第14話 傭兵サムス・クラフト


「あ、サムス、おはよう」


 アルウの爽やかな挨拶。

 サムスの脳裏をユー婆の姿がよきる。


《そんなんじゃ、すぐあの子にも愛想尽かされるさねえ》


「今日は良い朝だな。アルウ」

「? ふふ、そうだね。良い朝だよ。昨日はよく眠れたかな?」


 サムスは無言でうなずく。

 アルウは「それはようございました♪」といい、ニコッと微笑んだ。


「馬の世話、助かる」

「いいよいいよ。わたしも久しぶりに馬のお世話できて嬉しいから」


 アルウはそう言って馬に抱きつきスゥーと胸いっぱいに息を吸いこんだ。


「本当に久しぶりだなあ」

「ブルルゥん」

「はは、ぶるるーん、ぷるるーん。そっかそっか、ここが気持ちいいのか〜」


 ブラシで毛並みを整えるアルウは、とても幸せそうに見えた。

 サムスは少し離れた位置で、木柱を背にそれを見守る。


 サムスは考えていた。

 果たしてどう話を切り出すべきか、と。

 現状、サムスの目的は記憶を取り戻すことにある。

 しかし、サムスは思い直してはじめていた。

 記憶を取り戻すことは、そこまで積極的になることなのか、と。

 それは、サムスが潜在的に抱く、アルウに″記憶の不具合を悟られたくない″という心の動きにも起因していた。


 サムスには葛藤があった。

 アルウに記憶の有無について触れられたくない。

 一方で、自分の過去を明らかにしたい欲求はある。

 そんな葛藤だ。


(同郷のアルウが生きてたんだ。アルウがいれば、すべてを聞かずとも、そのうち思い出せる)


 サムスは自分のフラッシュバックに期待することにしたようだ。

 アルウと共にいる事。

 すなわち、現状維持。

 これがサムスの記憶をめぐる旅への現在の選択だった。

 

「わふゥ」

「あ」


 サムスが思考にふけっていると、ルゥが駆け出した。

 ルゥはてくてく走っていき、アルウの履く大きなスニーカーにお腹でダイブした。


「あはは、君もかわいいね。サムス、この子に名前はあるの?」

「え? 名前?」


 サムスは一瞬、言葉に詰まった。

 なんとなくソレを言うのは、はばかられる事だと思ったのだ。

 サムスは意を決して、口に出す。


「……ルゥ」

「え?」

「だから…ルゥだ」

「ルゥ君か〜。わたしと同じ響きだね〜」


 サムスは自分がどうして、ルゥ、などと名付けたのか、なんとなく察してしまった。


(アルウ…ルゥ、アルウ…ルゥ)


「こっちの子の名前は?」

「馬の方は無い」

「え〜かわいそう。わたしが名付けてもいい?」

「別に構わない」

「やった。それじゃ、今日から君はレント二世と名付けようかね、ふっふ」


 サムスの馬はレント二世となった。

 アルウはレント二世を連れたまま、馬小屋を出た。


「よいしょっと。それじゃ、サムス付いてきて。スラムを案内するね」

「馬に乗ったまま行くのか?」

「もちろん。乗馬の感覚取り戻さないとだからね」


 アルウはにーっと笑い、ふと「あ、ダメだった?」とサムスに気を使うように眉根を寄せた。


「別に構わない。好きに乗っていい」

「ありがとうね、サムス」


 お礼を言い、アルウはレント二世にまたがって行く。

 サムスはアルウの横について、腰の刀にそっと手を添え、あたりを警戒しながら歩いた。


 道すがら、サムスはスラム街について説明を受けた。

 スラム街は基本的に『東側』と『西側』に分かれているとのこと。


 『東側』──現在、サムスがいる側──は、大陸の人間から流れ着いた者が多い。

 『西側』は別世界のなかでも、下流階級の人間が多く集まっているという。


 戦争終結直後から、たびたび喧嘩が勃発していたが、最近は割合に大人しいのだそう。


「それでも、スラムは危ないからね。自分の身は自分で守らないといけないよ」


 アルウはサムスに挑戦的な眼差しを向けてくる。

 サムスは鼻を鳴らし「俺を誰だと思ってる」と腰の刀に触れた。


「ふふ、サムスなら大丈夫そう。あ、そうだ、そういえば仕事を探してるって言ってたけど、こんな不慣れな場所だと大変じゃない?」

「そうだな。待ち合わせが600Aドルしかなくて不安だったところだ。……ところで、これって金貨何枚くらいの価値なんだ?」

「600Aドル? うーん……3枚くらい?」


(あのババァ、殺す)


 サムスは澄ました顔で「そうか。そのくらいだと思った」と納得しながら闘志を燃やしていた。


「大丈夫、わたしに任せてサムス。これでも『アルカウィル』のアルウって言ったら、スラムじゃ顔が効くんだよ」

「それなら、頼もうか。……プロフェッショナルの仕事を頼む」

「?」

「……傭兵的な仕事だと俺もやりやすいってことだ」

「あ〜なるほど。そっかそっか、サムスはガーディアンだもんね! よし、それじゃ″傭兵サムス・クラフト″として売っていこっか!」


 アルウの楽しげな声。

 それは同時に、サムスの脳裏に鋭い頭痛を及ぼした。


「うぐっ…っ」


《お前の名前はサムス・クラフトだ》


 サムスはその声に聞き覚えがあった。

 しわがれた声、ニヤリと笑う口元から覗く黄色い歯。

 醜悪を差し向ける狂気そのものだった。


「あか、ぎ、赤木……」


「サムス? サムス!」


 レント二世から降りたアルウが、地面に膝をつくサムスに駆け寄る。


「大丈夫?」

「ぁぁ、平気……もう大丈夫」


 サムスはよろよろ立ちあがる。

 サムスは自分が発した言葉の意味をわかってはいなかった。


(赤木……人の名前? どうしてそんなものを…)


 赤木という名前の意味はわからない。

 しかし、わかったことはあった。


「俺の名前は、サムス・クラフトなのか?」

「え……?」


 アルウは困惑気味に声を漏らした。

 サムスはハッとして、おかしな質問をしたと思い直す。


「いや、なんでもない」

「そう? サムス、本当に大丈夫…?」

「ああ。何も問題はないさ」


 サムスはしっかりと立ちあがった。

 アルウはサムスの事を、憂いとわずかな懸念の眼差しで見つめていた。


 ──しばらく後


 スラム街を散策したサムスとアルウ。

 2人は『ジャンクカレッジ』と呼ばれる、鉄屑の山に囲まれたガレージにやって来ていた。


 そこには、ランドルフ・スカンナと呼ばれる身長190センチ金髪碧眼の筋肉属性の男がいた。

 サムスは最近は毎日筋肉を目にしてるな、など益体のない事を考えながら、ランドルフに話しかけた。


「このヒョロっちいのはなんだ、アルウ」


 ランドルフは威圧的にサムスを見下ろし、アルウに問いかける。


 アルウは自慢げに豊かな胸を張り、サムスを示した。


「えっへん、こちらはわたしの幼馴染のサムス・クラフト。ガーディアンなの。この街で傭兵をはじめたから、何か仕事はないかと思って、連れてきたのよ」


「ほお〜ガーディアンねえ〜……」


 ランドルフはサムスの周りを品定めするに一周して「だったら、いい仕事があるぜ、二枚目男」とサムスに指をつきつけた。


「指を差すな」

「俺様の勝手だろ?」


 ランドルフはしゃくれ顎で、サムスを煽る。

 サムスはまぶたを閉じて、アルウに事前に言われていた事を思い出していた。


《ランドルフは人見知りなの。最初は態度悪いかもしれないけど、我慢してあげてね》


 サムスはまぶたを開けて「ふん」と鼻を鳴らすだけで済ました。本来なら抜刀して斬り伏せてるとこだ。


「へへ、まあいいぜ。まずはお前が働ける人間かどうかテストと洒落込もうじゃねーか」

「俺は安くはないからな」

「アホか。誰が雇うって言ってんだよ。まずはテスト、試験雇用。報酬はでねぇ。仕事が欲しいならまずは戦えることを証明してみせな」


 不機嫌に顔を歪めるサムス。

 アルウはかたわらで「顔に出てる……!」と注意をうながす。


「はあ……それじゃ、俺は何をすればいいんだ」

「そうだな。それじや、まず『樹園じゅえん』に行ってもらおうか。魔物がスラム街に侵入して、いま『スラム・ガーディアン』があたりを封鎖してるところだ」

「その魔物を倒せ、と」

「そういうことさ。ビビって逃げんなよ、色男」


 ランドルフは楽しげに悪い笑みをうかべ、サムスを挑発する。

 だが、サムスが何も言わずに背を向けて『ジャンクカレッジ』を出ていくと、ランドルフは肩透かしを喰らったように微妙な顔になった。


「ありがとう、ランドルフ」

「いいって事さ。あいつ『樹園』の場所わかんないだろ。はやくついて行って案内してやれよな」


 ランドルフのもっともな助言に、アルウはハッとして、先行するサムスの後を追いかけて行った。



 ────────────────────────────────



 一方『クロガネ隊』


「ば、バルドロー? 死んでない?」

「おい、バルドロー、バルドロー」


 遠巻きからリンチ現場を眺めていたバネッサとゴルドゥは、不安そうにバルドローに近寄る。


 まだ生きているとわかると、2人はバルドローを運んだ。


「わたしたち、もうこの街にいられないわ……」

「今日中に荷造りして宿屋をでるしかねぇな」


 ゴルドゥとバネッサは、なけなしの銀貨で買った治癒ポーションでバルドローの顔をまだ見れる状態に治していく。


 治癒ポーションを使い終わると、バルドローは目を見開き起きあがった。


「許さなねえ、これも全部サムスのせいに違いねえ」


「バルドロー! よかった生きてたか!」

「やったわ、バルドロー復活ね!」


 大喜びするゴルドゥとバネッサに、バルドローは上機嫌だった。


「ん、なんじゃ、もう良いんかい。元気なったんたら出て行っておくれよ」


 小屋の中、老人は厄介払いするようにバルドローたちに告げた。


 3人はこの老人の厚意で、彼の所有する馬小屋に一時避難させてもらっていたのだ。


「ありがと、おじいさん♡」


 バネッサが可愛らしい顔で、ウィンクする。


 すると老人は顔を強烈にしかめた。


「おぬし、それはあんまりやらない方がええのぉ……。下手なビジネススマイルほど見てられないモノはないわい」


「な、なな、なんて失礼なジジイなの!」


「一瞬で化けの皮が剥がれたわい。ここまで来ると虚しいばかりじゃのお」


 暴れ出しそうになるバネッサをゴルドゥがおさえる。


「ん、そういえば、じいさん、あんたは馬を売ってんのか」

「そうじゃ。これはワシ自慢の馬たちじゃ。近くの草原で人が乗れるよう訓練しとるし、餌にもこだわりを持っとるからすこぶる質が良いぞお〜」


 バルドローは顎に手をあてて考える。


「なあ、じいさん、この小屋にわりと綺麗めな蒼銀髪をした、ひょろっちいこんくらいの背丈の男がやって来なかったか?」

「あー、少し前に来たのお。なんでもずっと、南にある″チタン村″とやらを目指すとか言っておったわい」

「ほう。その話詳しく聞かせもらおうか」


 バルドローはニヤリと笑みを深めた。


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