第11話
「お前はきっと、生まれた時からこのくらい強かったんだろうな。だから今まで生き残れた。そして――だからここで、俺に負ける」
言葉とともに、俺は死神の一撃を弾き飛ばした。
防戦一方からの脱出。再び始まる互角の打ち合い。
しかし、今度の
死神が俺の攻撃を受けきれなくなってきたのだ。
「遅い!
俺は大鎌の振り下ろしを見切って
雪原の死神もそれを避けたが、顔を覆う外套の一部が切り裂かれた。
完全に俺が打ち勝った。だがまだ足りない。
「調整――進化」
呟くと同時、硝子の剣の形状が少し変わった。
重量は軽く、間合いは長く。重心の位置は少し手元に。
そうして再び斬り合いに応じる。
もはや俺が一方的に攻撃し、死神はただ受けるだけだ。
最初とは全く変わった力関係。その理由は簡単だ。
「ありがとな、死神。お前のおかげで俺は一つ成長した……!」
そう――俺が、戦う前より強くなったのだ。
けど俺は違う。とても弱い人間だ。
弱くてみっともなく、失敗ばかりで、それでも戦う意思を、武器を握り締めて己の弱さに抗ってきた人間だ。
だから、成長する。
戦う前が互角だったのなら、戦いの中で成長する俺が最終的に上を
「っらあ!」
振るった硝子の剣が、今度こそ死神の顔を捉えた。
ひらりと頭を覆う
「まだ浅い……けど、完成した」
俺の硝子は変幻自在。
俺が成長するように、この剣だって戦いの中で進化していくのだ。
「硝子の系統樹――進化完了」
砕ける度、より丈夫に。
防がれる度、より重く。
躱される度、より速く。
目前の敵を最も効率よく殺す武器は何なのか、戦いの中で進化し続け、その答えを突き詰めた剣。
「お前を殺すためだけに生まれた、世界に一振りだけの剣――『死神殺し』。長くこの遺跡を守ったお前への餞だ。受け取ってくれるよな?」
言葉の意味が理解できたかどうか。
ただ、向こうもこれが最後だと分かったのか、雪原の死神は
「あばよ、雪原の死神――!」
言葉と共に、俺も
――そうして、傭兵と死神の勝負はレイラの前で決着を迎えた。
振り下ろす大鎌が神速なら、迎え撃つ硝子の剣もまた神速。
しかして争いを制したのは――硝子の剣だった。
ガラガラと、何かが崩れるような音を立てて沈む死神。
レイラにとって絶望の象徴でしかなかった雪原の死神が、こうして地面に倒れ伏しているのは、どこか夢のようで、いまいち現実感がない。
だけど、その側にある硝子の剣の鮮烈な美しさが、レイラの意識を現実に引き戻した。
「ああ……本当に」
勝ってしまった。
じわりと、喜びが湧いてくる。
同時に、胸を締め付けられるような複雑な感情も。
だって、アインハルトの魔法はあまりにも弱かった。
戦いの中で何度も砕け、その度に生み出され、だけどまた砕ける。
そうやって失敗を何度も繰り返したのに、最後にはそれら全てを
こんな強さは知らなかった。
弱さを重ね、そこから学び、戦い続ける失敗者の魔法。
人の弱さと、人の強さ。それを突き詰めた能力だった。
それはあまりにも泥臭くて……だけど、目を惹くほどに鮮やかだった。
「おう、レイラ。終わったぞ」
振り返ったアインハルトは、何事もなかったようにレイラへと笑いかけてきた。
「アインハルト……!」
よく分からない感情が胸の奥からどんどん溢れてきて、思わずレイラは泣きそうになってしまう。
と、それを見たアインハルトが、少し困ったように笑った。
「なんだよ、まだ何か困り事か?」
「違うよ。ただ――」
――ただ、勝手に勇気をもらってしまっただけだ。
何度もやり直して、最後には勝った彼の勇姿に。
自分もまた、失敗から立ち直れるんじゃないかって。
「そうか? よく分からないが、まあくよくよするな。お前も今まで辛かっただろうけど、もう少し笑え」
そうしてアインハルトは、子供をあやすようにレイラの頭をぽんと撫でた。
「――俺を雇えた。ただそれだけで、お前は今までの人生を全て肯定していいんだから」
彼は、まるで見本を見せるように屈託なく笑う。
それを見て、レイラもなんだか力の抜けた笑みを浮かべてしまった。
ああ……本当に。
今までの失敗とか、後悔とか、色々あったけど。
彼を雇って、一緒にここに来られただけで、その全てを良しとできるような気がしてきた。
「……そんなに単純じゃないよ、ばか」
だけど、口からは素直じゃない言葉が出てしまった。
さっき甘えすぎた反動だろう。そんな自分が子供っぽくて、少し恥ずかしい。
「おっと、確かに。まだやることあるもんな。グレンの腕を探さないと」
アインハルトは
レイラもその後を追う。
やはり色んな敵を倒していたらしく、半分溶けた骸骨の隙間から、様々な道具が出てきた。
と、その中で、一際銀色に輝く何かが目に入る。
「レイラ、これ」
アインハルトが慎重な手つきで銀色のものを取り上げると、その全貌がレイラの眼前に晒された。
銀色に輝く光沢と、鎧のような見た目。だけど指の部分までしっかりと動くように設計された腕。
見ているだけで分かる強い魔力。神代の義手に違いない。
「これだ……! 間違いないよ、アインハルト! これでグレンを騎士に戻せる!」
義手を掴んで、レイラは喜びを爆発させる。
「やったな! これで任務完了だ」
アインハルトの手のひらを、自分の手のひらでパチンと叩く。
喜びを分かち合いながら、帰路について相談しようとした時だった。
役割を終えたように、雪原の死神の残骸が完全に消滅する。
それと同時に、凄まじい魔力が解放された。
「きゃっ!? な、なに?」
「偽神に溜め込まれた魔力が器を失って弾けたんだ。あいつは特級の偽神だったからな……内に秘めた魔力も大きかったろう」
アインハルトはまずいことになったとばかりに顔をしかめていた。
一瞬、それの何が不都合なのか分からずに訊ねようとしたレイラだったが、答えはすぐに分かる。
さっきから続いていた吹雪が異常なまでに強くなったのだ。
「そうか、雪原の死神の魔力を遺跡が吸収して……!」
「ああ! 冷却魔法の動力になりやがった! まさかこんな罠まで仕掛けてたとはな! 人間の活動可能な気温じゃねえ……出口まで戻れるか微妙になってきたぞ!」
アインハルトは、雪原の死神と戦っていた時にも見せなかった焦りの顔を見せた。
事態はそれだけ逼迫しているらしい。
確かに、この気温は前回の攻略時すらも遥かに下回る。
「どうしよう、吹雪のせいでほとんど周りが見えない。これじゃ出口も分からないよ」
ほんの一メイル先にいるアインハルトですらギリギリ見えるくらい、というほど視界が狭くなっている。
完全に方向感覚を失ったし、恐らく来た時と周りの景色も変わっているだろう。
「闇雲に進むより、冷却魔法が収まるまで一か八か雪を掘って
「う、うん!」
レイラはしゃがみ込むと、必死に偽神の残骸を漁った。
さっきまで死んでもいいと思っていたのが嘘のように、今は生きたくて仕方ない。
鋼船都市に戻ってやり直すのだ。
この騎士団は多くのものを失ったけど、この失敗から立ち直って、学んだことを噛みしめ、過去の後悔を全て未来に生かす。
それまでは決して死ねない。
「だって……器じゃなかったけど、これでも団長なんだから……!」
そう呟いた――その時である。
どくんと、何か凄まじいものの脈動を感じた。
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