ご無沙汰しております。
はじめての単著となる短編集が出ることになったので、お知らせにまいりました。タイトルは『風になるにはまだ』、東京創元社より、8月21日頃に発売される予定です。
本作は2022年に創元SF短編賞を受賞した表題作と世界を共有する短編による、6編の連作です。この世界では、生身の肉体で生きることに困難を抱えた人たちが仮想世界に移って〈情報人格〉として暮らすことができるのですが、その技術は完璧なものではありません。情報人格は不死ではなく、現実世界との隔たりを不自由に思ったり、自己の存在の終わりに恐れを抱いたりしながら過ごしています。現実に残った人たちもまた、情報人格となった家族や友人に複雑な想いを抱いています。
未来ではあるけれど、かれらにとっては今である時間を、丹念に描くことができたと自負しています。3年の時間と、私の作品のことを本気で考えてくださった方々のおかげです。それから、受賞以前の私にみなさまがかけてくださった言葉も、この物語と今の私にとっては大切なものです。
触れえぬ距離で誰かを想う、ということは、案外日常においてもありふれているのだな、と大人になって思います。時間の流れのなかで手を離してしまった人、連絡は可能でも私ではなんの救いにもなれないとわかっていて見守るしかない場面、どうしても言葉にならない気持ち。
カクヨムで小説を書くなかでも、そんな瞬間は幾度かありました。ここで出会った作家さん、読者さんのなかには、心のすごくやわらかいところを共有したことがあるはずなのに、もう私から声をかける手段がなくなってしまった方が何人かいます。アカウントが消えてしまえば、更新が止まってしまえば、相手の生存を確かめるすべはありません。なんて儚い付きあいだったのだろう、と寂しく思う日もありました。今でも、その方たちがどこかで元気で過ごしていらっしゃることを祈ることがあります。
さいわいにも、私の書いた物語は素敵にパッケージされて、遠くの町にも置いていただけることになりました。どこか私の知らない町で、私の大切な記憶のなかにいる人がその本を手にとって、私だと気づいてくれたら。虫のいい夢かもしれないけれど、昔の名前を消さないのはそのためです。
たくさんの人の力をお借りして出来上がりつつある本です。私の本、と呼んでもいいはずだけれど、それは違うという気持ちもあります。
どうかこの本がよい出会いに恵まれますように。あとすこしで私には祈ることしかできなくなってしまうという今、そう願ってやみません。
(版元の書籍情報ページ→https://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488021061)