眠りの果て
夏野けい/笹原千波
Once upon a time...
闇のなかを光の粉が漂う。彼は剣のつかに手を添えたまま、それを追っている。狭い螺旋階段は果てしなく続く。古城は湿った石と
「もうすぐよ」
艶めかしい女の声。彼はかすかに身をこわばらせる。足もとに影が落ちはじめる。白々とした外の光が忍び込んでいた。目指す場所は近い。
息を切らして躍り出る。最上階は荒れ果てていた。崩れた壁から陽が射している。生い茂る蔦には毒々しい色の花が咲く。
説明されていた通り、豪奢な寝台があった。天蓋つきで、柱には細かな彫刻が施してある。目隠しの絹布は重たげに下がる。
「ごらんなさい」
寝台を隠していた布がひとりでに外れる。彼の息は、しばし止まった。
少女が横たわっていた。装飾の多い夜会服のまま、胸の上に手を組んでいる。
熟れた麦の穂の色をした髪が豊かに広がる。ふっくらとした枕には小さな頭が乗っている。
磨き上げられた大理石よりもなめらかで、真珠よりも清い肌。夜明けが空に紅をさすように、ほのかに染まった頬。閉じた瞼から伸びる長い睫毛。穏やかな弧をえがく眉。そして、静かに結ばれた珊瑚色のくちびる。
「さぁ、口づけを」
彼は
「どうしたのです。口づけさえすれば姫は目覚め、あなたのものになるというのに」
彼の手が寝台のふちにかかる。少女の髪は春の小川のように彼の肌を迎えた。甘い、かすかな吐息が彼の頬を湿らせる。くちびるがゆっくりと重なる。
瞼がひらく。深々と
少女と目が合うまでの短いあいだに、彼は後悔しただろうか。
いまや、怯えていた男はいない。彼女は大輪の薔薇のごとくほころんでいる。その濃く甘い蜜のなかに、彼はすでに溺れていた。彼を導いていた声は幻と消え、光は彼女の肌に溶け、男と女のさだめとしてふたりは簡単に結ばれる。
蔦の花が風になびく。毒々しい色の顔で、彼らのおこないをのぞき込んでいる。
眠りの果て 夏野けい/笹原千波 @ginkgoBiloba
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