第5話

 翌日、俺たちは早速『空の遺跡ロストガーデン』へと出発することになった。

 本来ならもう少し時間を掛けて打ち合わせをするところだが、俺の判断で少し予定を早めている。まあちょっとした諸事情によるものだ。

 若干、情報のすり合わせに不安はあるが仕方ない。

「じゃあ姉さん、アインハルトさん、気を付けてね」

 鋼船都市の端にある港。

 見送りに来てくれたグレンは、少し不安そうながらも気丈に見送ってくれた。

「心配しないで。絶対あんたの新しい腕を持って帰るから。私たちよりも、自分の心配をしてなさい。一年ぶりに復帰するんだから」

 レイラも不安はあるだろうに、それを一切見せずに笑顔のまま弟と接していた。

「まあ俺がいるんだ。二人とも心配しなくていいさ。それより、さっさと行こう。サクッと行ってサクッと帰る。これが『空の遺跡』攻略の鉄則よ」

 俺が気楽に請け負うと、それで多少は緊張が解れたのか、姉弟は柔らかい笑みを浮かべた。

「ではアインハルトさん、姉のことをよろしくお願いします」

「おう。任せとけ」

 そう答えて、俺とレイラは連絡船に乗る。

「出発してください!」

 レイラが指示を出すと、操縦者が連絡船を離陸させた。

 鋼船都市から離れ、『空の遺跡』へと向かう小舟。

「……たった二人で決死の冒険だというのに、見送りに来てくれたのは弟一人。こんなに人望のない団長は他にいないね」

 弟と離れるなりやっぱり不安が顔を覗かせたのか、レイラが小さく自嘲する。

「いやいや、この俺が一緒にいるんだぞ? わざわざ心配して見送りに来る必要なんてないってことだろ。わざわざ散歩に出る奴を見送らないのと一緒よ」

 俺が軽く言ってのけると、レイラはくすりと笑った。

「そうだね。私には最強の傭兵が付いてるんだから」

 ほんの少しだけ空気が明るくなったところで、いよいよ『空の遺跡』が近づいてきた。

「防衛装置の解除は?」

「まだできてない。でも安全な進入口を見つけてあるから、そこから入れば船ごと撃墜されることはないよ」

「分かった」

 連絡船は速度を落とし、ゆっくりと『空の遺跡』に侵入する。

 碇を降ろして船を固定すると同時、俺とレイラはその遺跡に降り立った。

 ――初めに感じたのは、澄んだ空気の冷たさ。

 不純物の少ない冬のような大気。それがささやかな風となって俺たちの肌を撫でる。

「なるほど。随分と寒いな」

「うん。二人ならもう少しマシだと思ったけど、ちょっと想像以上かも」

 レイラは険しい顔をして、周囲を見渡した。

 俺も辺りの風景を観察する。

 建物らしい建物もない、自然に溢れた空間だ。

 なだらかな平原と険しい山道、巨大な岩が転がる荒野など、複数の空間エリアでできているような印象を受ける。

「随分と見通しのいい場所だな。これを安全と取るか、危険と取るか……さて」

 少し考えたものの、どちらにせよやるべきことは変わらない。

「前回はここに入って、半日が過ぎたところで半壊した。気を付けて、この遺跡は時間が経つほど気温が下がるから」

 過去の敗走を思い出したのか、レイラの顔色が少しずつ悪くなる。

「奥に進んで、簡単には帰れなくなってから真価を表わすってか。そりゃ好戦的な遺跡だな。気を引き締めていこう」

 侵入者を拒絶するんじゃなく、誘い込んで殺す。

 こういう遺跡は厄介だ。とにかく殺傷能力の高い罠が多く、一瞬の油断が死に繋がる。

「……と、言った側から。気を付けろレイラ、敵だ」

 気配を感じて、俺は思わず苦笑した。

 しかし、レイラはきょとんとした様子で周囲を見回す。

「敵? そんなの見当たらないけど……」

「いいや、いるさ」

 次の瞬間、俺は困惑気味なレイラをお姫様抱っこし、その場を飛び退く。

 同時に、レイラの立っていた地面から巨大な手が現れて、さっきまで彼女のいた空間に伸びていた。

「じ、地面から!?」

「やっぱりな。素直な遺跡じゃねえと思ったよ」

 避けられたことが分かるともう奇襲はやめたのか、地面に潜んでいた者は地上へと上がってきた。

 現れたのは、白い体毛に覆われた丸い大猿のような生き物だった。

 全長は五メイルくらいか、腕の筋肉だけが異常に発達しており、かなりの迫力がある。

「デ、偽神デミゴッド……!」

 レイラが緊張の面持ちで呟いた。

 ――偽神。

 神々が自分たちの遺跡に侵入する者を殺すべく生み出した、『空の遺跡』の門番。

 こいつらを倒さない限り、『空の遺跡』の宝は手に入らないと言っていい。

「俺がやる。下がってろ、レイラ」

 愕然とした様子のレイラを下ろし、俺は臨戦態勢に入った。

 血液とともに全身を巡る不可視の力。

 それを紡ぎ、まとめ、一つの形として外界に出現させる。

 即ち――魔法。

「『硝子の調教師グラス・テイマー』」

 詠唱をきっかけに手の中に現れた硝子の塊。

 それは俺の意思に呼応してどろりと溶け、剣の形となった。

 太陽の光を透過して柔らかく輝く片刃の剣。

「ギイイイィィィアアアアァァァ――!」

 雄叫びにしては耳障りな金切り声を上げ、大猿が俺に飛びかかってくる。

 敵の間合いに入った瞬間、目が合った。

 理性のない、殺意に染まった野生の瞳。

 振りかぶった腕の筋肉は膨れ上がり、俺を叩き潰して挽き肉ミンチにしてやろうという気概が感じられた。

「遅い」

 しかし、そんな大振りの攻撃に当たってやるほど俺は甘くない。

 振り下ろされた右腕を紙一重で避け、硝子の剣を振り上げた。

 とすん、と軽い感触。

 大猿の肘に硝子の剣が食い込み、そのまま敵の攻撃の勢いを利用して切断に成功した。

 紫色の血飛沫ちしぶきが舞う。

「オオオアアアアァァァァァァァ!?」

 予想外の反撃に、怒りと困惑がない交ぜになったような声を上げる偽神。

 間髪入れず、残った左腕を横にいできた。

「それも遅い」

 俺はしゃがんで避けると、同じように敵の攻撃の勢いを利用して左腕も切断した。

「芸がないね、お前」

 俺は紫の血飛沫に身を隠すように低い体勢で滑り込み、敵に密着して両膝を斬った。

 がくん、と体勢を崩す偽神。

 そして猿の頭が剣の届く間合いまで降りてきたところで、硝子の剣を横薙ぎに一閃して首と胴体を切り離した。

 この間、約三秒。

「よし、終わり! もうこっち来ていいぞ、レイラ」

 戦闘が終了するなりレイラを手招きすると、彼女はぽかんとした様子でこっちを見ていた。

「え、うそ、もう終わり?」

 どこか信じられないような顔で、俺と偽神の残骸を見比べるレイラ。

「こんな雑魚に時間かけてられないだろ。それよりレイラ、この偽神は前回の攻略で見なかったのか?」

 こいつの手口や姿に、初見のように驚いていたことがなんとなく気になった。

「……うん。この偽神は初めて見るよ。なんで前回はいなかったんだろう」

 案の定、レイラは不思議そうな顔をしていた。

「いわゆるなのかもしれん。本来の活動場所からなんらかの理由で大きく移動してしまった偽神。たまにいるんだ、こういうの」

 俺がそう理屈を付けると、レイラはすんなり納得したように頷いた。

「そっか。普段はもっと奥にいる偽神なら、遭ってなくても不思議じゃないね」

「ああ。だけど――ん?」

 続きを言いかけた時、偽神の残骸が蒸発するように消えていった。

「な、なに?」

 驚き、後ずさるレイラ。

「冷却魔法の時点でそうじゃないかと思ったが、やっぱり簒奪さんだつ系の遺跡か」

 一方、俺はなんとなくこの『空の遺跡』の特徴が分かってきていた。

 蒸発が終わり、完全に偽神の残骸が消え去る。

 すると、その体内から小型の刃物が出てきた。

「これは……?」

短剣ナイフだな。街に行けば買えるような量産型だが」

 けど、だからこそおかしい。

 神代の偽神の体内に、人類文明の道具が入っているなんて。

「……偽神が倒した侵入者の装備を、そのまま自分の体内に収納したんだ」

 それが簒奪系の遺跡の特徴。

 敵の装備を奪い、それを自分の戦力にしようという設計思想コンセプトの都市。

 俺の見立てに、レイラも静かに頷いた。

「やっぱり簒奪系か……事前の資料では、高度な義手の技術を持つ他の『空の遺跡』が、この都市と戦争をして敗北した可能性があるって書いてあったの」

「それで、グレンの義手に使えるものがあるかもって思ったのか?」

「うん。簒奪系ならあり得るかもって」

 半ば確信を持ったような口調で語るレイラ。

 しかし、俺には別の問題も感じられた。

「……神代の戦争を生き抜き、騎士たちの侵入も撃退してきたとなると、かなり強い偽神の可能性が高い。もしかしたら、この遺跡で最も強い偽神を倒さなければいけないかもしれんぞ」

 俺の言葉に、レイラが固まった。

「それなら心当たりがある………………雪原の死神」

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