34:俺と彼とビールビール!(6杯)
◇ ◇ ◇
「らっしゃっせー!」
「とりあえず生二つ」
「かしこまりましたー!」
駅前の適当な飲み屋に入ってボックス席に通されながら注文をする。日本全国どこでも通じるトリアエズナマは最強の言葉だ。席について三秒で注文が通じる。そして届くのも早い。注文して一分もしないうちに運ばれてくる。
「それじゃ、かんぱーい」
「乾杯ー」
ジョッキを音をたててかち合わせ、二人してビールをあおる。
キンッキンに冷えた炭酸がわずかな苦味と共に喉を駆け抜けていく感覚が気持ちいい。気がつくとジョッキの中身が空になっていた。
「おっ、飛ばすなぁ。光太郎そんなに酒強くないんだから、酔いつぶれんなよぉ」
うるせぇ。これから聞かれることを考えれば素面でいられるかよ。
「なんで急に来たんだよ」
丸山丸太。名前に丸が二つあって見た目も丸いからマル。こいつは俺の幼馴染みで数少ない友人と言える一人だ。髭面だが性格は結構温厚で、見た目に反して既に結婚もしているし子供もいる。
と、見た目に反してというのも失礼か。こいつはこいつできちんとやるべき事をやっている人間だ。そういう所で俺は彼を尊敬もしているし信頼している。
「マスターアップって言ったろ? コミKで出す新作ゲームが完成したからサークルのみんなと飲み会兼、配布物チェックしにきたんだよ」
コミKは毎年夏と冬に開催している大規模同人即売会だ。マルはほとんど毎回サークルの代表としてこの即売会に参加している。主に配布しているのはサークルで作った自作ゲームだ。
「それ、で……」
マルの目が興味津々といった様子で光った。
「あの娘だれ? どんな関係? もしかしてマジ犯罪やっちゃったぁ?」
こいつは俺が就職したときから毎年こっちに来ている。毎年夏になるとサークルで作ったゲームを見せびらかしに来て、宿がわりに俺の部屋に泊まっていく。そんなことをここ十年近く続けていて、女っ気のなかった俺の部屋に女の子が居たら、そりゃあ気になるだろう。俺が逆の立場だったら同じように聞いていた。
「犯罪とかはねーよ。まあ、なんだ……色々あって住み着かれてるだけというか……」
「色々? 色々ってなんだよぉ。教えろよぉ。あ、おねーさん生二つ追加で。あと焼き鳥のセットも!」
二杯目のビールを注文しながら、マルが身を乗り出してくる。
まあこいつなら話してもいいか……。それぐらいには俺はマルに心を許している。なんだかんだ言って幼馴染として付き合いは古いのだ。
「あー……かくかくしかじかでな……」
俺は今まであった経緯をざっくりと話す。
「ほうほう。なるほど」
俺の説明を聞いてマルはようやく安心したのか、なんだかほっとした表情を見せる。
「いやぁ、美人局とかじゃなくてよかったねぇ」
運ばれてきた焼き鳥にかぶり付きながらマルがそう言う。
「にしても……」
さっそく二本目を頬張りながらマルは言葉を続ける。
「光太郎、ずいぶんその娘に気に入れられてるねぇ」
「そう……だな……」
焼き鳥セットの残り三本も奪われながら、俺は歯切れ悪く答える。
「なんだよぉ。自信なさげだな。普通好きでもなんでもない男の家に入り浸ったりしないぞぉ」
「それは……俺もそう思うけど」
二杯目のビールを開けながら俺は言葉を漏らす。
「でも実際言葉としてはっきり気持ちを聞いたわけではないし」
「──ん?」
その俺の言葉にマルがジョッキを傾ける手を止める。
「……お前ら付き合ってないの?」
「…………残念ながら」
「えぇ……」
信じられないものを見るような目で見られた。
「付き合ってもない女子高生と同棲? なんなのその美味しいネタ」
ネタって言うな。
「でぇ……光太郎はその娘のことどう思ってるん?」
「そ、そりゃ俺も悪くは、思って、ないけど……」
「さっき自分で言葉にしないとわからないっていわなかったっけぇ?」
ぐ……。
俺は口の端を曲げ、いつの間にか置かれていた三杯目のビールを煽る。やはり素面じゃとてもじゃないが言える気がしない。
「ああ、好きだよ。俺は響花に惚れてる」
「うんうん。素直で宜しぃ」
くっそ。呑まないとやってられねぇ。頬が熱いのは酔っているからだ。そうに違いない。
「ならさっさと告っちまえよ。一緒に住んでるくらいだし成功率高いだろ」
「それは、そうなんだろうけど……」
俺の迷いを見て、マルは最初首を捻り、しかし納得したようにひとつ頷くと、
「そいやお前、素人童貞だったなぁ! 告った経験も告られた経験もなしかぁ!」
「うるせえ!」
おのれ、人が気にしていることを!
「告白なんてばーんと行って、ぐっと抱き締めて、ぶちゅーってすればいいんだよぉ! 妻帯者の俺を信じろぉ」
「妻帯者と信じられないくらいに抽象的!」
四杯目のビールに手が伸びる。
「っていうか、告白って流れ的なものがあるだろ? なんつーか、こう雰囲気っつーか」
俺がビールジョッキを片手に言うと、俺の言葉が面白かったのか、マルは口を大きく開けて笑った。
「童貞かぁー!」
「素人童貞ですけどぉ!?」
くっそ、妻帯者の癖になんの参考にもなりゃしねぇ!
「家庭持ちらしいアドバイスはないのかよ」
「アドバイスなぁ……俺も恋愛経験豊富じゃないんだけど」
「素人よりはマシだりょ」
いかん、呂律が回らなくなってきた……。
マルは飲み干したビールジョッキを置く。そして、
「アドバイスは──」
「アドバイスは?」
前のめりになってその言葉を聞き逃さまいとする。そんな俺を前にしてマルはニヤリと笑うと、たった一言で彼の答えを口にした。
「ない!」
「役に立たねぇこの熊野郎!」
ダメだ。相談する相手を間違えた。前のめりになっていた反動で俺は力なく椅子に背中を預ける。
「まあ俺が言えるのは二つ」
マルは人懐こそうな笑みを浮かべた。
「魚は逃すなよぉ」
それと、
「当たって砕けろぉ。恋愛なんてごちゃごちゃ考えずに貫き通すのが吉さぁ」
何杯目かのビールを傾け、黙ってその言葉を聞く。
それはその日、唯一の収穫的な言葉だったと思う。
※ ※ ※
さっきの人誰だったんだろうとか、光太郎さん遅いなぁとか、もしかして変な事件に巻き込まれたんじゃとか不安がっていると、玄関のチャイムが鳴った。
夜も更け、12時が近くなった頃だ。
流石にちょっと警戒しながら覗き窓を覗くと、さっきの丸山さんと名乗った髭面のおじさんと、その首にもたれ掛かるように光太郎さんがぐったりしていた。
「光太郎さん!?」
何があったのかと、私は慌ててドアを開ける。その勢いに丸山さんは驚き、そしてそれを隠すように苦笑いをした。
「光太郎さんどうしたの!?」
丸山さんにもたれ掛かっている光太郎さんに近づくと、光太郎さんは崩れるように私の肩に体重を預け──その身に纏う臭いに気がついた。
「お酒臭い……」
「うぅ……頭、いてぇ……」
その様子を見て丸山さんはひとしきり笑う。
「こいつ呑みすぎちまってさぁ!」
「響花……悪いけど、水……」
なんなのぉー!? 一瞬すっごく心配しちゃったんだけど酔いつぶれちゃっただけ!?
内心少し怒りがわいたが、その辛そうな光太郎さんの表情を見てまた心配になってくる。
「と、とりあえずベッド行こ?」
光太郎さんの腕を首に回して引っ張っていく。ちょっと重いけど、光太郎さんも完全に意識を失っているわけではないようで、あまり体重を私に預けないようにして歩いてくれた。
ベッドに光太郎さんを腰かけさせて、コップになみなみと水を注いで持っていく。
「ありがと……」
光太郎さんは私から水を受けとると、一気に半分飲み干し、あとは少しずつ飲み下していった。
「大丈夫? 背中さすろうか?」
「いや……やめてくれ、マジで吐く……」
「ハハハ、酔っぱらいの介護は初めてかい? 大丈夫。光太郎は酔うのははえーけど、抜けるのも早いから」
「そうなんですか? あっ、水持ってくるね」
私はもう一度台所で水を組み直して光太郎さんに手渡す。
「なんでまたこんなになるまで呑んで……」
「まぁまぁ、光太郎を責めないでやってよ」
「でも……」
「大人だって悩むときはあるさぁ」
「そんなの、私にいってくれればいいのに……」
「女の子だって男に言えない悩みがあるだろぉ? 男だって同じさぁ」
そう言われてしまうと返す言葉がない。
丸山さんは私に視線を向けると、
「響花ちゃんだっけ?」
「? はい」
「光太郎のこと、よろしくねぇ」
「え? あ──はいっ」
言われなくてもそのつもりだけれど、私は返事をする。私の言葉に納得したのか丸山さんは大きく頷くとほがらかに笑った。
「さて、じゃあ俺はおいとましますかぁ。二人の邪魔するのも悪いし」
「マル……ちょっと待て、飲み代……」
光太郎さんがのろのろと財布に手を伸ばす。
「いいよいいよぉ。今回は貸しで。その代わり──」
丸山さんは満面の笑みを浮かべた。
「二人の話を今度じっくり聞かせて欲しいなぁ」
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