18:俺と彼女と離れる距離③
◆ ◆ ◆
別れの日の朝は雨だった。軒先から定期的なリズムで雨水をベランダに滴らせている。
今までお同じように朝食を食べ……しかし、交わされる言葉は少ない。
昨日までは朗らかだった空気が、今日はやけに重く感じる。
出社の準備を済ませ、鞄を持つ俺と共に、響花も持っていたリュックを背負って家を出る。
アパートの階段を下りて、駅までの道をを二人で歩く。
ただ、並んで歩くのではなく、数歩響花が前に進む形だ。
前を歩く響花の表情は傘に隠れてうかがい知れない。でも多分あんまりいい表情はしてないのだろうなと思った。
家に帰るのが憂鬱なのか、それとも俺と離れるのが──、
いや、と首を振る。それは幾らなんでも自惚れすぎた考えだ。
結局声をかけられないまま、駅までの十五分くらいの距離を俺達は無言のまま歩いた。
駅につき、改札を抜け、駅のホームに移動する。
互いに池袋方面ではあるが、
「光太郎さんはどの電車?」
「俺は次の次、だな」
「そっか、私は次の電車」
俺は快速で彼女は準急だった。
だから、ここでお別れになる。
「今日までありがとうね。光太郎さん」
「ああ」
「いつか、また遊びに行ってもいい?」
「もちろんだ」
「ありがと……」
≪二番線に池袋行き準急列車がまいります。危ないですから黄色い線の内側までお下がりください≫
響花が薄く微笑むと同時に、ホームに電車が到着するアナウンスが流れる。
ほどなくして電車がホームに滑り込んできて、俺の視線は自然とそちらに流れてしまう。風を切って入ってくる電車には既に多くの人が乗り込んでいるのが見えた。
「光太郎さん」
呼ばれ、俺は響花に顔を向ける。
「この二週間ちょっと、楽しかったよ」
「ああ、俺もだ。今日まで色々とありがとう」
「うん」
こんなありふれた言葉しか出てこない自分に苛立ちを感じる。もっと言わなければならないことがあるんじゃないか。もっと気が利いた言葉があるんじゃないか。そう考えるが、何の言葉も浮かんでこなくて絶望する。
電車が止まり、ドアが開く。何人かの人が降り、それ以上の人が乗り込んでいく。
「それじゃあ、光太郎さん」
彼女の目から何かが──こぼれ落ちた気がした。
「バイバイ──」
人混みに紛れ、彼女は電車に乗り込んでいった。
すぐにドアが閉じ、サラリーマン達の影に隠れて彼女の姿は見えなくなる。
別に彼女との繋がりがなくなったわけではない。L○NEだってあるし、連絡を取り合えれば会えるだろう。
けれど何故だろうか。
このまま分かれてしまえば、そんな未来にならないような、そんな気がするのは。
小さくなる電車を見送りながら、どこか歯車がずれているような、そんな言い様のない気持ち悪さを感じていた。
これでいいのか? と、誰かが囁いた。
これでいいのだと俺は自分に言い聞かせる。それぞれが、それぞれの日常に戻るだけだ。元々おかしかったものが正常になるだけだ。
家出なんてしないで済むに越したことはないんだ。
だから、これでいい。これが
「…………っ」
思考にノイズのような疑問が挟まる。それは考えてはいけない思考だ。けれど、一度わいた疑問は消えてはくれず、俺の脳内を侵食する。
本当に、正しいのか?
俺はいったい、彼女の何を知っている?
俺は、何をもって、これでいいのだと判断した?
スマホを取りだし、黒い画面を睨み付ける。
彼女は、響花はいったいなぜ家出した?
その答えに、たどり着く権利ぐらい、俺にはあるんじゃないのか?
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