第18話 宿敵


 サムスと流浪人は鋭い眼光をぶつけあう。

 怪しく笑う彼をまえに、サムスの瞳は本気の殺意を持っていた。


「やめろよ、そんな剥き出しじゃつまらないぜ」

「うるさい」


 落胆するように肩をすくめる流浪人へ、サムスは斬り込んだ。

 上段からの斬り下げ。

 流浪の刀に受けられる。

 サムスは、わずかな隙をぬって放たれた前蹴りによる反撃をもらう。


 たたらを踏むサムスへ、今度は流浪人のほうから攻勢に出た。

 縦、横、斜め、あらゆる方向から斬りこまれる黒い刃。

 サムスは額に汗をうかべながら刀で弾いていく。

 試し試される。そんな斬り合いは数撃のやり取りののち、サムスの斬りあげによって流浪人の体勢が崩れたことで終わりをつげた。


 サムスは一歩踏み込み、大上段からトドメを刺しにかかった。


「そうかい、そんなに殺したいか──」

「ッ」


 流浪人は鼻を鳴らし、薄く微笑む。

 サムスの大上段からの振り下ろし。重たさを重視した一撃は、流浪人が無造作にふった″右肘″によりそらされてしまう。

 控えめに言って神業だった。

 度胸、集中、技術、すべてないと成り立たない。


 流浪人は至近距離のサムスの顔に、膝蹴りと、肘打ちを喰らわせた。

 さらに、ひるんだサムスへ斬り下げをお見舞いする。


「ぐぅう…ッ」

 重撃を受け止めて、うめくサムス。

 

 黄金のスパークをまとう刀と、鈍く黒光りする刀が、火花が散らし、マナハウスの廊下に鋼の音が響き渡っていた。

 サムスは流浪人からの素早い連斬りを受けきり、ふたりは、やがて、つばぜり合いになった。

 数十センチの距離で、サムスと流浪人の視線が交差する。


「動きが少しずつ良くなってるな。どうした体の使い方でも思い出してきたか?」

 流浪人は火花を散る刃のさきに、サムスの瞳を見つめてながら話しかけた。


「どうして『亜門』を持ってる……! それは、それは、俺にとって大事な、あいつが持ってた刀だ!」

「誰のこと言ってるかわからなんだ。……っと、そろそろ時間だな」

 流浪人は怪しく微笑み、剣を大きく押しこんで、サムスを突き放した。


 そのまま、地面を踏み砕き、コンクリートの瓦礫をサムスにぶつけて逃げようとする。驚異の脚力だ。

 サムスは逃すまいと、踏みこむ。

 

(……ッ!)


 その瞬間、サムスの直感を死が横切った。

 ゆっくり流れる超感覚の世界で、流浪人の口元がニヤリと歪められるのが、サムスには見えた。

 

 砕けるコンクリートの破片。

 視界を破片に遮られる向こう側で、流浪人は、なんと不思議なことに、黒い刀を腰の鞘におさめようとしていた。


 至近距離の斬りあいにおいて、理解できない行動。


 しかし、サムスは彼の刀が納められた鞘にを見て、それが自分と同じ、機構を搭載した″仕掛け鞘″だと気がついた。

 そして──脳裏をよぎる経験が、次にどれほど恐ろしい攻撃が来るのかを教えた。


「あばよ、辻斬り」

 流浪人がそういった。


 同時、彼は仕掛け鞘の″引き金″をひく。

 撃鉄と火薬爆発する音。

 流浪人の逆さまの鞘に仕込まれた火薬が発火され、燃焼ガスによって、弾きだされた黒い刀が凄まじい勢いで飛び出して来ていた。


 流浪人はその刀を完璧なタイミングで手にとり、目にも止まらぬ、高速の抜刀斬りを行った。


「ぐぅ!」


 サムスは事前に予知していた直感に従い、体をそらして、寸断のところで抜刀斬りを回避する。


 流浪人は目を見張った。

 ありえない出来事に舌を巻いているようだ。


「俺の居合を初見で躱せる奴はいないはずだ……お前、どこで俺の太刀を見ているな?」


 流浪人はサムスの顔をじっくり眺めて「もしかして……」と何かに気がついたような顔になった。


「ははは、そうかそうか。お前よく見たら右腕がサイボーグじゃねーか。そうか、あの時、


 流浪人は楽しげに言った。

 その言葉はサムスの脳裏に鋭い頭痛をあたえた。


《あわれな失敗作が……いま楽にしてやる》


 流浪人の声が頭のなかに響く。


(俺は、この男と、以前、どこかで……)


「いや、これは思わぬ奴に出会ったもんだ」

「お前が俺の右腕を……?」

「ふふ、ふははは!」


 流浪人は高らかに笑い、刀を仕掛け鞘に納めると、サムスに背を向けて走りだしてしまった。


「待て! 話はまだ終わってな──」


 サムスが後を追いかけようとすると、突如、マナハウスの内側から轟音が響いた。

 どうやらマナハウス全体が揺れているらしい。


「逃げろ逃げろおお! 侵入者が爆弾を仕掛けてやがったぞ!」

「さっさとマナハウスの外に出るんだぁあー!」


 逃げ惑う安全ヘルメットをかぶった作業員たちに、サムスは命の危機を感じる。


「チッ、仕方ないか」


 サムスは流浪人を追いかける事を諦め、地面に転がる暴走ロボットの上半身だけ担いで、急いでマナハウスを飛び出す。


「ブルルゥん!」

「わふゥ!」

「走れ走れ!」


 レント二世に飛び乗りサムスたちは全力ダッシュで、マナハウスから避難する。


 避難からわずか10秒後だった。


 とてつもない爆音がサムスの後方でおき、夕方を昼に塗り替えるほどの光量が、マナハウスの内側から放出された。

 サムスもルゥもレント二世も、爆風に簡単に持ち上げられ転がらせてしまった。

 すべてがおさまった時、マナハウスからは巨大な煙の柱が夕焼けの空へと昇っていっていた。


 サムスはレント二世とルゥの無事を確かめ、素早く現場を離脱する。


 ──しばらく後


 サムスは『サイボーグ工房』へ帰ってきていた。

 駆け寄ってくる天才エンジニアへ、暴走ロボットの上半身をわたす。


「だ、大丈夫だったか? 東のマナハウス3号機が爆発したって大騒ぎだったぞい」

「男がいた」

「え?」


 サムスは壁にもたれかかり、もう一度「流浪の侍みたいな、男がいたんだ」とつぶやいた。


「あ、あぁ、そうかい」

「あんたサイボーグ技術に詳しいんだろ? なら、別世界の情報通信とかなんとか使って、人物情報を調べられたりしないのか?」

「そんな無茶な、別に特別な専門家じゃないわい」

「少なくとも俺よりかは詳しいだろう」

「ん、んぅ……わかった。少し調べてみよう。もっと詳しい特徴を教えてみてくれ」

 天才エンジニアは渋々紙とペンを取り出して、特徴を記しはじめる。


「ほほう、白と赤のパワードスーツか。火薬で抜刀速度をあげる仕込み鞘? いかすじゃないか、その侍とやら」

「ただの小細工だ。大したことはない」

「ほう、なるほどね。どうやら、あんたとその侍には何かしら因縁があると見た」

「詮索はするな。スラム街のならわしだろ」


 サムスの文言に天才エンジニアは「ごもっとも」と肩をすくめて見せた。

 サムスは爪を噛み、自分の右腕をそっと刀のうえに添える。


(仕掛けで抜刀速度をあげる機構……偶然か?)


 サムスはまだその使い方を知らないが、彼の仕掛け鞘にも電磁加速による抜刀速度をあげる機構が搭載されてあると、アルドレア家地下で録音音声の主は言っていた。


「はい、んじゃ、今回の報酬は2,500Aドルでいいのかい?」

「寝ぼけた事を言うな、あんた。600Aドルが銀貨三枚の価値。銀貨1枚あたり200Aドル。つまり、金貨3枚は6,000Aドル」

「え?」

「俺はガーディアンだ。仕事を頼むなら金貨3枚くらいはすることを覚悟してるんだろう?」


 サムスの生意気な態度に、天才エンジニアは「はぁ〜」と深いため息をついた。


「お前さん、そんな金額設定じゃ、干されるぞ」

「……」

「プロ意識は大事じゃが、それよりもっと大事なもんがあるんじゃないのかい? 強いのなら、その力の使い方もうちっと考え直してみやせんか?」


 天才エンジニアは6,000Aドル入った革袋をサムスの手に握らせて問いかけるように言った。

 サムスは黙ったまま、革袋を握りしめ、ゆっくり懐にしまう。


「…………そうだ、自称:天才エンジニア」

「自称はいらんわい」

「この刀、少し調べてくれないか」


 サムスは仕込み鞘ごと刀を台の上においた。

 ついでに、革袋から鷲掴みして取り出したコインの山もだ。サムスはさっそく3,500Aドルで、天才エンジニアへ仕事を依頼するらしい。


「ほほう、これは高周波ブレードじゃな。別世界でも新しい部類の科学武器じゃ。これをどこで?」

「詮索はするなと言ってるだろ。いろいろ調べて、教えてくれ。その刀のこと、俺はまだよく知らない」

「いいだろう。その仕事、引き受けた」


 天才エンジニアとサムスは堅く握手をかわした。



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