第13話 スラム街の華


「サムス、本当にサムスなの?!」


 驚くアルウの言葉に、サムスはうなずいた。

 眼前の少女──アルウこそ、彼のフラッシュバックした記憶のあの少女で間違いない。

 サムスは確信を持っていた。


(生きてた、生きていたんだ…)


 内心では喜びの感情を表現したい衝動に駆られていた。だが、サムスはそうするのはガーディアンとしてカッコ良い絵面じゃないと思い、喜びの感情は、ギュっと胸の奥に仕舞い込むことにした。

 

「本当にびっくりしちゃった! こんなところで会えるなんて!」

「俺もだ。驚いたな」


 アルウは表情豊かだった。

 故郷を燃やされてふさぎ込む時期は、過ぎ去っていると見えて、サムスはホッと安心する。


「最後に会ってからもう6年になるのか〜、時間ってあっという間だね!」

「…そうだな。あっという間だ」

「ねえねえ、サムスはアルカディアで何してるの?」

「それは──」


 サムスは頭を働かせる。

 どういう訳か、自分が記憶を失っていた事に言及したくはなかった。

 本能が、あるいは個人的なプライドが、嫌がっていた。

 ゆえにサムスは、フェイクストーリーを作りあげる。


「アルカディアには仕事をしに来た。それと見聞を広めるためにも。″敵″を知ることは戦いの基本だからな」

「敵? 敵って別世界のこと?」

「そうだ。ガーディアンにとっては、警戒するべき敵だからな」


 サムスは立ちあがり、壁にもたれかかりながら澄ました顔で腕を組んだ。

 アルウはびっくりしているようだった。

 同郷の友人が英雄たちの仲間入りをしていたことに、誇らしい気持ちになっているのか。


「そっかあ、凄いね、サムスは本当にガーディアンになったんだ! 選ばれた人間しかならないって言われてたのにほんとうに凄いね!」


 アルウは非対称的な、おしゃれに編み込まれた髪を撫でて思いを馳せる。

 自分の知らない時間を思い起こそうとしてるのか。


「ん、ところで、サムスはどうしてそんな所で寝てるの?」

「……」


 唐突に現実に戻ってきたアルウは、押し黙るサムスを見つめる。

 サムスは口をパクパクさせて、アルウの目や体へ視線を泳がせては、そらすのを繰り返していた。


 やがて、アルウは豊かな胸を乗せるように腕を組み「はは〜ん♪」と察したような顔になった。


「サムス、住む場所がないのね」

「…ああ」

「もうダメじゃない。こんな立派な馬と、小さなワンちゃんも連れてるのに、野宿をしようだなんて」


「ブルルゥん!」

「わふゥ!」


 相棒たちの猛抗議が再燃し、サムスは肩身の狭い思いをする。


「うーん、そうだ! サムス、こっちついて来て!」


 アルウは馬の手綱をひいて、歩きだした。

 サムスはアルウの背を追う。


 実を言うと、サムスが困惑していたのは、街中で野宿を強いられている情けない状況を、久しぶりに再会した幼馴染に知られて情けない気持ちになったから、ではない。


 いや、それは、多分にある。

 しかして、理由は他にあった。


「見慣れない…服装だ」

「あ、これ? ふふ、実はこれ聖アルカディア女学院イースト校の制服なんだ〜」


 アルウの姿。

 真新しい白いワイシャツを肘手前までまくし上げ、そのボタンはいくつか外れてしまっている。


 しかして、膝上の短いスカートから覗く、存外に肉付きのよい白い脚、素晴らしい成長を遂げた胸部の豊かさの前には、崩れた着こなしなどアクセントにしかならない。


 アルウは控えめに言って美少女女子高生といった風な姿と服装であった。


「別世界の服なのか、悪くはない……」

「ん? なにか言った? サムス?」

「なにも…」


 振りかえってきて、ニコッと笑うアルウに、サムスは目を逸らす。


「あはは、変なの」

 

 アルウはケラケラ楽しげに笑った。


「おいおい、見ろよ、馬男がアルウちゃんといっしょに歩いてるぞ」

「うっわ、なんであんな目つき悪い野郎と…!」

「アルウちゃんとどういう関係なんだ! 気になるぅうー!」


 スラムの住民──特に男衆──からの視線が攻撃的であった。

 サムスは何食わぬ顔でアルウの2歩後ろを歩く。


「はい! 着いたよ、サムス。ここがわたしの住んでる家なの」

「アルウの家?」


 サムスはアルウに連れてこられた、しっかりした家を見あげる。

 この家には見覚えがあった。


「あっらぁ〜あたしゃの可愛い可愛いアルウう〜。もう塾は終わったのかい?」

「うん、終わったよ。今日の子はみんな優秀だから、手が掛からずに済むんだ〜」


 家の中から現れた老婆と、アルウは仲良さそうに挨拶をした。

 サムスはすぐ隣で、腕を組んで仏頂面で見守る。


「ん、なんだ、お前さんもいるんかい。今更何しに戻って来たんだーい?」


 老婆は片眉あげて、得意げにサムスへ聞いた。


(昼間のババァめ)


 サムスはため息をつき「アルウに付いて来ただけだ。あんたに用はない」と澄まして言った。


「こーら、サムス、れからお世話になるんだから、しっかりお願いしないと」


「あたしゃのところはシェアハウスなんさ。輪を乱す不埒者は入れないさね。嫌なことでも男なら歯食いしばってお願いしてみなさいな」


 サムスは老婆に一本取られた事を察した。


(ババァはアルウが俺を連れてくる、この展開が見えてたのか…)


 今回はサムスの負けだった。


「…………頼む」


 彼はしかめっ面でボソっと呟く。

 老婆はサムスの精一杯へ楽しげに微笑んだ。


 ──翌朝


 サムスは自分に与えられた部屋を出て、顔を洗っていた。

 洗面台に映る自分の顔。

 続いて水のしたたる金属の黒腕を見下ろす。

 機械腕の事は、アルウにもユー婆──あの憎きBBA──に教えてはいなかった。


 ユー婆の家である『ユーヴォハイム』の入居者は現状、アルウとサムスのみなので、他の人間にもまだ知られてはいない。


「……別に隠してる訳じゃない」

「わふゥ」


 自分に言い聞かせるように、鏡に喋りかける。

 サムスはルゥをともなって、片マントを羽織り右腕を隠すとシェアハウスをでた。


「おはようさん、若いの。良い朝だねえ」

「アルウは?」

「……挨拶もできない男に、うちの可愛い可愛いアルウの場所は教えられないさねえ〜」

「…………朝なんて良いも悪いもない。で、アルウはどこに?」


 サムスの返しにユー婆は「なんだい、そりゃ」と言った。


「そんなんじゃ、すぐあの子にも愛想尽かされるさねえ」

「……。ん、俺の馬もいなくなってるぞ。婆さん、俺の馬をどこへやった?」

「馬ならアルウが連れていったよ。ろくに世話も出来ない、でくのぼうの代わりにね」

「そうか。アルウは馬飼いだったからな。それなら安心だ」


 サムスは穏やかな笑みで言う。

 ユー婆はそれを見て「ほーん、お前さんでもそんな顔するんだねえ」と皮肉げに笑う。

 それを受け、サムスの顔はすぐにふくれっ面に戻ってしまった。


 その後、サムスはユー婆から『アルカウィル』へ行くように伝えられた。

 昨日とは違い、ちゃんと場所も教えてもらえた。


「ここか」

「わふゥ」


 『アルカウィル』に着いたサムス。

 外観は牛や馬を入れられる、大きめの牧場でよく見られる家屋でしかない。

 だが、それこそが馬飼いだったアルウらしさを醸し出していて、サムスは妙な納得感を得られた。


 サムスは『アルカウィル』へ足を踏みいれる。


 小屋のなかは、4分の1ほどのスペースが干し草で埋められおり、また4分の1ほどのスペースには本棚が置かれて、分厚い魔導書が積まれ溢れかえっていた。


 もう4分の1のスペースは、仕切りが取っ払われて多目的な空間として、最後の4分の1スペースには馬と、そのまわりで忙しく動くアルウの姿があった。


 サムスはどこかへ行こうとするルゥを拾いあげ、アルウの元へ向かった。



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 一方『クロガネ隊』


 何事だと動揺するバルドローは、きょろきょろとあたりを見渡す。


 受付嬢は涼しげな声で喋る。


「誰にでも出来る仕事が簡単とは限らないですよ。それこそ、信用・信頼といったモノは才能がなくても、誰にだって積みあげる事はできます。では、聞きましょう──?」

 

 受付嬢の言葉を皮切りに、酒場で酔っ払っていた荒くれ者の冒険者たちが立ちあがる。


「てめえ、受付嬢舐めてんじゃねえーぞ!?」

「どつき回すぞゴラァアアッ!」

「俺たちみてぇな汚え男どもに、いつだって氷の笑顔と、たまに見せる素の笑顔のギャップ萌えを提供してくれる女神だろおおがァァァァァア!」

「殺すぞ、ど新人。いや、決めた、もう殺すぜ、どクズ」


 大剣使いバルドローは、気性の荒くなった冒険者たちにさらわれて表へと追い出されていった。


 受付嬢は彼らの背中を見ながら、バルドローとサムスの違いをつげる。


「少なくとも、サムスさんは積みあげて来ましたよ」


 その後、冒険者ギルドまえでは目も当てられない集団リンチが行われた。


 自分よりも上位の冒険者たちに囲まれ、バルドローは拳による制裁を存分に味わうことになった。


「いい加減にしやがれ、クソ野郎」

「もう一度、面見せてみろ、次は殺すぜ」


「ぁ、ぁ、ぅぐ……」


 虫の息のバルドローへ、唾を吐き掛け、リンチ隊は「飲み直すぞー!」と言いながら冒険者ギルドへ戻っていった。



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