第13話

 メイナード一派の反乱未遂及び緋雪遺跡攻略から一週間。

 残党が自棄になって暴れ出した時に備え、念のために待機していた俺だったが、さすがにもうその気配もなさそうだということで、そろそろこの鋼船都市を後にすることにした。

「もう行っちゃうの?」

 ドタバタと騎士団が忙しい中、たった一人で港まで見送りに来てくれたレイラが、寂しそうに俺を見つめてきた。

「まあな。生憎あいにく宵越よいごしの銭は持たない渡り鳥でね。報酬もパーッと使い果たしちゃったし、仕事が終わった場所に残ってても仕方ないから」

「そう……名残惜しいわね。明日にはグレンの団長就任式があるっていうのに」

 本当に惜しむように言ってくれるレイラ。

「ま、今のお前らならうまくやるだろ。それより、いいのか? その魔剣が使えたってことは、お前も自分が団長だって自覚を持ったんだろ? クラインじゃねえけど、今更その座を譲ったりして、抵抗はないのか?」

 俺の言葉に、レイラは目を見開いた。

「……分かってたんだ、どうして私が魔剣に選ばれてなかったのか」

「薄々な。レイラのことを団長に相応しくないって一番思っていたのは、レイラ自身だったから」

 自分はあくまで父や弟の代わりに団長の座を預かっているだけで、自分自身は団長なんてなる気はない。

 レイラの在り方はずっとそうだった。

 自分で自分のことを団長ではないと思っている奴が、団長の象徴たる魔剣に選ばれる道理はない。

「そっか。けど……うん、いいんだ。だって今は、グレンの就任式をすっごく楽しみにしてるから」

 本当に心からの笑顔を見せてくれる。

 ……あの遺跡で、きっと最後の最後に彼女は自分の運命を良しとした。

 決して望まぬ役割だっただろうに、それでもいいのだと己に胸を張ったのである。

 その在り方に、魔剣は応えた。

「結婚式じゃなくてよかったな?」

 ついからかいたくなった俺は、メイナードに求婚されていた話を持ち出した。

 案の定、水を差されたレイラは少しだけ唇を尖らせてから、何かを思いついたように悪い笑みを浮かべる。

「今思いついたんだけど……もしもグレンの腕が見つからなかったとしても、防ぐ方法が一つあるかも」

「へえ、どんな?」

 考えもしなかった可能性に、少し興味を引かれる。

 と、そんな俺の胸を、レイラがとんと人差し指で突いた。

「私がアインハルトと結婚して、君を団長にしちゃうってこと。いい作戦じゃない?」

「おいおい」

 斜め上からの提案に、俺は少し呆れた。

「どう? 緋雪遺跡攻略しちゃって、残念だった?」

「……そーだな。かわいい嫁さんを捕まえる機会を逃したかも」

 レイラの軽口に、俺も乗ってみせる。

 二人で少しの間笑い合ってから、レイラの表情が真剣なものに変わった。

「ねえ、今のは冗談だけどさ……もしよかったら、このままうちの騎士団に入るつもりはない?」

 期待と不安が入り交じったような瞳が俺を射貫く。

 それに対して、俺はわざと軽い調子を作って肩をすくめた。

「やめとけって、俺みたいな馬鹿。放っておくと次々揉め事起こすからな。使い終わったらすぐに追い出すくらいでちょうどいいのさ」

 旅から旅への根無し草。

 そんな生活が、俺には性に合っている。

「そっか……うん、残念だね」

 レイラは本当に残念そうに言ってくれて、俺の中でも少しだけ情が湧いてしまった。

「……それに、お前はもう地獄から抜け出せたんだ。俺とは違う世界の人間さ」

 だからだろう、言わなくていいことを言ってしまった。

「アインハルト……?」

 案の定、レイラは不思議そうに俺を見上げてきた。

「なんでもない。それより、俺はもう行くよ。金もないし、早く次の商談をまとめないと餓死しかねんからな」

「どれだけギリギリで生きてるのよ」

 呆れたように笑うレイラ。

 そんな彼女に笑い返して、俺は連絡船に乗った。

「元気で」

「うん。アインハルトも」

 別れの言葉はそれだけで十分だった。

 連絡船が動き出し、港から離れていく。

 最後まで手を振ってくれるレイラに見送られて、俺は鋼船都市を後にした。



 小さくなる連絡船を見送って、レイラは一つ息を吐いた。

 寂しさと、僅かな胸の痛み。

「……断られちゃったか」

 もしかしたらと思ったけれど、うまくかわされてしまった。

 その理由も、最後の最後で少しだけ見えたけど。

『……それに、お前はもう地獄から抜け出せたんだ。俺とは違う世界の人間さ』

 ――きっと、彼にもあるのだろう。

 レイラが緋雪遺跡に運命を変えられたように、彼にも何かが。

 そして、そこから彼を救い出せるのは、自分ではなかったらしい。

「……なんか、それが一番寂しいな」

 だから祈らずにはいられない。

 いるかどうかも分からない、とっくに滅んでしまった神様に、それでも。

 どうか彼が救われますように、と。

 連絡船が見えなくなる。

 レイラはゆっくりと目を瞑って、深呼吸した。

 やることはたくさんある。

 グレンを支え、副団長派とのわだかまりをなくし、騎士団を立て直すのだ。

 彼が掴み取ってくれたその未来を守るために、もう彼のことを考えてはいられない。

「……じゃあね、最強の傭兵」

 未練とともに、最後の言葉を残し、レイラは港を去っていった。

 輝かしい未来に向かって。



 ――数日後。

 とある鋼船都市の街を、一人の少女が歩いていた。

 銀色の髪と赤い瞳。白い肌は透き通るように美しく、溜め息をこぼす姿すらも絵になるような、そんな少女が。

「……双子遺跡の攻略失敗から一カ月。団員の怪我も癒え、装備の補充も済みましたが、戦力が足りませんね。団長が腕の立つ傭兵を雇ってくれるといいのですが」

 手に持った報告書を見ながら、眉間に皺を寄せる少女。

「おーい、アリア!」

 と、その背後から、誰かが少女の名前を呼んだ。

 アリアが振り返ると、駆け寄ってくるのは見慣れた同僚の女性。

「エフィさん。どうしましたか?」

「団長が新しい傭兵を決めたって! 商談が終わって、こっちに向かってるみたい」

「本当ですか!? で、いったいどんな人に?」

 期待に目を輝かせるアリア。

 今回は団長が陣頭指揮を執った商談だ。

 となれば、雇える相手も大物に違いない。否が応でも期待は弾む。

「かなりの大物よ。なんと、アインハルト・ウィラーから承諾をもらったらしいわ」

「アインハ……『騎士もどきネームレス』ですか!?」

 エフィの言葉に、アリアは一瞬だけきょとんとしてから目を見開いた。

「大物っていうか、とんでもない厄介者じゃないですか!? 傭兵界最大の問題児! 起こした問題は数知れず、雇い主の騎士団相手にも平気で噛みつく……腕が立つ分、始末に負えない最悪の型破り!」

 こちらは重要な『空の遺跡ロスト・ガーデン』攻略を控えているのだ。

 そんな不安定な駒に振り回される危険リスクなど、背負いたくもない。

「しかも、そいつはアリアの部隊に入る予定だってよ?」

 エフィは慌てるアリアをどこか楽しそうに見つめながら語った。

 が、当のアリアはたまったものではない。

「じょ……冗談じゃない! 団長のところに行って抗議してきます!」

「あはは。行ってらっしゃい、副団長さん?」

 足取りも荒く、アリアはエフィの元から離れ、騎士団の本拠地へと向かう。

 まったく、いったい団長は何を考えているのか。

 糾弾しなければ気が済まない。

「私は絶対、『騎士もどき』なんか認めませんからね!」


 ――これは、少年が少女と出会う、少し前の話

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型破り傭兵の天空遺跡攻略 三上こた/角川スニーカー文庫 @sneaker

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