第17話 流浪の侍


「レント二世、頼んだ」

「ブルルゥん」

「わふゥ」


 馬にまたがり、サムスは森をかけていく。

 それほど速度はださず、ルゥを散歩させながらの走行だ。


 ──スラム街を出てしばらく後


 サムスたちは例のロボットがいるらしいマナハウスにやって来ていた。

 マナハウスは高いコンクリートの壁が、幾十にも重ねられた要塞のようであった。建物自体の高さも半端じゃない。ざっと150メートルくらいはあるだろうか。

 要塞外側の金属の足場からは、数人の武装兵がいることが見受けられた。

 長物の銃を手にもち、地上のサムスを警戒しているようだ。

 彼らはいちように、スリムな機械的装甲を身につけている。


「あれが噂に聞くパワードスーツか」

 サムスは天才エンジニアから聞いた話を思い起こす。


 パワードスーツとは、サイボーグ技術の発達とともに、近年急速に普及し始めている別世界の装備だ。

 強化外骨格とも呼ばれ、外付けの服のように着るだけで、防御力、攻撃力、機動力のすべてを向上させる。


(奴ら、次の戦争に備えてるのか)


「わふゥ」

「ブルルゥん」

「落ち着け、今は攻撃はしてこないさ、まだな。…さあ、ロボットを捜索しよう」


 サムスは頭上の彼らを無視して、マナハウスのまわりを馬で駆けた。

 外周を半周したあたりで、サムスはレント二世の脚を止めさせる。


 不穏な予感があったからだ。


 ──パパババンッ


「っ」


 銃声が聞こえた。

 『樹園』で聞いたのとおなじ、火薬と金属が奏でる不快な音だ。

 音はマナハウスの内側から聞こえてくるようだった。

 サムスはパニックになりかけるレント二世を落ち着かせ、未だ銃声が聞こえる方へむかう。


「っ、これは…」

「わふゥ!」

「ブルルゥん!」


 サムスたちは、コンクリートの外壁に巨大な亀裂が出来ているのを見つけた。

 

「外側から凄まじいチカラで破壊されてる……っ、まさか、暴走したロボットがマナハウスの中に?」


 サムスは穴の奥から聞こえてくる、悲鳴と連射される銃の音を聞く。


「ここで待ってるんだ、行ってくる」

「ブルルゥん!」

「わふゥ!」


 サムスはレント二世とルゥを残し、すぐに行動にうつった。

 亀裂のなかに飛び込む。

 マナハウスの外殻のなかは、無骨な壁と壁に挟まれた通路となっていた。

 戦闘音を頼りに進むと、サムスはすぐに目的の現場にたどり着けた。


「侵入者の対応はどうなってる! クソ! この忙しい時にロボットの暴走だなんて!」

「侵入者より、まずは目の前の敵だ! FJ弾が通らねえ!」

「マナニウムの漏液のせいで、魔物化してやがる! クソッ、異世界の魔法で自己進化しやがった!」

「リーパーを連れてこい、このイカれたロボットをぶっ壊しちまえ!」


 兵士たちが必死の形相で、身長2メートルの人型ロボットへ、自動小銃を撃ちまくっていた。

 だが、彼らの弾は魔力を帯びたロボットの装甲を抜けておらず、逆に物陰に隠れる彼らは、ロボットの巨大な機関砲により一瞬で掃討されてしまっていた。

 戦力差は見た目よりも歴然だ。


 すべてを貫く破壊力に思わず息を飲む。


(喰らえばタダじゃ済まないな)


 二足歩行でゆっくり進行していくロボットに、マナハウスを守っていたゴーグル社の私兵は、すっかり竦み上がっていた。


「待たせたな! 俺たちが壊れたポンコツをスクラップに変えてやる!」

「パワードスーツ兵の増援だ!より高威力の銃弾ならあの装甲を抜けるはず──」


 強化外骨格を着こんだ兵士が何人かやってきたことで、場には反撃の兆しが見えた。

 しかし、戦況はあまり変わらなかった。

 暴走したロボットの機関砲は、パワードスーツのうえからでも容易に彼らの胴体をバラバラに破壊してしまったのだ。


「ひひぃい!? 嘘だろ…なんだよ、あのバケモノは……!」


 そうつぶやき、絶望した兵士も、すぐ機関砲で肉塊に変えられた。


 現場を俯瞰ふかん。兵士たちが惨殺される事に、サムスは別段心が痛むことはなかった。

 サムスは彼らが別世界の人間だと割り切っていたからだ。

 気がかりだったのは、ロボットのパーツをどうやって回収するか、依頼は遂行できるのか。そんな傭兵としての自分のキャリアのみだ。


「うわあああ、もう終わりだ……!」

 兵士のひとりが泣き叫び、ロボットに機関砲を突きつけられる。


 確実な死だった。

 本来ならば、助けられる存在はいない。

 しかして、幸運なことに今日はいたようだ。


 兵士を助けたのは、もちろん薄情者のサムスではない。


「おいおい、面白いことになってるな──」

 おどける男の声。


 愉快さに思わず口元が緩む──そんな不真面目な流浪人を思わせる声調は、暴走するロボットの頭上からだ。

 そこで、サムスは目撃した。

 ″黒い輝刀″を手に飛び降りてくる『さむらい』を。

 

「よっと」


 一閃。

 ただそれだけで事足りていた。


 兵士を殺害しようとしていた暴走したロボットは、その男が着地するなり、すぐに放った、袈裟懸けのひと振りで動かなくなった。

 どんな弾でも倒せなかった装甲は、赤い熱をもった切断面を滑らせていき、上半身と下半身とわかれる。

 それは、達人の一太刀だ。


「あ、あ、助かった……! 助かった、誰だかわからないが、ありがとう、ありがとう!」

 兵士は心底安心した顔で、男に礼をつげる。


 男は手入れのされてない顎髭をしごく。

 そのルックスは、伸びきった髪を総髪にした、まるで旅の侍のような風貌の男だった。

 体は白を基調とした、赤いラインの機械的な服を着ている。

 手には黒いスパークを放つ刀。およそ高周波ブレードだと思われた。

 

 その流浪の侍は、呑気なあしどりで兵士に近づく。


「礼は結構さ。お代はあんたの命でいい」

「え?」


 困惑する兵士。

 次の瞬間、流浪の侍は一撃で彼を斬り殺した。 


(ッ)


 サムスは目を細め、腰の刀に手を添える。

 彼には流浪の侍の後ろ姿に、見覚えがあるような気がしていた。


(それに、あの黒い刀……どこかで…)


 サムスは考える。

 考えてしまった。


「うぐっ……ッ」


 サムスの脳裏を強烈な頭痛が襲った。


 思い起こされるは、雨の日の誓い。

 フラッシュバックするビジョンで、サムスは泣き叫びながら、もう動かなくなった少年から刀を継承する。


《俺の意志も、意味も、使命も全部やるよ》

《ダメだ…アモン、お前がやれよ!》

《はは…無茶な……必ず守り抜けよ、サム》

《アモン? アモン…! アモン……ッ!》


「な、んで、だ……」

 サムスは流浪の侍がもつ、黒い刀を見て言った。


「ん? なんだ、お前は?」

 流浪の侍は、物陰から出てきたサムスに面白そうに声をかける。


 サムスは刀を抜き放っていた。

 無意識のうちに、とてつもない怒りに駆られたのだ。

 サムスはかつてないほどに怒っていた。理由もわからず。

 ただ、ひとつわかっているのは、流浪の侍がもつ黒い高周波ブレードは、サムスにとってゆかりがある品であり、それは同時にとても大事なものだった。


「それは、それは、その刀は……!」

「ん? これか? いいだろう、大業物だ。名は『亜門あもん』、別世界の科学好きたちには鍛えられない愛刀だ──といっても貰い物だが」

「それは……それは、俺の刀だ……!」


 サムスは怒りに我を見失いかけていた。

 自分がなにを言っているのかもわかっていない。

 本能が、記憶が、ここで退くなと告げていた。


「そう、そうかい。なら──取り返してみるかい?」

「言われるまでもない!」


 サムスは刀を引き絞り、影を落とさぬ踏み込みで、流浪の侍を突き刺す。

 が、流浪の侍はサムスの放った突きをうえから踏んづけると、そのまま跳びあがって反対側の地面に着地し避けてしまった。


(剣気圧…加えて、パワードスーツか?)


 サムスは頭の冷静な部分で、流浪の侍が青紫色のオーラをまとい、同時に兵士たちとはデザインや色合いは違えど、それがパワードスーツを着ていると考えた。


「はは、まあいい。まだ時間はある。すこし付き合ってやるぞ、辻斬りボーイ」

 流浪の侍はスマートフォンのロック画面で時間を確認して、愉快に笑った。


「ほざくな。ここで殺してやる」

 サムスは瞳に殺意を宿して刀を構えた。



──────────────────────────────────────


 一方『クロガネ隊』


 足音の主を探して、森と草原の境界線に視線を走らせる。

  最初に見つけたのはバネッサだった。

 彼女は目を見開き、枝木をわけて出てくる大きな大きな体にどうもくした。


「ぁ、嘘でしょ、なんか、強そうなの来たわ……!」

 バネッサは唇を震えさせ怯える。

 

「へっへへ、面白れえじゃねーか! 新しい相棒の斬れ味試させてもらうぜ!」

 ゴルドゥは軽い調子で双剣を抜いた。


「行くぞおお! 敵はひとりだ、余裕で片付けてやるぜええ!」

 バルドローは叫び、バスターソードを構えて走りだす。


「ちょっと、ちょっと、サムス! あいつ何属性が効くのか教えてよー!」

 バネッサは狼狽しながら振り返る。

 

 しかし、そこにサムスの姿はない。


 戦闘を除いた、あらゆる雑務をこなしていた有能な仲間は、自分たちの裏切りで、愛想を尽かして去っていったのだから。

 そうこうしてるうちに、正体のわからない大きな魔物と、ゴルドゥ及びバルドローが接敵した。

 バネッサは闇雲に得意の風属性式魔術から魔術を選び、風の爆弾を飛ばした。


「ニンゲン、イチゾク、カタキ、コロス!」


「っ、喋っただとおお?!」

「ゲッ!? あいつ木を引っこ抜いてそのまま武器に──」


 3人の前に現れた実に3メートル近い身長を誇るバケモノの名前は″ドン″・リジェネ・オーガという。

 名前から察するように、リジェネ・オーガのボスである。

 しかし、相対する3人はこの恐ろしい事実を知らない。


「ぐぼがぁ、ぉ……ッ!?」


 ドン・リジェネ・オーガの振り抜いた巨木という名の凶器が、ゴルドゥとバルドローを容赦なくぶっ飛ばした。

 いともたやすく体ごと数十メートル飛ばされて、2人とも馬が繋がれた地点までもどされた。


「ぅぐ、ぁ、」

「ごぼっ、なん、だ、アレ……は…」

 口から吐血し、バルドローは目を白黒に反転させる。


 バルドロー腕はおかしな方向に曲がっていた。

 ゴルドゥは血の泡を口端に吹くだけで、もはや意識があるようには見えなかった。


「嘘でしょ……そんな、なに、あのバケモノ…」

 バネッサは恐怖にふるえる声で言った。


 手に持つ大杖を取り落とし、腰を抜かす。


「ニンゲン、オンナ、カゾク、フヤス」

「ひぃ……!」


 おぞましい想像が働き、バネッサは狂ったように噛み合わない歯を鳴らす。

 股のあいだが、びしょびしょに濡れて、湯気が立ちのぼる。恐怖のあまりの失禁だった。


「ぃ、いや、嫌だ、サムス、なにアレ…助けて……お願い、ごめんなさい、ごめんなさい…もう悪いことしません…お願い、サムス助けてよ、わたしを、はやく助けて、助けて、助けてよ……!」

 

 バネッサは涙を溢れさせ、這いずって逃げだした。

 だが、復讐の怒りに燃えるドン・リジェネ・オーガに追いつかれるのは時間の問題であった。


 絶体絶命。

 そんな言葉がバネッサの脳裏をよぎる。


「ニンゲン、オンナ、カゾク」


 ドン・リジェネ・オーガが野性をあらわにした。

 その瞬間、かの巨大な魔物の背後に炎柱があがった。

 バネッサはその莫大な熱量に、魔術の気配を感じとった。


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