第4話 帰還する雑用係


「ガルゥアア!」

「来るか」


 ドン・ケーブファングは凶悪な牙をむき、徒手で構えをとるサムスへ、飛びかかっていく。


 体長4メートルを越える、ダンジョンのヌシだ。

 発達した牙に噛まれれば、腕をたやすくちぎられてしまうだろう。


 食物の少ないダンジョンという環境で、常に飢えているため、このオオカミらの獰猛さ、危険さは一層増しているのだ。


「見える」


 サムスは落ち着いて、ドン・ケーブファングの突進を地面を転がりながら避けた。


「ガルゥア??」


 ギリギリまで惹きつけての回避だった。

 ドン・ケーブファングはサムスを瞬きの間に見失っていた。


 息ひとつ乱さない紙一重の回避術。


 サムスはすぐに体勢を立て直すと、身体をつつむ青紫色のオーラを増大させた。


 このオーラ『剣気圧』は人間の潜在エネルギーの発露はつろだ。


 眠っているオーラを一箇所に集中させれば、巨獣すら一撃でほふる破壊力を生みだせる。


「はっ!」


 サムスは拳にオーラを集中させて、ドン・ケーブファングの横っ腹を殴りつけた。


「ガルゥぁあ?!」


 数百キロはくだらない大オオカミの体が、いともたやすく浮いて、ダンジョンの地面を滑っていく。

 

「こっちの腕じゃなくても、パワーは出るか」


 サムスは機械の右腕をふって、軽く鳴らし、動かなくなったドン・ケーブファングに近寄った。


「ガルゥァ」

「生きてるのか」


 弱々しく声をあげるドン・ケーブファング。


 サムスはトドメをさすべく右腕をふりあげる。


 その時、


「ん?」


 ダンジョンのすみっこの方から、何匹もの小さなケーブファングが出てくる。


 ミニ・ケーブファングたちは、ドン・ケーブファングのまわりに集まりってきて、サムスへ可愛い威嚇をはじめた。


 死にゆく母親を守る懸命な姿。


「……やれやれ」


 サムスは持ちあげた右腕をだらりと、力なく下げた。


 頭をぼりぽりかき、サムスはドン・ケーブファングたちに背を向け、傾斜のある岩肌を登りはじめる。


「わふゥ」

「ん、まだやるのか」


 ミニ・ケーブファングが1匹がサムスを追ってきた。


 サムスは右腕をカチャっと鳴らして「いつでも殺れる」と威圧する。


「わふゥ!」

「……」


 しかし、ミニ・ケーブファングは物怖じない。


 サムスは不審に思い首をかしげる。


 すると、ケーブファングはサムスのそばにより、甘えるように喉を鳴らしてきた。


 敵意はないようだ。


 サムスはため息をつき「犬の面倒なんてみれないからな」と言い、無視して壁を登りはじめた。


「わふゥ、わふっ、わふっ♪」


 ちびっ子オオカミは楽しげに吠えた。

 サムスのその態度をポジティブに受け取ったらしい。


 ミニ・ケーブファングは短い手足を一生懸命動かしてサムスのあとを追いかけるように、ダンジョンの壁を登りはじめた。


 

 ーー10分後



 サムスは長きにわたるロッククライミングを終えて、ついにダンジョンの上層へ戻ってきていた。


「わふゥ」

「結局、ついて来たのか」


 サムスはあと一歩で崖を登り切ろうとしているミニ・ケーブファングを見て、肩をすくめる。


「手は貸してやらないからな」

「わふゥ!」


 サムスは冷たく突き離して、先を急ぐことにした。


 ミニ・ケーブファングは短い手足をパタパタ動かして、崖をなんとか登りきった。


 ミニ・ケーブファングはサムスのあとを一生懸命についていく。


「……」


 ダンジョンを上へ上へと向かって歩きながら、サムスは考えていた。


 俺には『剣気圧』があった。

 戦うための技術も身体に染み込んでいた。

 そして、このサイボーグの右腕もどこかで手に入れていた。


 どうしてこれほど、大事なことを忘れてしまったのか。


 俺は貴族アルドレア家の三男。

 剣術も魔術もろくにできない落ちこぼれじゃなかったのか?


 頭のなかは、疑問だらけだった。


 サムスは考える。

 特にあの記憶のなかの少女のことを。

 

「……あの女の子は…」


 サムスは少女の姿を思い起こそうとする。

 すると、芋づる式に彼女が誰だったのか、周辺の記憶もなんとなく思いだせた。


 青空のした、ひつじ小屋の裏。

 さやわかな風が吹き抜ける静かな場所。

 

 故郷チタン村を出発しようと決心した時、その場所で、サムスは憧れていた彼女に大きな夢を語った。


 それは、村をでて、別世界の侵略を阻止する勇敢なるガーディアンになること。


「俺は名前も知らないあの子のことが……そうなのか、そうだったのか」


 サムスは立ちどまり、記憶に秘められた、淡く幼い頃に抱いた想いをなんとなく思いだす。


 すると、無性にあの場所へ、故郷チタン村へ帰らないといけないと思うようになっていた。


「わふゥ!」

「おまえ……ん?」


 サムスは足元のミニ・ケーブファングを見下ろす。

 ふと、彼が視線をむける先に松明の明かりを確認した。


「いやァア?! 今度はなになになに! こんな魔物どうやって倒せっていうのよ!」


 やかましい声だった。


 サムスはその声が、風魔法使いバネッサのモノだとさとる。


 彼らはダンジョンの対岸で魔物と戦闘中らしい。


「アイススピリットか……反対属性の炎なら簡単に倒せる魔物だが……」


 サムスは遠目に、他人事でながめる。


「あ、サムスだわ!」

「なにぃい?! てめぇ、生きてたのか!」

「誰の命令があって、勝手に奈落から登って来てんだよ、この無能雑用係がよ!」


 パーティメンバーたちが、サムスに気がついた。


 風魔法使いバネッサは若干喜びながら。

 大剣使いバルドローは、魔物に押されながら。

 双剣使いゴルドゥは得意の双剣のかたほうを、スピリットに弾かれて、崖底に失いながら。


 サムスはさめた瞳で彼らを見て……そして、立ち去ろうと背を向けた。


「お、おいぃぃい! てめぇええ、俺様たちのパーティメンバーだろーがああ! なに一人だけ逃げようとしてんだぉお! ーが!?」


 大剣使いバルドローは怒りのあまり、喉を枯らしそうな勢いで唾を飛ばして怒鳴りちらす。


「お願い、お願いだから、弱点属性教えてよ! ね? ね? 今までの扱いは悪かったわ! ごめんねー! だから、お願いよ、サムス!」


 風魔法使いバネッサは、上目遣いで懇願する。

 サムスはそんなバネッサを感情のない瞳で見つめ、口を開いた。


「……水属性式魔術」


 サムスはボソッとつぶやく。


 彼はそのまま、言いたいことは言い終えたとばかりに彼らを置いて歩きだした。


「水属性、水属性……あはは、さすがはわたしね! 所詮サムスなんていう、クソ童貞陰キャ雑用係なんて、ちょっと可愛くお願いすれば余裕なのよ!」


 バネッサは水の魔力を集め始める。


「弱点属性がわかればこっちのもんだな! へへへ、ギルドに戻ったら、童貞クソカス陰キャ貴族野郎を今度こそボコボコにしてやるぜ!」


 大剣使いバルドローは、汗だくのまま、バスターソードでスピリットを抑えながら叫んだ。


 双剣使いゴルドゥには喋る余裕はない。


「いくわよ! ≪水刃ウォラカッター≫!」


 バネッサの魔術がアイススピリットに直撃する。


 水の刃はエレメンタルを真っ二つに切り裂いた。


「やったぁあー! …………あれ?」

「おいおいおい、なんかデカくなってねーか?!」

「マジかよ……バネッサてめぇ何してやがるぅう!」


 バルドローたちは、肥大化するアイススピリットに喉を引きつらせた。


 


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「わふゥ」

「水属性式魔術だけは使うなよって意味だったが……まさか、アイススピリット相手に、水の魔法を使うわけないよな」


 サムスは背後から聞こえてくる悲鳴に、いじわるに薄く微笑み、ダンジョンを抜けた。


 外に出てくると、日がかたむき始めていた。


 サムスは、とにもかくにも、まずはアルドレア家に帰るべきだと判断し、小走りで活動拠点カーボンシティに戻ることにした。


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