第8話

「茶番はこの辺にしておこうぜ。いるんだろう? 出てこいよ――メイナード」

 吹雪の中、俺の声がはっきりと響く。

 数秒後、雪の影から複数の影が現れた。

 『輝く凜々レディアント・ブレイブ』副団長のメイナードと、その取り巻きが数人。

「……よく見破ったね、『騎士もどきネームレス』。いつから気付いてた?」

「最初から警戒はしてたさ。あの都市にはレイラの味方が少ない。こいつの存在を疎む奴は多かろうと」

「それでか、急に出発を早めたのは。いや、あの時は焦ったよ。おかげでろくな準備もできなかった。けど、まさかそれだけでここまで見抜いたわけじゃないだろう?」

 メイナードは納得したように頷く。

「え、なんで……? どうして副団長が……」

 事態についていけないのか、俺とメイナードを見比べることしかできないレイラ。

 彼女の理解を促すためにも、俺は一から話を進める。

「……違和感を覚えたのは、この遺跡に入った時、冷却魔法が思ったよりも効いてたこと。レイラは自分の計算が間違ってたと言ったが、俺はそうじゃない可能性も考えた」

「つまり、自分たちの他に誰かが入っている、と?」

 メイナードの確認に頷いてみせる。

「ああ。しかも、本来の活動範囲を離れたはぐれの偽神デミゴッドなんてもんも現れやがった。あれでもう、他の人間が入っている可能性はかなり高いと思ったね」

 他の人間が遺跡に入り、探索をした時に別の場所から連れてきてしまった。

 はぐれが現れる理由で最も多いのは、それだから。

「たったそれだけで、か。なるほど、君は思った以上に優秀だったようだな」

 メイナードの賞賛を、俺は鼻で笑う。

「たったそれだけ? 馬鹿言うなよ。お前たちの残したボロなんかまだまだある。たとえば、俺たちから逃げる偽神だ。ご丁寧にこっちが欲しがる義手なんか着けて、雪原の死神に会った途端に都合よく消えやがった」

 俺たちが義手を欲しがっていると知っているのは、『輝く凜々』の人間だけ。

 あれが俺たちをおびき寄せる罠なんだとしたら、敵は身内にいると考えるのは自然だった。

「しかも、足跡一つ残さずに……だ。恐らくは幻を操る魔法かなんかで作り出したんだろう。その能力があれば、この雪の中でも自分たちの痕跡も隠しながら活動できるしな」

 それに――いや、今これを言うのはやめておこう。

 全てを突きつけた俺に、メイナードは一つ溜め息を吐いてから拍手をし始めた。

「――見事だ。いや、ここまで仕掛けを見抜かれていると、いっそ気持ちいいくらいだ。腕はともかく頭の出来は今一つだと侮っていたが、なかなかどうして素晴らしい」

 その不快な拍手が鳴り終わるなり、俺は賞賛に対して微笑ほほえみで返した。

「賞賛していただいて恐縮だが、生憎あいにくそれは買いかぶりだ。こんな幼稚な罠、昼寝しながらだって見抜けるとも。俺が素晴らしいんじゃなく、お前が間抜けだったんだよ、メイナード」

「これは手厳しい」

 温度のない笑みを交わし合う俺たち。

 そこでようやく、凍り付いていたレイラが再起動する。

「ど……どういうことですか!? アインハルトも、副団長も! それじゃまるで、騎士団のみんなが――」

 ――私を殺しにきたみたいじゃないですか。

 声にするのが恐ろしかったのか、口には言わなかったが、その意思は確かに聞こえた。

「……レイラ、これが現実だ。残念ながら、お前はこいつらに裏切られている」

「どうして……」

 まだ受け入れられないのか、いや半ば受け入れていながら、レイラは悲しそうに仲間たち……だった者を見た。

 しかし、彼らは何も言う気配はない。

 代わりに、俺が口を開いた。

「単純なことだよ。メイナードはどうしても団長になりたいのさ。なのに、俺たちがこうして余計なことをしている。どう考えても、今回の冒険はこいつにとって邪魔でしかないものだ。だから、妨害しようとしてんだろうよ」

 俺を殺し、レイラにも騎士として再起不能な怪我を負わせてしまえば、今度こそメイナードと結婚して団長の座と魔剣を譲る以外に道はなくなる。

「そうだろう、裏切り者の副団長さん?」

 俺が糾弾きゅうだんとともに確認をすると、メイナードは言葉では答えず、ただ薄く笑った。

「メイナード……」

 もはや変わってしまった部下の姿を見て、レイラは悲しげに彼の名前を呼んだ。

 そこでようやく、メイナードは口を開く。

「君が悪いんだ、レイラ。大人しく俺の求婚を受けておけばいいものを、『騎士もどき』なんて規格外を連れてきてまで抗うなんて。俺もできれば平和に事を済ませたかった」

「………………」

 悲しげに、ただ部下を見つめるレイラ。

「とはいえメイナード。こうしてレイラに企みがバレた以上、お前の策は破綻した。自首するなら今のうちだぜ?」

 嘲笑ちょうしょうとともに彼の失敗を突きつけてやるが、彼はまるで余裕を失った様子もなく俺を見つめ返してきた。

「心配無用。まだグレンがいる。ここで君とレイラには不幸な死を遂げてもらい、天涯孤独となったグレンを俺が家族として迎え入れる……どうだい? 完璧な脚本だろう」

 いよいよ殺意を滲ませ始めたメイナードに、俺は肩を竦めてみせた。

「どこがだ? 穴だらけじゃねえか。特にお前らごときが俺を殺せると思い上がっているところなんかな。言っとくが俺は容赦ねえぞ?」

 レイラを庇うように前に立ち、俺は臨戦態勢に入る。

「ああ。確かに君は厄介だな。負けるとは思わないが、こちらも無傷とはいくまい。いいだろう、いくら欲しい?」

 メイナードの物言いに、俺はピクリと眉を動かした。

「……俺を雇う気か?」

「ああ。金で動く傭兵には金で語るのが誠意だろう。俺に付け、『騎士もどき』。報酬は言い値で払おう」

 その提案に、俺は無言を返した。

「アインハルト……」

 背中にレイラの不安げな視線が突き刺さるのを感じる。

「貧乏都市の騎士団に、俺を二度も雇う金があるのか?」

「あるとも。俺が団長になれば、そこの小娘よりも等級の高い『空の遺跡ロスト・ガーデン』に潜り、いくらでも稼いでやる。そのための先行投資なら惜しくない」

「ふん……まあいい、それなら受けてやろう」

「………………っ!」

 レイラが息を飲む気配が伝わってくる。

「歓迎するよ、『騎士もどき』。君が賢くて助かった」

 満足げな笑顔でメイナードが俺に語りかけた。

「ああ。言っておくが、報酬は全額前払いしてもらうのが俺の信条だ。よってこの場で報酬をもらい受けたい」

「おいおい。ここは『空の遺跡』だ、今はたいして金銭の持ち合わせがないよ」

「分かってるって。俺は柔軟だからね、報酬は金じゃなくて現物でいい」

「ほう……? 具体的には、何を?」

 そう問われた俺は、硝子がらすの剣でメイナードを指し示す。

「――お前の首を一つ。どうだ?」

 笑って報酬を要求すると、メイナードは肩をすくめて溜め息を吐いた。

「残念だ。君はもっとお手頃価格リーズナブルな傭兵だと聞いていたんだが」

「その通りだとも。だから、この場で一番安いものを要求したんだよ」

 笑顔と殺意を交換し、互いに武器を構える。

「も、もう! 驚かせないでくださいよ!」

 一方、本気で裏切られると思っていたらしいレイラが俺の隣に並んで抗議する。

「いやほら、なんか俺のことちょっと心配そうな目で見てたから、いじわるしたくなっちゃってねえ」

 もしかしたら裏切るかも、みたいに思われたのは傭兵として少し傷付くことだし。

「ふん……随分とレイラにご執心なようで。もしかして彼女の現状を、自分の『地獄遡行』と重ねているのかな?」

 嘲笑するように、メイナードがその単語を口にした。

「地獄遡行……?」

 レイラが不思議そうな顔で俺を見上げてくる。

 が、そっちは見ずに俺はメイナードに向き直った。

「また随分と余計なことを知っている。ま、あえて否定はしないさ。ただ、そのことがなくても俺は依頼主を裏切ったりはしないけどね、お前と違って」

「耳が痛いな。ただ、君の遺言となる言葉だ。しっかりと心に刻ませてもらおう。それで、他に言い残すことは?」

 まるで効いた様子もなく、メイナードは俺に開戦の合図を託した。

「それじゃあ遠慮なく。お前の思惑に気付いてから、ずっと言いたいこともあったし、お前が死ぬ前に言わせてもらおう」

「何かな?」

 殺し合いの前とは思えないほど穏やかに首を傾げるメイナードに、俺は満面の笑みを向けた。


「メイナード君さあ、こんな面倒な作戦を立てるより、男を磨いたほうがよかったんじゃないの? 今回の件、君がレイラを惚れさせることができてりゃ何一つ問題なく解決したでしょ? モテなくて人生うまくいかないから求婚した相手を殺すとか、めちゃくちゃみっともなくない? 今どういう気分でそんな得意げな顔してんの?」


 一瞬、場が凍った。

 誰も何も言葉を発しない沈黙。

 それが少し続いた後、メイナードが静かに指示を出す。

「――二人を殺せ」

 そうして、戦いが始まった。

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