ドロさんの悩み
夜多郎が喋り疲れ、水を飲んだところを見計らって、風魔はドロに問いかけた。
「ところで、ドロさんが身投げをしようとした程の悩みって一体なんだい? 良かったら僕も力になるよ」
すると、ドロはフードに包まれた顔をパッと輝かせた。
「あ、ありがとうございます……」
「死神がこんなに礼儀正しいなんて……」モジャラが小さな声で呟いた。
「そうだドロ、もう一度聞かせてくれよ、お前の悩みをさ」夜多郎も頷いた。
風魔たちはドロが語り出すのを息を殺して待った。
ややあって、ドロはおずおずと喋り出した。
「あ、あの……じ、実は……」
「あーー?! 聞こえねぇなあ」
夜多郎は短気だった。
「夜多郎、うるさいよ。……ドロさん、もう一度お願いします」
ドロは息を吸い込んだ。
「あ、あの……じ、実は……」
「そこから始めなくていいよ~。続きが聞きたいんだって。」
モジャラも短気だった。
「モジャラもうるさいよ」
風魔は顔をしかめてモジャラをデコピンした。
「いてっ!」
「……ドロさん、もう一度……」
「あ、はい……」
ドロはかわいそうにうなだれつつ、再び口を開いた。
「じ、実は……。雪……に、あ、いや雪で、スキーを……したく、て……あ、あの! コイが、あ違……エサを、その……」
「何が言いたいんだかさっぱりわかりません」
辛抱強く待っていた風魔も、とうとうさじを投げた。
「ご、ごめんなさい……」
ドロは額に玉のような汗を浮かべ、消え入りそうな声で言った。
「だから言ったろ? ラチがあかねぇって」
「確かにこれは重症だ……」風魔は首を振った。
「本当に、一体どうしたんだい? どんな悩みなんだ」
「ドロ、お前、恥ずかしいから話せないのか?」
「あ、はい……恥ずかし、いです……」
「やっぱりそうなのか……」
風魔たちは顔を見合わせた。
「
「ああ、あの言いたくなくても真実を言っちまうやつ……。でも、それは魔法使いからしか借りられねぇからなあ」
「風魔があの子を通して借りればいいんじゃないの?」
「黙れ、モジャラ。今すぐ世界一周旅行に行きたいのかい?」
あれれ。風魔がモジャラの一言に血相を変えて怒った。風魔にも何か弱みがあるらしい。
まぁ、それはそれとして。
「カツ丼を食わせれば吐くかね? おいドロ、お前腹減ってるか?」
夜多郎は刑事ドラマの見過ぎである。
しかし、ドロが「はい、あの、少し……」と言ったので夜多郎のおごりでかわうそにカツ丼を作ってもらうことになった。
それから半時が経ち、ようやくドロの悩みが明らかになった。
ほかほかのカツ丼を食べて緊張が和らいだらしく、ドロは案外スラスラと話してくれたのだ。
「三日前のことでした……。私が、人間界で仕事をした後、普段は地獄へそのまま帰るんですが……何気なくあやかし村に寄ってみたくなって、“あやかし本通り”をフラフラ歩いていると……」
長い銀色の髪と、輝くような白い着物の裾を風になびかせた素晴らしく美しい雪女が、ドロの前を歩いていた。
思わずドロが見とれていると、彼女は突然振り返り、にっこり笑って月を指差し、「こんばんは。良い月ですね。」と声をかけて来たのだという。
その笑顔も声も仕草も、全てがかわいらしかった。また神々しかった。
ドロは文字通り、“魂を抜かれて”しまったのだ。
ドロが何も言えないでいるうちに、彼女は微笑み、軽く会釈をして行ってしまった。
後にはほんのりと甘い香りだけが残った。
明るい月の光の中、ドロはただぼぉっとその場に立ち尽くしていた。
「……それから、毎日が味気なくて……。あの人がいない世界がこんなにつまらないなんて思いませんでした……。でも、私はあの人に思いを告げるだけの……勇気も無い、そもそも名前も知らない……と思うと……しばらく何もかも忘れて眠っていたいと思って……。妖川へ飛び込むところを……夜多郎さんに……救って頂きました……」
「そうか、ドロさんは恋をしたんだね」
風魔はそう言って微笑んだ。
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