38:俺と彼女と帰省①
「それじゃあ、留守頼んだ」
そう言って光太郎さんは衣服やらが二日分ほどつまったバッグを抱え直した。
「うん。気を付けてね」
光太郎さんはお盆休みが始まったその日から、二泊三日で実家の方に帰るという。毎年お盆と年末はかかさず帰省しているとの事だ。
「…………その、なんだ。本当に着いてこなくていいのか?」
珍しく眉尻を下げた視線を向けられる。
最初帰省する話を聞いたときも聞かれたが、私は断った。
「もう、前にも言ったでしょ? 私の事なんて紹介するつもり?」
そう言うと光太郎さんは口の端を曲げて渋い顔をする。
「それはだな……知り合いの子だとか……こwsぇdとか……とりあえずなんか言いようがあるだろ」
「ん? 今なんて?」
「いや、なんでもない……」
誤魔化しているつもりなのか、首に手をそえ空を仰いで視線をそらした。
「それに、無理だから」
「……何が?」
不思議そうに問われ、私は頭を抱える。
「だって光ちゃんのお母様でしょ!? それにご挨拶でしょ!? 無理無理無理死んじゃう!」
ご挨拶とか、その前に色々順番があるんじゃないの!? っていうか私の心の準備が全然すんでないんですけど! 私、いったいどういう顔で光太郎さんのお母様に会えばいいの!? 女子高生ですが光太郎さんと同棲してますって? 信じてくれるのそれ?
だから、無理。私にだって色々準備したいこととかあるのだ。主に覚悟とか、心構えとか……。
「うちの母親をなんだと思ってるんだ。別にお袋はそんな気むずかしい人じゃないから平気だろ」
「そういうことじゃないんです。それ以前の問題なんです。そういうところだよ光ちゃん」
「どういうところだよ……」
呆れた視線を返される。呆れたいのは私の方なんだけどなぁ。
「そもそもなんで一緒に行こうなんて誘うの?」
「だってそりゃあお前──」
当然だという表情をし、
「お前寂しがり屋だから三日も離れて大丈夫かな、と」
事も無げに言われて少しムッと来た。
「私、そこまで子供じゃないんですけど! ほらほら行った行った! お昼過ぎには着くつもりなんでしょ!?」
光太郎さんの向きを変えて、背中をぐいぐいと玄関まで押す。
「わ、わかった。悪かった。押すなよ」
光太郎さんが促されるまま靴をはいて玄関のドアを開ける。
夏の熱気と蝉の声が流れ込んできた。
「戸締まりちゃんとしろよ? お腹だして寝るなよ? 家出るときはエアコン消せよ?」
「あー、はいはい。わかったから」
「それと──」
「まだあるの?」
「寂しくなったら、いつでも電話しろよ」
「──もう」
眉尻を下げて、しかし口元は笑いながら光太郎さんの顔を見上げる。
「本当は寂しいのは光ちゃんの方なんじゃないのー?」
そう言われて光太郎さんはキョトンとした顔をすると、
「そうだな。そうかもしれないな」
言葉の後に、苦笑を残した。
そんな素直に認めるとは思っていなくて、その反応が意外で、私の方がなんだか照れてしまう。
「なんか、もう。調子狂っちゃうなぁ」
「すまんな」
「別に、謝ることじゃないけど……まあいいや」
戸惑いはあったものの、悪い気はしなくて私は微笑む。
「それじゃ。行ってらっしゃい」
「ああ、行ってきます」
◇ ◇ ◇
「ただのノロケですわよねそれ」
マリーさんに若干呆れたような顔をされた。
昼の営業時間も終わり、夕方の開店まで休憩と昼のまかないご飯を食べている最中である。簡単なハンバーグプレートだが、良いお肉を使っているのか絶品な味わいだ。二人でハンバーグをつつきながら、私は朝の顛末を雑談がわりに話していた。
「行けばよろしかったですのに、実家」
「無理ですよぉ……想像しただけで心臓が爆発しそうですもん」
深呼吸するときのように、長い息を吐き出す。
今の関係を光太郎さんのお母様になんと言えば納得してくれるのか。それを考えるだけで気が重い。いっそ光太郎さんに任せてしまえば良いのかもしれないが、押し掛けているのが私である以上、そういうわけにもいかないんじゃないかと思う。なんというか、それはケジメみたいなものだ。
ただ、今会うべきタイミングなのかは、わからない。
居候とその保護者という関係だけで会って良いものなのだろうか。
「それに今日は夕方もバイトのシフトでしたし」
バイトを言い訳にして私は逃げているだけだろうか。
──正直、怖いのだと思う。
もちろん、会うのは緊張するのも確かだし、どう話せばいいのかわからないって言うのもある。
でも、たぶんそれ以上に、私たちの関係を否定されるのが怖い。
光太郎さんはそういう人じゃないと言ってくれたけれど、初めて会う人なのだ。私はどういう人かわかってないし、わからないものは怖い。
そんなわけないと思っていても、『もし』と考えてしまうと足がすくむ。
もし、私たちを否定されたら、と。
そうなってしまえば、このあやふやな関係も崩れてしまうのではないか。
それが──怖い。
否定されたからと言って、すぐに終わるような関係じゃないとしても、ただでさえ危うい関係にひとたびひびが入ればたちどころに壊れてしまうのではないか。そんな恐れが、私を立ち止まらせる。
もし、もし──私と光太郎さんがもっとはっきりとした関係であれば、怖がることもなかったのだろうか。
すくんだ足はうまく動かない。だから、私は逃げるように話をそらす。
「マリーさん、勉強教えてくれるって話でしたよね? 光太郎さんからそう聞きました」
「ええ、まあ。そうですわね」
「私の家でも大丈夫ですか? いつにします? あ、なんならどこか行きます?」
「ちょ、ちょっとお待ちくださいな。そんなに一気に質問されても答えられませんわよ」
その言葉に私はハッと口を押さえ、頬に熱が上がるのを自覚した。
「ごめんなさい。マリーさんと一緒にいられるのも楽しみで」
「あら、嬉しいことを言いますわね」
「えへへ」
「うーん、ですが──」
マリーさんはコーヒを一口飲むと、私を見てひとつ微笑んだ。
「
「────」
図星を付かれたと、つい思ってしまった。
「顔に出てますわよ」
「う……」
思わず頬に触れる。本当に顔に出ていたかどうかは不明だが、顔に出ていてもおかしくはないと思った。
「何を恐れているかわかりませんけれども……心配しなくても大丈夫ですわよ」
「そう言われても……」
「んー……そうですわね。
マリーさんは人差し指を顎に当て、微笑んだ。
「あなたの北条さんを信じるしかないのではなくて?」
「────」
「あなたと北条さんの話ですもの。なにもあなたひとりで考え込む必要なんてありませんわ。必要ならば、二人で乗り越えるのが最善ではなくて?」
その言葉に、私は感心するより先にむくれてしまった。
「なんだか、マリーさんの方が光太郎さんを信用しているみたい」
私の言葉に、マリーさんは一瞬キョトンとした顔を見せると、声をあげて笑った。
「ふふ、うふふふふ」
「ま、マリーさん?」
そんな笑うようなことだっただろうか。
「逆ですわよ。信用してないから、あなたをけしかけてるのですわ」
「え……?」
笑いを噛み殺すようにマリーさんは喉を鳴らす。
「ときに響花さん。こんな言葉を知っていて?」
「?」
唐突な話の切り替わりに私は首をかしげる。
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」
「しょうを……?」
「……お勉強が必要ですわね。まあいいですわ。要するに、北条さんのお母様を味方につければ、それは大変心強いと思いますの」
「なるほど……」
感心すると同時に、私は肩をおとした。
「……もっと早くマリーさんに相談すればよかったな。せっかく光太郎さんが誘ってくれたのに」
今さら後悔しても遅い、か。
「今からでも行けば良いですのに」
「だって家の場所わからないですし……どれだけ遠いかも……」
そう言ってため息をこぼしたとき、L○NEのメッセージ着信の音がスマホから鳴った。
それは、丸山さん──マルさんからのメッセージだった。
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