かわうそ料理店にて

 そんなこんなで、二人はかわうそ料理店にやってきた。


「あ、風魔! それにモジャラ! 久しぶりだね~。嬉しいなあ~」


  かわうそがニコニコと出迎える。かわうそは、真っ黒のツヤツヤ&さらさらの髪を肩の少し上で切りそろえ、おかっぱ頭にしている。 目は大きく、まつげも長く、鈴を振るようなかわいらしい声を持ち、物腰も柔らかで……。


 誰がどう見ても“かわいい女の子”だ。



 ―― 男の子なんだけど。



「かわうそ」の文字が入ったエプロンを、ひらひらさせながらかわうそが近づいてくると、風魔はおもむろに、かわうその頭のてっぺんにある、ふわふわの毛に包まれた耳をつまんだ。


「かわうそ、相変わらずふわふわでいいね」


 かわうそはハッとして身を引くと、

「わあ~! さわらないでよお! なんで皆そういうことするの? ぼく、嫌なんだからね!」と目をうるうるさせながら言った。


 と、いつの間にかカワウソの頭に飛び乗っていたモジャラが、もう一方の耳をつまみながら、

「いいなあ、おいらよりふわふわだよ」と言った。


「だぁ、かぁ、らあ!」かわうそは両手で自分の耳を抑えた。

「もぉやめてよ! ひどいよ~! 次やったら、じぇっこうするよ!」


 かわうそは顔をくしゃくしゃにして叫び、店の奥に逃げ込んだ。

 その様子を見て、風魔は微笑んだ。


「今のかわうその『絶交』の言い方は、かわいかったなあ……」

「でもさあ、なんでかわうそはいつも『絶交』って言ったことを忘れるのかね?」


 モジャラは思わず首を傾げた。


 風魔たちはかわうそ料理店に来る度に彼の耳を触るというセクハラ行為をしているので、実に8653214759685472369…回目の「絶交」宣言なのだが、かわうそはそれをすっかり忘れてしまっているらしいのだ。



「きっと栄養が足りないんだよ。かわうそは青魚をもっと食べるべきだ」と風魔は言った。

「まあ、僕はそれよりも、なんでかわうそはあんなにかわいいのに、女の子じゃないのかってことの方が不思議だけどね」


 二人は席に着くと、さっそくメニュー表を広げた。

 モジャラはテーブルの上に立ってページをめくっている。


「げ! 冷たそうなものが全然ない!」

「なんだって? 夏の盛りの今こそ、インド人の熱~いカレー……?」

「冷やし中華もそうめんもない!」

「熱々ラーメンだって……? 参ったなあ……」


 二人はげんなりした。


「それでなくとも暑いのに、どうしてこんなメニューしかないかなあ~」


 風魔がうめくと、「お~い! かわうそ!」とモジャラが店の奥に向かって叫んだ。


「はーい……。どうしたの?」


 パタパタと足音を立てて、かわうそがやや警戒しながら二人の席へやって来た。


「かわうそ、何か冷たい食べ物はないの?」風魔はメニュー表を指差した。

「あ、そういえば作ってなかった……!」かわうそが目を真ん丸にしながら言う。

「まじかよ!」

「うん、そうなんだぁ……。あのね、夜多郎やたろうがね、『夏はスパイシーなものが一番だぜ!』って言ったから……」


 早くもかわうそは涙声である。


「ごめんねえ、どうしよう……。冷たいカレーを持ってこようか?」

「それはただの冷めたカレーだろ……」


 ショックのあまり、テーブルに突っ伏してモジャラが呟いた。


「じゃあ、冷たいラーメンは……?」

「それはただの冷めたラーメンだろ……」

「しかものびてそう」


 風魔が追い討ちをかける。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!! ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!!」


 とうとうかわうそは泣き出してしまった。

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