雪女と夏を楽しく過ごすには
「海まで行かなくとも、近くに
「十時ちゃん、あなたってバカ? 女はね、水遊びがしたいだけじゃなくて、にぎやかな所で水着を着たいのよ!」
「じゃあ、ちょっと遠いけど、もうれんやっさビーチに行く?」と言ったのはモジャラ。
「あそこは嫌よ! だって、いつも暗いし荒れてるし、泳ぐと足をつかまれるし!人間界の海に行こうよ~!」
「えっ、人間界の海……」
マシュラを除く四人の妖怪と幽霊は顔を見合わせた。
「まぁ、たまにはいいかな……」
「……マシュラたちだけで行ってくればいいじゃないか」
モジャラは賛成したが、風魔は乗り気でない。
するとマシュラは、「どうして~! 風魔くんも一緒に行こうよ! 私、水着を着るし! ねぇ、見たいでしょ? 見たいでしょ? 見せてあげるからぁ……!」と風魔の左腕を掴んでぶんぶんと振り回した。
風魔は、それこそいつものように冷淡に、「別に」とでも言えば良いのに、マシュラにははっきりものが言えないようで。
見かねて、モジャラがへたくそな助け舟を出した。
「マシュラさー、そこで風魔が『見たい』なんて言ったら、スケベ確定だよ? 追い詰めちゃいけない話題だよ」
「あ……えへへ、そうだね!」
マシュラは照れ笑いをして腕を放したが、風魔は殺意のこもった目でモジャラを見ていた。
「とにかく、来月時間とって、みんなで人間界の海に行こうよ! 私は、素敵な海水浴場を調べておくから!」
「マシュラちゃん、学校は大丈夫なの?」
「心配しないで、十時ちゃん! その頃は天下の夏休みよ。堂々と遊べるわ」
「十時、オイラの為に、小さい浮き輪を作ってくれない?」
「OK、わかった! 後でサイズを計らせてくれ」
風魔を除く三人の間で、話は盛り上がった。
しかし、マシュラが「雪ちゃん、一緒に水着を買いに行こうね~」と、なぜか黙り込んでいた雪子に声をかけた時だった。
「マシュラちゃん、ごめんね……。私は海に行けないの……」
雪子は肩を落として、ため息をついた。
「私は雪女だから……。夏の間は、ほとんど外に出られないの……。暑いと溶けちゃうの……」
マシュラもモジャラも十時も、みな、言葉を失った。
確かに、この季節の雪子は、外が明るい間はよく冷えたこの店から全く出てこない。陽が完全に落ちてからでないと、音ヶ原にある自宅にも帰っていないのだ。
「本当はすごく行きたいんだけど、ごめんね……。私も夏の太陽と海はとっても綺麗で大好きだけど……雪女の運命なの……」
雪子は仕方がない、と言うように頭を振った。
「雪ちゃん……っ」マシュラは泣きそうな顔になった。
「そんな! 体のせいで、行きたいところにも行けないなんて!」モジャラは怒りの声を上げた。
「運命なんて! あまりにも理不尽だぁっ!」十時は早くもオンオン泣いていた。
「……風魔くん、なんとかならないかなぁ……」
マシュラはしゃくりあげながら風魔を振り返った。
「え? あぁ、なると思うよ」
風魔は、友人たちがびっくりして言葉も涙も止まるほどあっさりと、アイスを食べながら言った。
「————————なるんかいっ!」長い間をおいてモジャラが突っ込んだ。
「十時が協力してくれるならね」
見る間に風魔はアイスを食べ終わってしまうと「ごちそうさま」と言い、ちゃりんと音を立ててスプーンを置いた。
「オレが役に立つのならっ、なんでもする!」
「それは頼もしい」
十時はマントの裾で涙をごしごしとふき取った。
「どうしたら、雪ちゃんは夏も大丈夫になるんだ?」
「雪子がほんの少しだけ、他の妖怪や人間に変身できるような何かがあればいいんだ。雪女は暑いと溶けてしまうけど、他の妖怪や人間の体になれば平気だろうから」
風魔の言葉に、みなが目を見開いた。
「そうか、人間に変身すればいいのかぁ!!」
「そ、それはすごいアイディアだ……」
「さすが……私の風魔くん……」
十時はたちまち目の色を変えて、ぶつぶつと呟き出した。
「……妖怪を構成する物質は……ぴ湯ほふぃfくj×hig□ykg……貝〇ゆyvucさみ▽……」
「……おいおい、本当にそんなことできるのか?」
モジャラは人が変わったような十時に、若干引きながら言った。
「雪女から他の妖怪になるのは無理だけど、人間に変身することは出来るぞ!! 論理的には可能だ!」
「どんな論理だよっ!」
「まぁまぁ、オレにまかせろぉっ!」
十時はドンッと自分の胸をたたき、すぐに立ち上がると、「よし、やってくる!」と言い、踊りながら店を出て行った。
モジャラはその姿を目で追った。
「うわぁ、十時って頭が逝っちゃってるよ……。本当に大丈夫なのかな……」
「彼は天才だからね、多分大丈夫さ」
「そ、そうだな!」
風魔は興味なさそうに答えたが、その言葉は大いにモジャラを力付けた。
「……本当に、人間に変身できるのかしら? 本当に海に行けるようになれるの?」
「雪ちゃん! 行けるよ、絶対に!」
こちらでも、信じられないという顔をする雪子を、マシュラが励ましていた。
「うん、そうだね……。十時ちゃんはカビキラーソースも作ってくれたもんね……」
雪子の瞳からキラリと光る雫が落ちる。
それを偶然見ていた風魔は、珍しく気を惹かれて「おや、とても綺麗だ」と思った。そして、この場にドロが居ないことを残念に思った。
「よし、もう今から日にちを決めておこう!」とモジャラが張り切る。
「一か月後の今日って、どうかしら?」
「ちょうどいいな~」
「雪ちゃん、さっきも言ったけど、一緒に水着を買いに行こうね~」
「うん、マシュラちゃん……! それに、みんな……。本当にありがとう!」
雪子は着物の袖でさっと涙をふくと、両手を広げてバンザイをした。
「生まれて初めて、夏が楽しみよ!」
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