吊り橋効果を乱用しよう!

 十時はすぐに、荷物をカウンター席に置いたままでやって来た。

 と、彼はドロを見て目をパチクリさせた。


「あなたは、えと……死神さん?」


 服がゴージャスすぎて、すぐには何者かも分からなかったらしい。


「あ、ハイ……ドロと申します……。初めまして……」

「あ、こちらこそ初めまして……。俺は、いや私は、幽霊の十時ですが……」


 十時はそう言いながら、夜多郎と風魔をチラチラ見て「状況説明を求める目」をした。


「そう言えば、十時にはまだ何にも話してなかったんだっけ」

「え、そうなのか? お前ら昨日も十時に会ったんじゃなかったのか?」

「昨日は、豆腐小僧のアイスを作るとか、雪子を人間に変身させるっていうことしか話していないよ。雪子が居るしね」


 モジャラも交えて二人は、ドロと昨日話し合いをしたこと、つまりドロの“初恋”をサポートしてあげることになったことを説明した。ドロは「雪子」という単語が出るたび頬を染め、恥ずかしそうに俯いていた。


「––––あぁ、なるほど! それでドロさんはこんな格好n……グハッ!」


 やはり十時は、ドロが大いなる変貌を遂げたことに関心を寄せたらしく、説明が終わった途端そう言いかけたが、夜多郎と風魔が同時に酒瓶を彼の口に突っ込んだので、黙らざるを得なかった。


「ゴホッ、ゴホゴホゴホッ……!」

「だ……大丈夫ですか?」


 一度に大量に酒を飲まされて咳き込む十時を見て、ドロは心配そうな顔をする。


 とは言え、これは「『服とか髪とかおかしいよ』と言って、これ以上ドロをネガティブにさせたくはない」という夜多郎と風魔の心優しい気遣いゆえの行動である。


「大丈夫、大丈夫だって、なぁ! 気にすんな! んなことより、そら、風魔の話を聞け!」

 

 ただ、いくらドロを気遣っても、そうとバレてしまっては仕方がないので、夜多郎は両手をふって慌ててごまかした。


「そうそう、今日は大事な話があるんだ」

「ヨッ、待ってましたあ!」


 すっかり酔ってしまってフラフラのモジャラが合いの手を打った。


「ドロさん、実は雪子は、来月僕らと一緒に人間界の海に行くことになったんだ」

「え、人間界の海……ですか……? あの、でも……雪子さんは、暑いと……その、」

「そう、普通は溶けてしまうのだけれど、この天才が一時的に彼女を人間に変えられる薬を作ってる」と、風魔はなかなか咳が止まらずに苦しんでいる十時を指差した。

「だから、真夏の海遊びも可能になりそうなんだ。そして僕は思った。こんなに良いチャンスを逃す手はないと」


 風魔はまた酒を飲みながら、「ドロさんは、吊り橋効果というものを知っているかい?」と言った。


「吊り橋効果……存じません……」

「あれだろ、簡単に言えばドキドキ・ハラハラ・チャンス・チャンス!」

「夜多郎、それはちょっと簡単に言いすぎ……」

「–––––人間界では、有名な話さ。吊り橋の上のような不安や恐怖を強く感じる場所で出会った人に対し、恋愛感情を抱きやすくなる現象のことなんだ。 人は、外的な要因でドキドキしても、恋愛のドキドキと勘違いしてしまう傾向があるもので、 この吊り橋効果をうまく利用すれば、気になる人ととの関係を発展させることも可能になる……。

僕たちは妖怪だけど、感じ方は人間に近いものがあるから………これを使えば良いんじゃないかと思ってね」

「なるほどね。じゃあ風魔は、海遊びの日に、雪子とドロさんを吊り橋に立たせようって言うのかい?」

「えっ、吊り橋……すみません、あの……私は高所恐怖症で……」


 モジャラの出した具体例に、ドロが慄いた。


「あ、そうなんだ……ドロさんは高所恐怖症なんだ……でも、大丈夫。舞台は吊り橋じゃなくて、海だから。つまり、僕が言った作戦というのは、海で雪子が何か恐ろしいものに出会い、困っているときに、勇気を持って立ち向かってそいつを退治してくれる……そんなヒーローにドロさんを仕立て上げるということなんだ」

「おお〜!!それは良いな〜〜!!」

「そこに目をつけるとは、さすがだなぁ……」


 モジャラと夜多郎は感心して、何度も何度も頷いた。

 ドロは何も言わなかったが、興奮のせいか、やや顔を赤らめていた。

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