30:俺と彼女はストレート娘
その店は新宿オフィス街の一角にあった。
マリーさんとやらから電話が来た翌日、真夏の太陽と都会の熱気が俺たちを焼く中、俺と響花はその店を訪ねていた。
場所の連絡とブログサイトでなんとなく気づいていたが、俺の職場に結構近い所だ。なんなら何回か昼食で利用したこともある。
木造の店内に仕上げた、落ち着いたいい感じの店だったのを覚えている。
俺は、いったい、なんて恥ずかしい勘違いを……。
手に持った紙袋を落としそうになる。
いや、しかし、あんなメッセージ来て、相手がブロンド髪の美人とか怪しさ満点じゃねぇか。俺その人物と会ったことないし。バイトのお誘いといっても、良くてキャバクラ。悪けりゃ振り込め詐欺だの、変な売買に参加させられるのだの、良くない事を考えてしまう。
一見普通のこの店が裏では……なんてことも考えるが、天下の東京でそんな風営法に引っ掛かる真似を選ぶ店には見えない。
とりあえずひと安心し、入り口に近づいたところで、俺の手が止まる。
「どうしたの?」
「あー、いや。今日休みっぽいぞ」
ドアにはCLOSEとかかれた看板がかかっており、本日定休日とも書いてある。
サラリーマン向けの店にはよくある、日曜日が定休日の店だ。
「あれ? そうなんだ。L○NEで聞いてみるね」
そう言うと響花はスマホをバッグから取り出す。
『きょーか:マリーさんお店の前に着いたよー』
『Marry:わかりましたわ』
すぐに返信が来る。
程なくしてお店のドアが開き、一人の女性が顔を出した。
「お待たせしましたわね」
確かにブロンドヘアーの日本人離れした美人だ。黒を基調としたシャツにタイトスカートと腰から下だけのフリルのついたエプロンをしている。恐らくこの店の制服だろう。
「お久々ですマリーさん」
「お久々ですわ──……前より可愛くなりまして?」
「へっ!?」
おいおい。
「出会い頭でうちの子を口説かないでください。これ、詰まらないものですが」
「あら。お気遣いありがとうございます」
紙袋に入った菓子おりを差し出すと彼女は軽く膝をおって受け取った。たぶんロングスカートなら裾を掴んでたような仕草だ。外国のファッションモデルのような外見のせいか、妙に様になっていた。
「さ、暑いでしょう? 中にお入りになって」
そう言ってマリーさんはドアを大きく開いて俺たちを招く。入り口に近いテーブル席に案内され、俺と響花は並んで座った。
冷房の効いた室内は涼しく、それだけで人心地ついた気分だ。
マリーさんがお冷やを持ってテーブルに腰かける。
「では、改めまして──立花マリーと申します。偉そうに呼び出しておいてあれですけど、私もバイトですから、そうお気遣いなく」
「北条光太郎です。うちの響花がお世話になります」
「うちの響花……」
俺の言葉を反芻するように響花がポツリと呟く。
「? どうした?」
「ううん。なんでもない」
響花は慌てて首を横に振った。なんだと言うのか。
「フフっ」
俺たちの様子を見てマリーさんはクスリと笑い、しかし俺たちの視線に気づいて咳払いをしてごまかした。
「失礼しましたわ。店長と面接する前に軽くこの店の紹介をして置きますわね」
そう言って、マリーさんはテーブルのスタンドに立て掛けられていたメニューを取り出す。
「まあ見ての通りの洋食屋ですわ。イタリアンが主流ですけれども、そんなにかしこまったものではなく、オーソドックスな料理を提供してますの」
メニューを開いて見せながらマリーさんは説明する。
確かにカルボナーラやリゾットなどから、ハンバーグやオムライスまでオーソドックスな洋食で占められている。
「昼は11時から15時まで。夜は17時から10時まで営業してますわ。夜はディナー用にワインなどのお酒も出していますけれど……昼はノンアルコールのみですわ」
それで、と彼女は続ける。
「響花さんには昼のシフトに入っていただきたいんですの。お仕事的には昨日もお伝えしましたけど……お客様かとの接客がなりますけれど、他には皿洗い、レジ打ち、開店前と閉店後の掃除になりますわ」
「は、はい」
仕事の話になったからか、響花の表情がわずかに険しくなった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですわよ。表情が固いと損ですわ。貴女は笑顔がよく似合いますもの」
「は、はい……」
その言葉に響花は照れたのか、頬を染めうつむいた。先程と言葉は同じでも、態度がまるっきり違う。というかナチュラルに口説くのは癖なんだろうか。
「自然体で……といっても初バイトですものね。どうして緊張してしまうかしら?」
「ううん。どうなんでしょう? 緊張というよりドキドキします」
「いやそれは緊張してるってことだろ」
突っ込みをいれると、響花は「それはそうだけど……」と唇を尖らせた。
「当たってぶつかれ。面接なんてそんなもんでいいんだ」
「そうなの?」
「少なくとも俺の経験上はな」
響花は少しだけ悩むように口に指を当てたが、すぐに笑顔を俺に向けてきた。
「わかった。やってみるね光ちゃんセンパイ」
「なんだそれ」
あきれた目で見返すが、響花はふふっと軽く声をあげて笑うと、
「だって人生のセンパイでしょ?」
とのたまった。
「さて、それじゃ店長のところに案内しますわね」
「はいっ」
席を立つマリーさんの後ろについて、響花が店の奥に向かっていった。奥にあるドアの向こうに二人の背中が消えていく。
しばらく暇になるなと店内を眺める。時おり外から車の音が聞こえるぐらいで、店内は静かだった。聞こえてくる音といえば、冷房の稼働音ぐらいのものだ。
その音を打ち消すように再び店の奥のドアが開いた。
出てきたのはマリーさんだけだ。
コツコツと足音をたてて俺の方に向かってくる。
「響花は?」
「今、店長と面接中ですわ」
「そうですか……」
マリーさんは俺の対面に座ると、テーブルに肘をつきねめつける様に俺を見てきた。
「……何か?」
美人ににらまれるとどうしてこう迫力があるのか。
「単刀直入に聞きますわ。北条さん。貴方。響花さんとどういう関係ですの?」
「どうとは……ただのおじと姪ですが」
「ふぅん……」
マリーさんは探るように目を細めると
「ずいぶんと用意した答えのようにおっしゃるのですわね」
「……何が言いたいんです?」
「いえ……ですがちょっと気になりましたの。昨日朝お電話したときに、なぜ貴方は一緒にいたのかしら、と」
彼女は俺の様子をうかがうように一拍置き、
「叔父と姪ですのよね? 少し不自然に思いまして」
「あー……事情ありましてね。一緒に暮らしてるんですよ」
「事情、ねぇ」
「プライベートなことですので。聞くなら本人に聞いてください」
聞けるものなら、と言外に含めて言う。
「本当にそれだけですの?」
「それだけとは? ……それにしても、やけに突っ込んで聞きますね」
「そりゃあ、短い間とはいえ響花さんは
「そうですかね……必要ないと思いますが。というかあの子はまだバイト決まったわけではないでしょう?」
「大丈夫ですわよ。まあ勘ではありますけど」
その自信はいったいどこからくるんだろうか……。
「それより、あなた方の関係についてもっと気になることがあるんですの」
「はあ……」
今度はなんだ。
彼女は表情を崩し、悪戯っぽく微笑むと、手ではーとマークを作り、
「ずばり恋人同士……ではなくて?」
「…………はあ?」
「以前響花さんとお話ししている時、ビビっと感じましたの。そう、ラヴ的な波動を!」
「はぁ……」
さっきから、はぁとしか言葉でない。
急になに言い出すんだろうこの人。
「おじと姪なのですが……」
「そんなの関係ありませんわ! そもそも本当かどうかも怪しいですし」
「…………残念ながら、そういう関係ではないです」
「照れなくてもいいですわよ?」
「照れてもいませんし、そういった仲ではないのは事実ですから」
きっぱりと言い放つ。
マリーさんは不満げに口を尖らせて見せる。
「北条さんは響花さんの気持ちに応える気はありますの?」
「そんなの……貴女に答える必要はないでしょう?」
「まあ、そうですわね。けれど──」
彼女は緩む口許を隠すように手を当て、
「響花さんのその気持ちには気づいているのですわね」
「む……」
「もし気がついてなければ答える必要がない、なんて回答にはなりませんわ。それはわかっている人の回答ですもの」
「…………」
自然とため息が出る。首に触れ、俺は彼女を睨み付ける。
「あんた、ずいぶん突っ込んで聞いてくるんだな」
俺は敬語をやめた。こんなぶしつけな相手に敬語を使うのが面倒くさくなってきた。
「あら、女は恋バナには敏感なものですわ。それも年の差カップルとなれば興味はつきませんもの」
彼女は気にもとめず楽しそうに目を細める。
「興味本位や暇潰しで人の懐にずかずか入ってくるのはやめてくれ」
「心外ですわね。暇潰しなどではありませんわ。むしろ応援したい方ですのよ」
ホントかよ。というか興味本位の方は否定しないのか。
「まあともかく現状はわかりました。それで──」
試すような視線が来た。
「貴方は響花さんとどうなりたいんですの?」
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