第9話

「来るぞ、レイラ。身内を斬れないってんなら無理するな、俺がやる」

「……大丈夫! 私も騎士だもの、覚悟はしてる」

 痩せ我慢が多分に含まれた言葉だったが、その覚悟は尊重する。

 俺に出来るのは、彼女が死ぬ前に敵を全滅させることだ。

「じゃ、行くぞ!」

 俺は雪を蹴り、弾かれたように走り出した。

「レイラはある程度放置でいい! 『騎士もどきネームレス』を集中的に狙え!」

 メイナードの指示によって陣形が変わり、俺を取り囲むような形になった。

 相手は五人。

 その中の一人が合図を出すと、五人が一斉に襲いかかってきた。

「甘い」

 同時に、俺は正面の敵の攻撃をさばきながらその懐に入った。

 隣の敵が慌てたように剣を振ってくるのに合わせ、目の前の敵を引っ掴んで盾に使う。

「ぎゃあ!?」

「うわ!?」

 悲鳴を上げる仲間の姿に、攻撃をした男が動揺を見せた。

 その隙を逃さず、俺は動きを止めた男を斬り捨てる。

「はい、残り三人」

 背後から攻撃の気配。

 振り向きざまに硝子がらすの剣でそれを弾き、足で雪を蹴り上げて敵の顔に当てる。

「くそ、前が……!」

 視界を塞がれた敵を難なく切り裂き、残り二人。

 ここまでくれば、あとは簡単だ。

 二人同時に襲ってくる敵の剣を捌き、流し、隙を見せたほうから斬るだけ。

 約十合の打ち合いの後、二人は俺の剣技に付いてこられなくなり、順番に斬り伏せられた。

「……二人相手に策もなく正面から打ち合って勝つか。噂以上の技量だな」

 俺を囲む敵がいなくなったところで、静かにメイナードが呟いた。

「だが、部下はまだいるぞ? 『騎士もどき』。君の力は分かった。ここからは俺も手を出させてもらう」

 メイナードが言葉とともに、体内に魔力をみなぎらせる。

 瞬間、俺の視界が真っ暗になった。

「むっ……!」

 ――敵の五感を奪う魔法!

 さっき幻を見せた魔法の応用か。

 視覚と聴覚は駄目、嗅覚、触覚、味覚は無事。

 まるで箱の中にでも閉じ込められたような気分だ。

「また随分と面倒な魔法を……」

 暗闇、無音の世界で、俺は硝子の剣を手放した。

 それから右を向いて一歩踏み込み、さっき拾った短剣を掴んで振り抜いた。

 柔らかくて重いものを切り裂く感触が手のひらに伝わると同時、べっとりと生温かい液体が俺の顔にかかる。

 間違いなく、人間を斬った時の感触。

 俺は間髪入れずに背後に反転すると、短剣を構える。

 衝撃。武器での一撃を短剣で防いだのが分かった。

 そこから俺は滑り込むように前方に踏み込むと、思いっきり左拳を振る。

 固い感触が拳に伝わってくる。頭蓋骨を殴ったのだろう。

 当然、そこで攻撃は終わらない。左拳を引きながら右に握った短剣を突き出し、相手の身体に刺す。

 と、二人倒したところで、不意に世界に明かりと音が戻った。

 すぐに腹に短剣を刺されて蹲る男が目に入ってくる。

「ば、馬鹿な……視覚と聴覚を奪われて、何故普通に戦える」

 離れたところに、愕然とした様子のメイナードがいた。

「簡単だろ、そんなの。ほら」

 俺は目の前の空間を指でピンと弾いてみせる。

 すると、透明な硝子の糸が衝撃で震えた。

「無色透明な硝子の糸を周囲に張り、それに触れたものを感知したのさ」

 魔法は肉体ではないから、たとえ五感を封じられようとそれを感知する能力は失われない。

 こいつの戦法にはそういう落とし穴があった。

 が、親切に種明かしをしてやったにも関わらず、メイナードは激しく首を横に振る。

「そうではない! たとえ他に感知する手段があったのだとしても、視覚と聴覚を封じられればは恐怖と不安を覚える! 動きが鈍り、弱くなる! なのに……君はどうして平然と動いていられる!?」

「何を言うのかと思えば……」

 あまりに初歩的な質問に、俺は思わず呆れてしまった。

の奴が最強の傭兵なんて呼ばれるわけねえだろ。甘く見るなよ、メイナード。

それに関しちゃ何の種も仕掛けもねえ。俺が、お前の想定よりも強かっただけだ」

 目が見えないのも、耳が聞こえないのも、『空の遺跡ロスト・ガーデン』という未知の世界ではあり得ないことじゃない。

 その最前線に立ち続けた俺は、幾度の試練を乗り越えてきた。

 この程度で動きが鈍るほど、俺の経験値は軽くない。

「そんな……馬鹿な……」

 愕然とするメイナード。

 その時、どさりと何かが倒れる音が背後から聞こえてきた。

 振り返ると、魔剣を構えるレイラと、その前に倒れ伏す騎士の姿が。

「……私のことも、舐めないでください。これでも団長代行ですから」

 息を切らしながらも、確かに勝利した少女はメイナードをにらむ。

「さて……どうやら部下はもういないらしいな。どうする? メイナード」

 メイナードは、少しだけ苦しそうな顔をしてからレイラを見た。

「いいのか? レイラ。このまま俺がいなくなったら、騎士団はどうなる? 君一人でまとめられるのか?」

 自分の不利を悟ったか、メイナードは往生際悪くレイラに交渉を仕掛けた。

 とはいえ、その交渉材料は弱い。

 グレンを復活させられるなら、こいつの支えはいらなくなるのだから。

 まあ、それは口にしないけども。

 俺はあくまでレイラの手足。彼女の意思を尊重する。

「……一つだけ、訊ねたいことがあります」

 レイラは、感情を胸に秘めた静かな顔で、真っ直ぐにメイナードを見つめた。

「一年前にこの遺跡に来た時、あなたの部隊に所属していた私は、急に味方を見失って遺跡内を彷徨さまよいました。あれは――あなたの魔法のせいですか?」

 さっき、俺が言うのをやめた一つの可能性。

 それにレイラもしっかりと気付いていた。

「………………」

 レイラの問いかけに、メイナードは苦々しい表情で無言を返した。

 それを見て、レイラは悲しそうに吐息をこぼす。

「残念です。できればあなたを許したかった」

 交渉決裂。

「くそっ……!」

 メイナードの体内で魔力が弾ける。

 するとまたも俺の視界が奪われた。

「視界が……!」

 隣からレイラの驚いたような声が聞こえてくる。

 どうやら、今度はレイラも奪われたようだ。

「一度に奪える五感は合計二つまでってとこか。俺とレイラの視覚を一つずつ奪って打ち止めだな」

 一瞬、また硝子の糸を張り巡らせようかと思ったものの、メイナードの足音はどんどん遠ざかっていく。

「逃げたか……追撃するとなるとあの能力は厄介だぞ」

 高速で走りながら硝子の糸を周囲に仕掛けるのはかなり難しい。

 仮に視覚が戻っても、あいつは幻を操って足跡も消せるからな。

 情けなくも見えるが、引き際を間違えない騎士はいい騎士だ。

 さすが副団長と褒めるしかない。

「……さて、どうしたもんかな」

 ここであいつを逃がして鋼船都市に帰られたら、残ったメイナード派との間で抗争が起きかねない。

 それは避けたいところだが……。

「――ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!?」

 頭を悩ませていると、不意に遠くからメイナードの悲鳴が聞こえてきた。

 その直後、ぷつりと魔法が解け、視覚が戻ってくる。

 この解け方は……明らかにメイナードの身に何かあったな。

「ちっ……一番厄介な奴が復活しやがったってことか」

 その可能性に思い至った俺は、さっきの数倍の警戒心を持って硝子の剣を出現させた。

 数秒後、ゆらりとそいつは現れた。

 骸骨がいこつの顔をすっぽりと覆った外套がいとう爛々らんらんと輝く瞳。

 そして――新鮮な赤い血に濡れた大鎌。

 雪原の死神が、そこにいた。

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