15:俺と彼女と脚
夜。
そんなもの関係ないとばかりに、駅のホームは明るい。
俺はチェック柄のワイシャツの上から、凝った肩を揉みほぐす。この間温泉にいったばかりだというのに、既に肩はガチガチに凝っている。
ふと、広告の看板が目にはいる。レジャー広告の看板は既に夏を意識し、海へのお誘いをしている。
日々暑くなっていっている。そんな時期だ。同じホームで待つサラリーマン達も背広を脱ぎ、ワイシャツのみの人が目立ってきた。俺も背広は暑くて家に置いてきた。今日から寒くなるまでクールビズだ。
それにしても、と思う。駅の広告看板はコロコロとよく変わるが、時おり目に毒なものもある。
特にあのゲームの看板は少し足を出しすぎなんじゃないだろうか。
線路を挟んだ向かいには「ロン○・アイランドは幽霊さんみたいに指揮官さんのそばにいるのー」という台詞と共に、二次元美少女がTシャツ姿一枚だけで、ちょっと太ましくも白く長い脚を晒している。
しかし、そのキャラを見ていると、なぜか妙な既視感がある。
ロング○イランド……直訳すると、長島?
似ているわけではないのだけれど……黒髪でTシャツ姿の美少女が長島というのは、なんだか親近感を覚えてしまって、ついつい眺めてしまう。
でもTシャツ一枚というのは、なんだ、目に毒過ぎるな。
実際響花が生足を晒していたら……と想像して──ダメダメ、エッチすぎます。おじさん許しませんよ。
ただでさえひとつ屋根の下で危うい関係だというのに、そんな格好されたら、色んな意味でたまらない。
しかし、暑くなっていって薄着になっていく季節である。着込め、肌を晒すな、なんて酷なことは言えない。
ううん……こう言うのはストレートに言って、あんまり無防備なのは良くないと忠告してしまおう。
そんなことを考えているうちに電車が来た。
電車に乗り込み、いつものように吊り輪に掴まりながら、先ほどのゲームの広告を見送る。遠ざかっていく広告を視界の片隅にとらえながら、そう言えば最初会ったときに幽霊じゃないかと勘違いしたこともあったなと思い出した。
家に帰るといつも居るし、本当に幽霊なのでは? とちらっと思ったが、買い物とかで他人に認識はしてもらっているのでそれはないなと思う。
そもそも幽霊ってなんだ。幽霊ってのはなんか透けてて、人には見えなくて、人を驚かすのに長けてて、足がなくて……。
つまり、なんだ……よくわからん。
生まれてこの方、見たこと無いものは信じられない。
そう言えば幽霊特集なんてテレビも最近は見なくなった気がする。SNSが人々を繋ぐこの時代、嘘なんて直ぐに知れ渡ってしまうから、テレビ局も色々誤魔化しが効かなくなって大変なのだろう。
そんなどうでもいいことを、ぼんやりと考えるのもいつもの事だ。こんな事を考えていることを響花に言ったらどんな顔されるのかとも思う。
たぶん、笑われるな。
それはそれで、まあいいか。
車掌の等着駅を告げるアナウンスが、家に近づいていることを教えてくれた。
◇ ◇ ◇
「おかえりなさいっ」
「ただ……ううん?」
家に帰り、いつものように笑顔で出迎えてくれた響花の姿を見て俺は首を捻る。
響花の体にはぶかぶかな俺のTシャツを着ているのは、良い。普段着として使って構わないと言ってある。
が、Tシャツの裾から見える赤ストライプのハーフパンツがわからない。あんなもの買っただろうか。というか見覚えがある気がする。
いや、気がするもなにも、それ俺のパンツじゃねぇか!
「なあ、長島……?」
「? なぁに?」
「今、穿いているものは何だ?」
「え? 光太郎さんのパンツだけど?」
うんうん。認識はしているんだな。
「よし、もう一度言ってみろ」
「光太郎さんのパンツだけど?」
「よし、声を大きくしてもう一度。何を、穿いてるって?」
「光太郎さんのパンツ穿いて──やだ、何言わせるのっ、光太郎さんの変態!!」
「違うだろぉっ!」
顔を赤くしてしなを作る響花の前で、俺は膝から崩れ落ちた。
「なんでお前、俺のパンツ穿いてるんだよ!」
「だって……スカートだと皺になっちゃうし、あのパジャマだとちょっと暑いし……ショートパンツ代わりに丁度いいかなって」
代わりになるかぁ!
「よぅし、もう一回冷静になって考えてみろ。──それ、俺のパンツだからな?」
「うん。────あー……?」
気がついたのか、響花は一瞬で顔を真っ赤にさせると。
「私、すごく恥ずかしいことしてる……?」
「気づいてくれたか……!」
というか俺も恥ずかしい。自分のパンツ穿かれているという状況に、居たたまれなさを感じる。
響花が風邪引いたときは替えがないのもあって、仕方ないと思ったが、こうやって普通に穿いてきて出てこられたら別だ。
「やだ、ごめんね! 脱ぐねっ」
響花が、ストライプのパンツに手をかけた。
いや、ちょっと待て!
「まて、ここで脱ぐ──」
「え?」
止めようとしたときには既に時遅く、膝下まで脱いでいた。
響花は耳まで真っ赤になると、小さく悲鳴をあげ
「ご、ごめんね! 脱衣所まで行く──」
そう言って振り返り、脱衣所に向かおうとしたところで──見事にすっ転んだ。
いやまあ、両足にパンツが絡まったまま動こうとすれば、当然そうなる。
お尻をつき出す形でへたりこんだ彼女のアホな姿をなるべく見ないよう、俺は目を覆って天を仰いだ。
ちなみに、白だった。ちゃんと自分のは穿いていたようで、ちょっと安心した。
◇ ◇ ◇
「いい加減機嫌なおして飯食えよ」
響花が作ってくれた夕食を温めて一人で食べている。今日はぶり大根と、副菜はたぶんスーパーで買ってきた漬け物だ。
響花は身を隠すように毛布にくるまり、ベッドの上でうずくまっている。よほど恥ずかしかったのだろう。
一応気を使って、テーブルに座る位置はいつものベッドを背にしてではなく、ベッドにいる響花と対面の形で場所を確保している。
響花は顔だけ毛布から出すと、恨みがましそうに俺を見ると、
「もうお嫁にいけない」
と涙目で訴えかけてきた。
俺が悪いんだろうか……?
「どんどん光太郎さんにお嫁にいけない体にされてるっ」
「やめろやめろ。その誤解しか生まない言い方っ」
俺はため息ひとつ吐いて、箸で響花を指す。
「いいだろ、パンツのひとつやふたつ見られたくらい。俺なんて穿かれたんだぞ。こっちの方が恥ずかしいわ」
「ぐぬ……それについてはまことに申し訳ありませんでした」
一応、ドライとはいえ、エアコンをつけたから暑いということはないはずだ。
本当はエアコン掃除してからつけたかったんだけどな……。
そんな事を考えながら白飯を口にいれていると、鳴き声みたいな音が聞こえた。
響花を見ると、僅かに頬を染めている。恐らく、響花の腹の虫の声だ。
「食べないと冷めるぞ」
「うう、はぁい」
観念したのか、響花は毛布を除け、ベッドの上から這い出てくる。
まあそうすると、だ。Tシャツの裾から響花の眩しいほどに白い太ももがあらわになり、どうしてもそれを目で追ってしまう。
いけないなと思いつつも、その綺麗な脚をチラチラと見てしまうのは男の性なのか。
性というか興味のない奴は人間じゃないだろ。無理だろこの脚見ないってのは。
今日見た看板広告は、これの暗示だったのかもしれない。
「光太郎さん?」
「……なんでしょう?」
響花が、どこか勝ち誇ったようにニヤついて俺を見ていた。
「えっち」
「はい、スイマセン」
もちろん、男の視線なんてものは、すぐに女の子にはバレてしまうもので……視線をそらして見てないアピールなんてしても意味がない。
こうして男はどんどん弱味を握られて、女の尻に敷かれていくのかもしれないなと思った夜だった。
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