2話 スキルの種

 僕はあれから夜の間、森の中をずっと歩いていた。


 今までパーティで移動していたから、たった一人で行動するなんてなかったな。


「……あれ?」


 僕は鬱蒼とした森を歩いていたはずなのに、いつの間にか石畳の上にいる事に気がついた。


 石畳から視線を上げて、言葉を詰まらせた。


「え、今度は城?」


 場違いなほど立派なゴシック建築様式の古城が目の前にある。

 そこはさっきまではただの森だったはずだ。


 背の高い石壁の城壁に囲まれた古城に、僕は警戒しながら中へと足を踏み入れた。


「……あり得ないでしょ」


 こんな場所にある古城だから、中は荒れ放題だと思い込んでいたけれど。

 でも、ここの庭園は荒れるどころか、完璧に手入れがされた見事な庭園が僕の視界には映っている。


「メイド? こんな場所にメイドがいる……」


 庭園の樹々に水撒きをしているメイドがいた。

 戸惑う僕に気づいた彼女は水撒きを辞めると、向きを変え軽く会釈した。


「ようこそいらっしゃいました」


「えっと……?」


「ああ、これは失礼致しました。私はこの城を管理しているメイドのミディアと申します」


 歳の頃は十代前半に見えるけれど、妙に落ち着いた雰囲気を感じる。


「警戒しなくて大丈夫ですよ。ここは魔王とは一切関係ない場所ですので」


 彼女は僕を安心させるように微笑んでみせた。


 魔王に組みする人間達は、どんなに良い人を演じていても、何処かドス黒い部分が垣間見えていた。


 でも彼女からはそんな感じは一切しない。


 それにさっきから感じる懐かしさはどう言う事だろうか。

 僕はなぜかここを知っているような気がする。


「あの、じゃあここはいったい何なのか。僕に分かるように教えてくれませんか?」


「……宜しければ、美味しい紅茶をご用意させていただきますので、どうぞこちらへ」


 彼女はフッと微笑むと、僕に背を向け建物の中へと消えていった。


「ちょっと待ってください。それは答えになってませんよ!?」


 僕も慌てて彼女を追い、古城の中へと向かう。



 前を歩く彼女に誘導されるように、僕は古城の一室に通された。


 廊下もそうだったけれど。

 掃除も完璧に手入れがされいて、部屋に敷かれた絨毯にも塵一つも見当たらない。


「熱いのでお気をつけてください」


 ミディアはテーブルに置かれた陶器のカップに、紅茶を注いでくれた。


「……どうもありがとうございます」


 僕は淹れたての紅茶を一気に飲み干すと、向かいに座ったミディアに問う。


「それじゃあ早速、貴女の事や古城の事を聞かせてください!」


「……分かりました。それではお話しさせていただきます」


 彼女は居住まいを正すと、僕に話し始めた。



 一時間後。

 ミディアは全て話してくれた。

 僕はその話を頭の中で必死で整理していた。


「つまり、この城は一万年前に、ドワーフとハイ・エルフの技術を使って建てられた城なんですね?」


「はい。その通りです」


 彼女の話では、この城の至る所には現代以上の技術が使われているそうだ。


「――それで、貴女はエルフに作られた人工生命体・ホムンクルスだと言うんですね」


「はい、その認識で間違いありません」


 錬金術師の僕はホムンクルスの事は古い学術の文献で読んだから知っている。

 だけどホムンクルス製造が成功したという事例はない。


「でも本当にホムンクルスなんですか、貴女は?」


「……これで信じて頂けますでしょうか?」


 彼女は懐からナイフを取り出すと、自分の人差し指を斬り落とした。

 テーブルの上には彼女の指先から滴る血が落ちて広がっていく。


「ちょ、ちょっと何をしているんですか!? ええっと止血と回復薬を!」


「ご安心ください。もう治りましたから」


「…うそ」


 僕が再び彼女を見たとき、斬り落としたはずの指先は再生していた。

 テーブルの上にあった指と血は、シューシューと音を立てて消えていく。


 本物のホムンクルスだ。


 本当にホムンクルスが目の前にいると言う事実に、僕は興奮が抑えきれない。

 でも僕は興奮をなんとか抑えつつ、彼女と話を進める事を優先した。


「そ、それで貴女は二百年もの間、ずっと一人でここに居た。いつ来るとも知れない新しい主を待っていたんですか……」


「はい」


 それにしても、こんな辺鄙な場所で広い古城に、長い間たった一人だなんて僕には到底耐えられそうもない。


「――僕がこの古城を見つけられたのは、僕が選ばれたからだと言いましたよね?」


「そうです。貴方様は前のご主人様の予言で導かれたのです」


 彼女は立ち上がると、壁の金庫から小さな木箱を一つ取り出してテーブルの上に置いた。


「……この木箱は?」


「この古城を見つけられた人物には、『これを渡せ』と言われておりました。さあ、受け取ってください」


 僕はテーブルに置かれた木箱を手に取り、ゆっくりと蓋を開けた。


 中にはロール状になった黄ばんだ古紙と、何かの種がある。


 僕は古紙を広げて読んだ。


「ええっと……


『これを読んでいる人間は、俺が使ったスキルを突破できた純粋ピュアな童貞と言う事になる。

 おめでとう、童貞くん! って、そんな事はどうでもいいな。


 ま、そんな純粋でラッキーなお前に、この古城とそこにいるメイドを譲ってやる。

 彼女はまだ処女だからな、感謝しろよ?


 おっと、そんな事よりも一番重要なのを書き忘れるところだったな。


 今、あんたが手にしている木箱。

 その中にある種は、【全能スキル】の種だ。


 詳しい説明はメイドに任せている。そもそも俺は手紙を書くのが苦――』


 ……なんですか、これは?」


 いろいろとツッコミたい部分はあるけど、それはまず置いておくとしよう。


 それにしてもこの手紙を書いた人物の文字。

 元々読みづらい書体の上に、最後は何が書かれているのかさえ解読できないくらい書き殴られている。


 かなり雑な性格だったと、文字から想像できるな。 


「さて。手紙を読ませて貰いましたが、いくつか聞きたい事があります。手紙にはこの種は【全能スキル】とありますが……これはどう言うスキルなんですか?」


 僕はスキルの事を調べると言う趣味がある。


 その趣味のおかげで、大概のスキルの種類を知っているけど、【全能スキル】と言う名のスキルには僕は思い当たらない。


 僕は小さな種を彼女の目の前に突き出した。


「全能スキルとは、この世にある全てのスキルを使用できる【全技能オールスキル】の事です」


「…この世のスキルを全部使える!?」


 彼女の言う事に僕はただただ呆然とするしか無かった。

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