第4話

「言い訳は聞かねえ。傭兵ってのは騎士みたいな大義に生きる存在じゃない。ただ自らの報酬のために戦う者。その報酬を取り上げようとする者がいるのなら、命を賭して抗わねばならない。メイナード、お前――ここで俺と殺し合いをする覚悟があるか?」

 本気の殺意を込めて訊ねると、場の空気が一気に凍り付いた。

 ぐっと気温が下がるかのような錯覚。

 自分たちの副団長に殺意をぶつけられているのに、団員たちも動けない。

 動けば、自分も俺の殺意の対象になると理解しているから。

「や、やめて、アインハルト」

 そんな中、ただ一人動いたのはレイラだった。

 彼女は俺の袖を引くと、メイナードに向き直る。

「すみません、彼の言うとおりです。うちに泊まるのは彼の得た報酬。私たちがどうこうしていいものじゃない」

「……そのようだね。いや、こちらこそ無神経だった。なにぶん田舎の騎士団なものでね、傭兵に対する礼儀がなっていなかったらしい」

 硬い表情で、絞り出すように自分の言葉を撤回するメイナード。

 それを聞いて、俺もようやく抜き身の殺意を引っ込める。

「分かりゃいいさ。じゃ、行きますかい、団長代行」

「う、うん……」

 俺が背中を押すと、彼女は凍った空気の中を歩き出す。

 その時だった。

「レイラ。あの件についても、そろそろちゃんと考えておいてくれ」

 去りゆくレイラの背中に、メイナードが一言だけ言葉を向けた。

「………………」

 レイラは一瞬だけ立ち止まると、目礼をして再び歩を進める。

 そうして二人、揃って店を出た。

「………………」

 沈黙。

 さっきの小火みたいな一悶着の余韻を引きずるように、お互い黙り込んだままだった。

「……ありがとう」

 やがて、その沈黙を破ったのは、どこか安堵したようなレイラだった。

「おや、騒動を起こして感謝されるとは珍しいこともあるもんだ」

 軽く流すが、レイラは首を横に振った。

「さっきのアレ、私を立ててくれたんだよね。あの場には私たちの部下が大勢いた。その中で、私が自分より立場が低いはずの副団長に一方的に押し切られたら、威厳を失うことになる……だから」

「俺は業界屈指の問題児だぞ? そんな細かいことを考えると思うか?」

「うん」

 即答だった。

 彼女は俺の目を見て、再び念押しする。

「思うよ」

 つい、俺は目を逸らした。

 そこまで真っ直ぐぶつけられると、逆に誤魔化し方を迷うというか。

「……気休めだけどな。ただ、騎士ってのは命を懸ける職業で、一秒の躊躇ためらいが生死を分かつこともある。指揮官が兵隊に舐められた組織は寿命が短い」

 『空の遺跡ロストガーデン』内では指揮官の指示が絶対だ。

 そこを疑ったり、反発を覚えたりするような組織は、『未知』という怪物と戦う中で必ず瓦解する。

「……うん」

「指揮官が威厳を失えば、部下は死ぬ。そこだけは覚えておけ」

「……分かった。ありがとう」

 俺の言葉を噛みしめるように、レイラは頷いた。

 それから、ふと思いついたように小さく笑う。

「ねえ、アインハルトが問題児って言われてるの、もしかして色んな騎士団でこういうことやってたから?」

 じっと俺の顔を覗き込んでくるレイラ。

「さあな? 残念ながら悪評なんてどれだけ尾ひれが付いても気にしない男なんでね。いちいちそんなことまで考えてない」

「ふうん……そうかそうか」

 肩をくすめて否定してみたが、レイラは既に確信があるのか、どこか楽しそうに足取りを弾ませた。

 それが微妙に腹立たしかった俺は、話をさっきの話題に戻すことに。

「しかし……考えてみればメイナードもおかしいな。普通、団長を支える副団長たる者が部下の前であんなやりとりはしねえ。あれじゃあまるで、あいつが団長じゃねえか」

 話題を戻した途端に、思惑通りレイラの足取りがピタリと止まる。

 だが、彼女の張り詰めた表情は、俺の思惑よりもずっと深刻なものだった。

「……もしかしたら、もうそのつもりなのかも」

「どういうことだ?」

 すぐには答えず、レイラは視線を空に向けた。

 俺も彼女の視線を追うと、美しい冬の星空が目に入る。

「私、メイナードに結婚を申し込まれてるの」

「………………」

 レイラが呟いた言葉に、俺はほんの少しだけ驚いたが、すぐに納得した。

「まあ、今の騎士団の状況を考えるとそうなってもおかしくないか」

 今の『輝く凜々レディアント・ブレイブ』は副団長のお陰で保っている。

 しかし、副団長はナイトレイの家系ではないので、団長の象徴となる『赤熱の魔剣』を継承することはできないのだろう。

 となれば、メイナードがレイラと結婚し、ナイトレイ家の一員となって魔剣を継承しようとするのは自然な流れだ。

 そして、『輝く凜々』を維持するには、恐らくそれが最適解だろう。

「で、お前は受けることにしたのか?」

「……まだ決めてない」

 諦観と焦りが入り交じったような声音だった。

「個人的には、メイナードのことをどう思ってるんだ?」

「……別に。ただの元上司で、今は部下ってだけの相手だよ。歳も離れてるし、男として意識したことはない」

 予想通りの答えが返ってきた。

「けど、それが騎士団のためになるって言われたら、お前は受けるんだろう?」

 騎士団を守るため、あれほど居心地の悪そうな団長の椅子に座り続けるような少女なのだ。騎士団のためであれば、是非もなかろう。

「そりゃ……ね。いざとなったら、私にだって覚悟はあるよ。けど、騎士団を守る方法はそれだけじゃない」

 レイラの瞳に、希望の光が宿った。

「と言うと?」

「グレンよ。あの子を騎士として復帰させて団長に据えれば、全ての問題は解決する」

 簡単に言うレイラに、俺は肩を竦めた。

「隻腕の騎士ってか? 例がないわけじゃないが、厳しい道だぞ。よほどの才能がないと犬死にだ」

 やんわり止める俺に、レイラは首を横に振った。

「ううん、そうじゃない。義手の当てがあるの。本物の腕と同じ……あるいはそれ以上の性能を持つ腕が」

 そこまで言われて、俺も察しが付いた。

 反射的に西の空を見ると、そこには夜空を呑気に泳ぐ『空の遺跡』が。

「――そう、緋雪遺跡ひせついせき。あそこには、神代の技術で作られた義手がある。それを手に入れて、グレンを復活させるの」

 高揚したようなレイラの言葉。

「……そうか。俺が呼ばれたのは、そのためってことか」

 この『輝く凜々』を包む状況の大半が見えてきて納得する俺を、レイラは上目遣いで窺ってくる。

「その……協力してくれる? すごく私的な戦いになっちゃうんだけど」

 どうやら俺を大義のない戦いに巻き込んだことが、少し後ろめたいらしい。

 だが、俺はただの傭兵。

 騎士として、人類の発展のために未知の技術を持ち帰ろうとか、歴史を解明しようとか、そういう王道から外れた人間だ。

「もちろん。俺が戦うのはいつだって依頼主のためさ。報酬は払ったんだ、お前のために尽くすよ、レイラ」

 ぐっと握った拳を向けてやると、レイラは一瞬だけきょとんとした後、自分の拳をぶつけてきた。

「……うん。ありがとう、アインハルト」

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