第19話 魔術塾と仕掛け鞘の秘密


 ──夜


 『サイボーグ工房』に高周波ブレード『黒金くろがね』をあずけたサムスは、レント二世を『アルカウィル』に返しにいった。


「ん?」


 サムスは明かりついている『アルカウィル』の手前で立ち止まる。

 中から複数の人間の気配がしたからだ。

 サムスはレント二世から降りて、手綱をしっかり握って馬小屋のなかへと入ることにした。


「≪ファイア≫!」


 馬小屋に入るなり、サムスは魔力の反応を察知した。


「すごいすごい、上手だよ、これで火属性の魔力の発生はバッチリだね」

「わーい、これで僕も魔術師だぁ〜!」


 喜ぶ子供のそばに、アルウの姿があった。


「あ、サムス、おかえり!」

 アルウはサムスへ小さく手を振った。


「サムスー?」

「サムスってだれー?」

「サムスってあれだー!」

 目ざとく反応する子供たちが、サムスを見る。

 

 彼らは一瞬でサムスを気に入った。

 ダーっとサムスのまわりに集まると「カッコいいー!」「つよそうー!」「お姉ちゃんの彼氏ー?」と勝手なコメントを述べはじめる始末だ。

 

「サムス、大人気だね」笑うアルウ。


「ぐっ…離れろ、邪魔だ…」

「あー! サムス、おこったー!」

「サムス、ぶちぎれだー!」

「アルウお姉ちゃんの彼氏ー?」


 サムスは苦労しながら子供たちの包囲網をかいくぐり「こいつと遊んでおけ」とルゥを子供たちの生贄にささげる。


「わふゥ!? わふぅう!」

 ルゥの断末魔が聞こえたが、サムスは無視を決め込んだ。


 おかしくて目の端に涙をうかべるアルウは、レント二世をサムスから受け取った。


「夜になると厩舎きゅうしゃのなかは、いつもこんな感じなの」

「魔術を教える塾だったのか。にしても、こんな子どもじゃ、魔術は危ないんじゃないのか?」

 サムスは子どもたちを遠巻きに見て言った。


 まだ10歳を過ぎたばかりの子供ばかりが、ルゥを使って遊んでいる。魔術を操るための適齢だと思えない。

 

「魔術は戦うためのチカラ。そして、守るためのチカラ、だよ。スラム街じゃ自営の手段として、手軽な銃を使う人は多いけど、わたしは、あれは……あんまり良くないと思うんだ」

「引き金を引くだけで、熟達の剣士でも、魔術師でも殺せる武器だ。俺も好きじゃない。が、役には立つ」

「うん。それはそうだけどね、……銃は怪我させることしかできない道具だからさ」


 アルウはそう言い、目を閉じると、小さな白い手のなかに氷の華を咲かせて見せた。

 

「別世界にはない、わたしたちの世界の美しさだよ」

「…そうだな。その通りだ」

 サムスはアルウの目を見て言う。


「って、まあ、銃をもってたりするんだけど」

 アルウは腰裏から自動拳銃を取り出し、てへっと愛らしく笑って見せた。


したたか、だな)


「魔術はどこで?」

「サムスが村を去ってから、ちょうど旅で村に立ち寄ってた魔術師にね。『絶対にガーディアンになる!』って言ってサムスが出て行っちゃってから、わたしも何かできることはないのかなって思ったの」

「そうか。こんな世の中だ。戦う力はどのみち必要だ。正しい選択だったんじゃないか」

「ふふ、ありがとう」


 サムスとアルウは薄く微笑みあい、2人の間を穏やかな時間が過ぎていった。


「……あのさ、サムス。サムスはさ……」

 アルウは口を開き、閉じ、迷う。


 何を言おうとしているか。

 何を聞かれそうになってるのか。

 サムスは心に冷や汗をかき、ただ待つ。


「ううん、やっぱり、なんでもない」


 アルウは質問をやめた。

 サムスはホッと息をつく。顔には出さないが。


「さあてと、まだ時間は残ってるし、精一杯みんなに魔術を教えてあげないとね」


 アルウはぐっと伸びをして「それじゃ、また後でね」とサムスの背中をすんずん押して『アルカウィル』の外へ追い出してしまった。


「わふゥ」

「なんだ、その顔は」

「わふゥ!」

「別に振られたわけじゃない。なかなか悪くない感じだったろ」


 ルゥにダメ出しを喰らいながら、サムスは『ユーヴァハイム』へと帰ることにした。


 ──翌日


 東のマナハウス爆破事件を受けて、アルカディアには穏やかでない風が吹き始めていた。

 それは、スラム街にも届き、ちまたでは密かにマナハウス爆破事件の首謀者として『解放者達』の名前が上がるようになっていた。


「あの侍が『解放者達』のメンバーか」

「さあのぅ。そいつが何者なのか、まだまだ見当がつかん。が、マナハウスを爆破したのなら、可能性はありうる」

 天才エンジニアは言った。


「よし、これで元通り。ほれ、おぬしの刀じゃ」

 

 サムスは一晩調べてもらった結果を教えてもらうことにした。


「まず、仕掛け鞘の持ち手にグリップがあるじゃろう」

「これか」


 サムスは指にフィットするように、鞘口の近くに設置された握りをつかむ。


「そのグリップを強く握りながら抜刀すると、どうやら電磁誘導により、刀を信じられない速さで抜けるようじゃ」


 サムスは試しに、左手で仕掛け鞘のグリップを思いきり握ってみた。

 しかし、その電磁誘導とやらが起こった気配はない。


「サムス、おぬし、握りこむ際、どの指から力を入れる?」

「? ……小指?」

 サムスは手を握ってたしかめる。


「そういうことじゃ。その加速装置は、誤作動を防ぐため、人差し指から小指にかけて握らないと稼働しないようなっているようじゃのう。さすれば素早く抜ける」


 サムスは助言にしたがい、今度は左手人差し指から握り込んでみた。


 すると──


 ──バビュンッッ!


 凄まじい勢いで刀が鞘から発射され、天井に柄のほうから突き刺さってしまった。

 サムスも天才エンジニアも唖然あぜんとした。


「訂正じゃ。素早く抜ける、というよ、発射されると言おうかの」

「気をつけよう」


 サムスは刀を天井から慎重に抜いて納刀する。


「次に言うべきは、高周波ブレードの原理的な説明じゃ」

「なんでも斬れる魔法の剣、ってわけじゃないんだろう?」

「まあ、そうじゃの。だが、およそ斬れない物はない、そう言えるくらいには凄まじい武器じゃ」


 天才エンジニアは『黒金』を抜いて、その刃を指差した。


「柄に仕込まれた機構により、鋼の刃は超高速で振動する」

「やはり揺れてるのか。どれくらいだ?」

「はてな、見当もつかん。たぶん、毎秒、数万〜数十万回くらいは振動しとるかのぉ」

「それは…凄いな」

「高周波により刃物の原子間密度は上昇し、逆に切断物の原子間の密度は低下。超振動により、発生する摩擦熱もあいもって、万物を斬り裂く魔法の剣の出来上がりじゃ」


 サムスは真面目な顔をしてうなずいた。

 が、


「すまない、天才エンジニア。げんし、とか言う奴のあたりからもう一回説明してくれ」

 サムスに原子は難しかった。


「まあ、とにかく良く斬れる剣ということじゃ。大陸のもつ『魔法剣』に対抗して作ったわりに、科学力で『魔法剣』の性能を越えあった。悲しいことじゃの」


 天才エンジニアの嘆きを聞き、サムスは『黒金』を返してもらった。


 その後、サムスは天才エンジニアに引き続き『侍』の調査を依頼し『サイボーグ工房』をあとにした。

 

 サムスはこの日、いくつかの魔物退治の依頼をランドルフより受けていた。

 それを消化することが、本日のミッションだ。


「さあさあ、よってらっしゃい、見てらっしゃい!」


 スラム街を歩いているサムスに客引きが寄ってきた。

 客引きのすぐ後ろでは、大勢の人だかりができて、なにやら騒いでいるのが見えた。


「なんの騒ぎだ?」

「ストリートファイトだよ! ただいま5連勝中のゴーグル社から来た職業軍人がアツイよ!」


 サムスは興味を惹かれ、すこしだけひとだかりを覗いてみることにした。

 すると、人だかりの真ん中で、大柄な男が一方的に挑戦者らしきスラム住民を殴っているのが見えた。


 近くにいた野次馬に話を聞くと、どうやら昨日のマナハウス爆事件を受けてスラム街に見回りにきたゴーグル社の兵士が、ストリートファイトで小遣い稼ぎを始めたとのこと。


「おらあ! どうした貧弱なスラム住民どもが! 誰か俺様を倒せるチャレンジャーはいねーのかよ!」


「うわあ、またやられた…」

「んだよ、あいつ、強化内骨格でも詰めこんでんじゃねーのか?」


 スラム住民たちは、兵士の圧倒的な強さにもう参ってしまっているようだった。


「兄ちゃんも挑戦する気なら、悪いことは言わねえ。ボロ雑巾にされる前にやめときなよ」

 野次馬は気安くサムスの肩に手をおいて言った。


 サムスはその言葉に眉根をピクッと動かした。

 野次馬の手をふりはらう。

 茫然とする野次馬。


「誰がボロ雑巾だって?」


 ひどく単純なサムスはムッとして、人混みをかき分け、ストリートファイトの舞台へとあがった。

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