逃げ場なし



「に、逃げよう!」




 俺の言葉を聞いて、半泣きになりながら俊和は反射的に叫んだ。


 顔色はもの凄い勢いで青ざめ、ガタガタと震えだす。


 エイリアンの襲撃に遭い、奇跡的に助かった少年は確実にエイリアンにトラウマを抱えていた。


 寧ろ、エイリアンへのトラウマが無かったら、精神的な化け物だと俺は思うけれど。


 って、左目がもう痛みが無くなってきた。回復力が高いな。


 いや、この程度だから直ぐに治ったのか? まだ、この身体のことは分からないことだらけだ。前に包丁で指を切った時に指が切れないから、この体は怪我をしないと思っていたけれど、やっぱり怪我するんだな。




「俊和、残念だけど逃げる場所はないよ」


「で、でもぉっ、逃げないと! ま、また!!」




 取り乱す俊和を見て、俺は拙いと思った。


 まずは落ちつかせないと、そう思って俺は俊和を抱きしめた。


 子供を安心させるなら抱きしめてあげるのが一番効果的だとテレビで行っていた様な気がする。




「大丈夫!!」


「――っ?!」




 ぎゅーっと俊和を抱きしめながら、俺を少し見上げるように見つめてくる俊和を俺は安心させる為に自信を持って俊和にこう言った。




「幸い、エイリアンの数はそこまで多くはない。十分倒すことが出来るから」


「ほ、本当?!」」


「ああ、本当だ。こちらは空母、相手は駆逐艦の様なものだ。問題ない」




 ……敵は遠目から見ても大きい船だった。それに大砲みたいな物はなかったように思う。


 つまり、相手は空母の可能性もある。あの大きさで艦載機をどれだけ乗せられるのか、想像もしたくはないけれど。


 そういえば、エセックスとか赤城の大きさで大体八十から百機だっけ? 遠目だから詳しい大きさは分からないけれど、敵が空母なら最低でもそれくらい居ると思った方がいいよな。


 更に言えば、対空迎撃能力も考えると……。


 うん、どうしよう、勝てる気がしなくなってきたぞ。




「俊和が隠れる場所とか無い? お婆ちゃんから何か教わっていない?」


「あ、あるけれど、けど……」




 多少、落ちつきと顔色が戻った。でも、今の俊和の表情に浮かんでいるのは、多分罪悪感だ。


 俺だけが戦い、自分だけが隠れていることへの抵抗。




「時間が無い。そこへ必要最低限の物だけ持って、移動しよう」


「あ、うん、わ……分かった」




 俺は俊和の手を引いて、急いで家に戻った。


 家に戻る途中で聞いた話だと、昔の防空壕があるらしい。


 この世界でも太平洋戦争が起こっていて、この島も一時期軍の小さな基地が作られたので、この防空壕も小さいけれどしっかりとしたものらしい。




「これは、近くの民家の瓦礫か? ここまで吹き飛ばされてきたのか……酷いな」


「エイリアンの襲撃時の攻撃で、入口が半分くらい崩れているけれど、使えるよ?」




 移動途中にあった窪みから砲撃されたことは分かっていたけれど、ここまで瓦礫が吹き飛ばされているなんて。凄いな。




「よし、中が使えそうだし、荷物を運ぶよ」


「うん……」




 俺は食料や種などの今後に必要な物を入れたリュックを背負い直して、防空壕の奥へと入る。


 防空壕の中は所々コンクリートが剥げていたりもしたが、問題なさそうに見える。


 ただ、多少湿っぽく感じた。


 けれど、他に比較的安全な、隠れられる場所はこの防空壕以外ない。


俺は必要な物を運び、少しでも俊和が生き残れる確率上げる為に行動をした。




「俊和、その木箱は?」


「え、ああ、この木箱はお爺ちゃんの形見なんだ」




 ある程度防空壕に必要な物を運び入れた時、見慣れないティッシュ箱くらいの大きさの木箱が置かれていた。


 俊和は、その木箱を大事そうに持つ。




「形見の品?」


「うん、お守りでくれたんだ」




 そう言って、俊和が木箱を開けると中に入っていたのは、古いタイプの拳銃だった。


 ミリオタではないから詳しい名前は知らないけど、ルガーだっけ?


 男だった時に見たアニメ、ル○ン三世が使っていた拳銃に似ている。




「お爺ちゃん、陸軍の将校さんと友達だったんだってさ。その人が若く亡くなった時に形見として貰ったんだって」




 若くして……ね。俊和のお爺ちゃんも戦争経験者なら、持っていてもおかしくはないか。




「それ、結構綺麗な感じだけれど」


「お爺ちゃんが良く手入れしていたんだ。あまり覚えてないけどお守りだって、お爺ちゃんが死ぬ時にくれたんだ」




 俊和が物心付くかどうかの時期にお爺ちゃんが死んだのか。




「危ないから、仕舞っておいてね」


「うん、分かっているよ」




 拳銃を木箱に仕舞う俊和。


 ふと、この世界の人類の兵器はどれくらいエイリアンに有効なのか、少し疑問に思ったけれど、それどころではないと首を横に振った。






 それから、俺は防空壕を隠すために、彩雲の視界を繋ぎながら、防空壕の入り口を封鎖して分かり辛くした。


 これなら、最悪の場合。俊和だけでも隠れて生き延びられるかもしれない。




「これでよし、俊和。防空壕に中に入ってくれ」


「……やっぱり嫌だ」


「俊和、あのな」


「絶対嫌だ! やっぱり逃げよう!」


「どこに?」




 俺の言葉に俊和は動揺し、迷いながらも「本土」と力なく答えた。


 ハッキリ言おう、本土がどうなっているのか分からない。本土の位置も分からない。


 その状況で、本土を目指すなんて自殺行為だ。


 エイリアンを迎撃して、追い払ってもう一度本土の位置を確認してから、この島から逃げた方がまだ安心できる。


 ……迎撃出来るか分からないが。


 けれど、俊和を背負って海を移動するリスクを考えれば、迎撃した方がまだ生き残れる可能性がある。


 初陣だけどね!




 ……やっぱり、俊和背負って本土があると思われる地域へ逃走した方がいいのかな?


 本土の様子と、位置が分からないのが痛い。どちらを選んでも博打だな……。




「俊和、泣かないで」


「泣いてない!」


「うん、なら大丈夫だな」




 俺は強く俊和を抱きしめる。抱きしめながら、俊和の頭も撫でる。


 男だった時、俺に兄弟はいた。


 でも、それは優秀な兄二人で、俺は落ちこぼれだった。


 全てを覚えているわけではない。けれど、兄二人は俺を見下していたのは覚えている。


 だからだろうか、妹や弟が欲しいと俺は何度も思った。




 まあ、妹や弟が優秀で兄をゴミ扱いするなんてのは、普通に起こる可能性があるから、実際のところ要らないと結論になったけど。




「まだ、来ると決まったわけじゃない。来る可能性が高いと言うだけだ」




 ……嫌な予感がするから、たぶん来る気がする。


 こう言う時の感って当たるんだよね。腹立つけど!!


 それにもう完全に日が暮れる。戦闘気での夜間戦闘は無理だ。いや、ここは月明かりが多い。無茶すれば出来なくはないだろう。でも、ただでさえ初陣で、単独での戦闘。


 出来ることなら、来ないでほしい。




 俺は神様に祈りながら、俊和の傍に寄りそうことにした。


 今このタイミングで、俊和の傍を離れることが不安だったからだ。だから、俺は夜間飛行は危険だけど彩雲を飛ばした。


 と言っても、あまり遠くではない。この島から小一時間程度の場所へ偵察に出した。


 理由は敵の早期発見と夜間での艦載機操作を少しでも慣れるためだ。


 夜間で艦載機が使えるなら、何かの役に立つはずだ。というか、夜間にエイリアンが接近してきたら、詰む。




「姉ちゃん」


「大丈夫だ」




 防空壕での眠れぬ夜が過ぎていく。


 来ないでくれ、と心の中で叫びながらも、来るなら早く来てくれと心の中で何度も叫んだ。


 震えるのを必死に堪えながら、気が付けば、無いが夜が明ける。




「小さな池でも艤装が展開出来て助かったな」




 防空壕近くの池で四機の彩雲交代で使いながら夜間での偵察を行なった。


 夜が明けたので四機目の彩雲は帰還させずにそのまま昨日エイリアンを発見した方角へと向かわせた。


 貴重な一機だけど、新しく島から彩雲を飛ばすと時間が掛かる。


 だから使い捨てるつもりで、敵を探しに行かせた。


 もちろん、エイリアンの影を捕らえたら直ぐに帰還させるつもりでもある。




「ああ、来たか……けれど、あれは」




 影が見えた。


 先頭に横並びの三隻の赤黒い肉と鉄が組み合わさった戦闘艦。その後方に先頭の三隻よりも二回りほど大きい赤黒い二隻が横並び、更にその後方に前の二隻よりも一回り大きい一隻がいる。




 合計六隻……。


 こちらの戦力は烈風と流星それも二十機ずつ。


 男だったゲーム知識だと、恐らく六隻のエイリアンの役割は前から駆逐艦、軽巡洋艦、巡洋艦だと思うけれど。


 敵を全て倒せるか? と考えて俺は直ぐに首を横に振る。


 追い払えばいい。時間を稼いで本土の位置を特定。


 敵にある程度打撃を与えれば一時撤退するはずだ。




 そう考えた時だった。彩雲を引き返させようとした時、敵の一番後ろに居る重巡洋艦から何かが光った。


 俺は反射的に彩雲を右へ急旋回させた。




「いつっ!!」


「姉ちゃん!?」


「大丈夫!!」




 彩雲の左翼が吹き飛ばされて俺の左腕から少しだけ出血が起こった。


 そして、墜落していく彩雲の視界が重巡洋艦の船首に立っている赤黒い人間の様な、人の形をした化け物ナニカと目が合った。


 背中に氷を突っ込まれたかのような怖気が走る。




 アレ、ヤバイ奴だ。本能的に分かった。




「俊和」


「な、何、姉ちゃん」


「敵が来る。だから、行ってくるね」




 俺は池から上がって、俊和を抱きしめる。


 うん、俺は死んだな。でも俊和だけは絶対に死なせない。




 俺は出会った数日の少年の為に自然に命をかけることを決めていた。


 普段なら、違和感を覚えたと思う。けど、この時の俺は自然と命をかけることを受け入れていた。


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