第20話 傭兵の無双逃げ
人混みをかきわけ、サムスは喧嘩屋のまえへ進みでた。
連戦連敗に悔しい思いをしていたスラム住民たちが、謎の男の登場にざわめきたつ。
兵士の仲間たちは「新しいカモが来たな」と言って、ニヤニヤ楽しそうな顔でサムスを見た。
「お前さんが次の挑戦者かい? はっは、立派な武器をお持ちのようだが、こいつは喧嘩だ。素手でやってもらうぜ」兵士はタオルで汗を拭きながら、サムスの腰の『黒金』を指差す。
サムスは黙って『黒金』を外して、近くの野次馬に投げ渡した。
野次馬は「重たっ!?」と、たたらを踏むが、見事受け取った。ナイスキャッチだ。
「兄ちゃん、頑張れよー! 俺たちスラムの意地を見せてやってくれー!」
「あのいけすかないゴーグル兵士ぶっ飛ばしてやれ!」
「根性見せろよー! お前に200Aドル賭けたんだからな!」
サムスはスラム街の声援に、ただ親指をたてて応えた。
すると、どっと彼を応援する声は大きくなった。
サムスは兵士に向き直る。
「弱者を打ちのめして小遣い稼ぎか? お前、カッコよくないな」澄ました顔で言う。
「ケッ、色男が、言うじゃねーか。なら、その悪ーい兵士さんから弱者を守ってみろよ!」
兵士は小さく構え、突進してくる。
サムスの直前で、彼は一定のフォームからコンパクトなジャブを打ち出した。拳が風を切る音。
「シッ、シッ、シッ!」
短く息を吐き、鋭いパンチだった。
サムスはそれを後方に下がりながら避ける。
「……! 目だけは良いようだな!」
兵士は額に青筋をうかべ、ショートアッパーでサムスをかちあげに掛かった。怒り心頭だ。
「あんたこそ、口だけは達者だ」
サムスは涼しげに言うと、肘で兵士のショートアッパーを上から打って相殺した。
「いぃ?!」
どうもくする兵士。
隙だらけ、ここからはサムスのターンだった。
サムスは高い戦闘IQで考える。
敵の弱点をつくことが肝要だ。
兵士の体格はデカい。
体重が重たくなると、膝への負担が大きくなる。
ここは狙うべきだろう。
また酒気を帯びてることから酒飲みだ。
肝臓の働きが弱ってるため、ボディブローが響く。
自信満々に打ち出したショートアッパーを潰されたことで、こいつの戦術には狂いが生まれたはずだ。
俺に攻撃されて行う反撃は戦術的ではなく、感情に任せたもの、つまり単調になりやすい。
おおかた、右の大振り──ならばそこをブロックして、最速のカウンターで顎を破壊する。
サムスは思考を終え、動きだした時間に、自分の戦術を当てはめていく。
まずは膝だ。
サムスはローキックで兵士の膝を崩して、体勢を崩させた。
続くボディブローで肝臓にダメージを与え悶絶させる。
苦しみながらも、すかさず立ちあがり兵士はサムスに反撃する。
右の大振り、サムスは避けず、腕を盾にガードして、左のカウンターストレートで兵士の顎を破壊した。
「ぐぶああ、ぁ…!」
兵士の体が、舞台のうえで大の字になって転がった。
ざわめいていた野次馬たちが静かになる。
数秒の後、沈黙は歓声に変わった。
皆がサムスのことを称え、大騒ぎだ。
「すげえ! 凄いぞ、あの兄ちゃん!」
「自分より体が大きな兵士を完封しちまった!」
「あの動き只者じゃんねえな!」
サムスは汗ひとつかいてない額を拭う。
「おい! てめえ、よくもうちのをやってくれたな!」
「ん、あんたはその兵士の上官か」
「俺と勝負しろ、叩きのめしてやる!」
倒れた兵士が仲間たちに引きずられていくなか、サムスと同じくらいの体格の、より小綺麗な制服に身を包んだ兵士が勝負を挑んできていた。
サムスは賭け金を管理してるボードを眺めて、そこに書かれた『1,500Aドル』という文字を見た。
どうやら戦いに勝てば、みなの賭け金の中から何割かが決闘者に払われるらしい。かなり羽振りのよい金額だ。
「わかった、相手になろう」
サムスはお金が好きだった。
ゆえに心よく高官兵士の挑戦を受けることにした。
「ふっ、馬鹿めが、掛かったな!」
「っ」
高官兵士は戦いが始まるなり、尋常じゃない速さでサムスに接近し、フルスイングのストレートをかました。
サムスは高官の体格、肉付きからは不自然なほどの速さに目をスッと細める。
そして──その拳を真正面から受けとめた。
「あ、がぁ……?!」
高官兵士は目を見開き驚いた。
信じられないモノを見た、と言わんばかりの動揺だった。
サムスは受けとめた拳の″硬さ″を握って確かめる。
「あんた……サイボーグか」
サムスの冷たい声に、高官兵士は喉を引きつらせる。
高官兵士にとって、ただの人間が、サイボーグ化している自分のパワーを受けとめるのはあり得ないことだった。
なぜなら、この時代、別世界のサイボーグ兵士たちは、サイボーグ技術の発達により、人間サイズでも巨大な重機を上回るパワーが出せることが一般化していたからだ。
高官兵士にとって、そんなパワーを片手で真正面か受けとめる。それは珍事以外の何物でもない。
サムスの体を『剣気圧』が包み込んでいく。
彼は密かに全身の踏ん張りを強化していたのだ。だからこそサイボーグのパワーにも耐えられた。
「ほら、お返しだ」
サムスほ右腕を大きく振りあげた。
左手で受けとめた高官兵士の拳は、計り知れない握力で指をめり込ませて離さない。
「ヒィィイ!? お助け、お助けくだ──」
命乞いする高官兵士。
だが、相手はそれを聞く甘い男じゃない。
サムスの黒い右腕が、高官兵士の顔面を打つ。
非道な喧嘩劇を演出しようとした高官兵士は、空中をきりもみ回転しながら、野次馬たちの頭のうえを越えて、建物に突っ込んでいった。
ストリートファイト会場に静けさが、再び舞い降りて、それを過ぎると大歓声がサムスへ贈られた。
「スラム街の誇りだ!」
「アニキって呼ばせてくださいぃい!」
「惚れたぜ、アニキィイ!」
称賛の嵐が吹き荒れるなか、サムスは少し照れ臭くなっていた。
こんなに多くの人間に褒められる事は、サムスの人生において出会わなかったイベントだったからだ。
サムスは誇らしげな野次馬から『黒金』を返してもらい、賞金の1,500Aドルを受け取ってその場をそそくさと立ち去った。
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