振る忠犬なんでね。まあ暇だったのもあるし、運が良かったことには違いない」

 そこで店員が運んできた酒を、俺も一口飲んだ。

 度数が強く、香りが良い蒸留酒。レイラの家で出されたよりも随分と上等なものを飲んでいる。両者の力関係が透けて見えるようだった。

「ふっ……そうか。未熟とはいえ、団長代行――レイラは俺たちの頭だ。『空の遺跡』で恥をさらしたとなれば、騎士団の威信に関わる。是非とも君の力を彼女に貸してやってほしい」

 小さく微笑みながら、そう頼んでくるメイナード。

 その語り口に、妙に引っかかるものを覚えた。

「随分と他人事みたいな言い方してんな。お前は『空の遺跡』に潜らないのか?」

 そんな当然の問いかけをすると、彼はきょとんとしたように目を見開いてから、小さく頷いた。

「ああ、なるほど。レイラから聞いてないのか。今回、『空の遺跡ロストガーデン』に入るのは君とレイラの二人だけだ。それが最善だからね」

「ほう?」

 興味深い物言いに、俺は杯を置いて彼に向き直った。

「これから君たちが潜るのは、緋雪遺跡ひせついせきと呼ばれている『空の遺跡』だ。君ほどの傭兵には言うまでもないことだが、『空の遺跡』には侵入者を排除する機構システムが備わっているが……今回はこの機構が問題でね」

「なるほど。多人数で入ると罠が強化される系統の遺跡か」

 メイナードの口ぶりから見当を付けてみると、彼は少し目を見開いてから頷いた。

「さすがだな、その通りだよ。緋雪遺跡は侵入者から魔力を吸収ドレインし、それを使って遺跡全体に冷却魔法を発動させるという遺跡なんだ。当然、人数が増えるほど吸収される魔力量が上がり、冷却魔法も強力になる」

 そこで彼は、少しだけ表情を暗くした。

「大人数で乗り込んだ前回の攻略は、この機構のせいで失敗した。遺跡は人の活動できる環境じゃなく、敵と戦う前に既に半壊。結果、団長候補だったグレンは片腕を失う事態に……」

 それで今回は外部から腕利きの傭兵を一人雇い、少数精鋭で事を為そうとしてるってわけか。

「理由は分かった。まあ、俺に任せておけばなんとかなるだろ」

 気楽に請け負って、俺は再び酒に口を付ける。

 すると、副団長も安堵したように頷いた。

「ああ。頼むよ、最強の傭兵。何も出来ないのは歯がゆいが、君に団長代行を任せる」

 そうして話が一段落するのとほぼ同時に、周囲の団員たちの空気がまた少し変わったのを感じる。

 苛立ちと侮りがない交ぜになったようなピリつきというか。

「失礼します。あの、ここに一見さんの男性が来たりはしてないですかね」

 居心地悪そうな顔で店内に入ってきたのは、ちょうど今話題に上がっていたレイラだった。

 明らかに場違いだな。何しに来たんだろう。

「へい、お嬢さん。こんなところに一人とは感心しないねえ。男でも漁りに来たのかい?」

 俺が席から立って気軽に声を掛けると、レイラは露骨に顔をしかめた。

「あなたを探しに来たの。急にいなくなるから、もしかしたら昼のことで他の団員と揉めてるんじゃないかと思って」

 レイラはそう言うなり、さっきまで俺の座っていた席を一瞥する。

 と、そこに見知った顔が並んでいるのを確認したのか、少し目を見開いた。

「……みんなと一緒に飲んでたの? すごく意外」

「まあ男なんて一度拳で語ればもう友達みたいなもんよ。こいつらもとっても友好的に俺を迎えてくれたさ。なあ?」

 俺がクラインのほうを振り返って訊ねてみると、彼は無反応で杯をあおっていた。

 それを見て、レイラは深々と溜め息を吐いた。

「なるほど。無理やり押しかけたんだね……」

 なんか悟ったような言い方が微妙に気に入らない。

「んなことねえって。副団長が招いてくれたの。ほら副団長さん、なんか言ってやってくれよ」

 俺がさっきまで話してた相手を呼ぶと、彼も苦笑しながら手を挙げた。

「はは。押しかけたのも誘ったのも、両方正解ってところかな」

 そうして彼は立ち上がり、俺たちの側まで来る。

「副団長……」

 途端に、レイラはどこか緊張したような居住まいになった。

「こんばんは、レイラ。『騎士もどき』を探していたみたいだけど、仕事の話かな?」

「え、ええ。緋雪遺跡の情報を話していなかったので」

 あくまで気さくなメイナードに対し、レイラはずっと挙動不審な様子だ。

「ああ。それならば今ちょうど俺が済ませたところだよ」

「そうなんですか、わざわざありがとうございます」

 なんか妙に切り上げたそうな雰囲気を出してるな、レイラの奴。

 俺としてはこのまま居座っても構わないのだが、彼女に合わせてみるか。

「よし。お迎えも来たことだし、俺もそろそろ帰るわ。じゃあな、副団長」

 軽く手を挙げて別れを告げると、メイナードは何かに気付いたように眉根を寄せた。

「『騎士もどき』君。君は今どこに泊まってるんだい?」

「ん? レイラの家だけど」

 隠す必要もなかったので普通に答えると、メイナードはやっぱりと言わんばかりに吐息を零した。

「グレン君もいるとはいえ、未婚の女性の家に泊まるのは感心できないね。レイラ、今夜は仕方ないにしても、明日以降の彼の宿は私のほうで手配しよう」

「そ、そこまでしていただかなくても大丈夫ですが」

 恐縮するレイラに、しかしメイナードは強気で答えた。

「あなたは大丈夫でも、私の気持ちの問題がある。いいね?」

「はい……」

 実質的に騎士団を取り仕切る男に言われては強く拒絶できないのか、レイラは項垂れるように頷いた。

 周りの部下たちも、それが当然であるかのように二人のやりとりを受け止めている。

 恐らく、これがこの騎士団の日常なのだろう。

「おい、何勝手に決めてやがる」

 が、俺はそれに異を唱えた。

「ナイトレイ家に泊まることは、昼間にそこの馬鹿が起こした喧嘩を治める代償として、俺が手に入れた報酬だ。それをメイナード、お前にどうこうされる筋合いはないぞ」

「しかしだね――」

「言い訳は聞かねえ。傭兵ってのは騎士みたいな大義に生きる存在じゃない。ただ自らの報酬のために戦う者。その報酬を取り上げようとする者がいるのなら、命を賭して抗わねばならない。メイナード、お前――ここで俺と殺し合いをする覚悟があるか?」

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