血戦



この世界に生まれて、初めて彼女は強い感情に支配された。




 それは、憎しみ。




 外見こそ、人類に近い個体も多い彼女達ではあるが、感情は人類に比べて希薄だ。


 もちろん、人類を観察し、学んだ個体は人類と同じように感情を持ち合わせるようになる。




 彼女達、生まれたばかりの女王は人類にとって優先的に攻撃される。感情というものを学ぶ前に滅ぼされることの方が多いのだ。




 そして、彼女は初めて死を目前にし、死への恐怖を乗り越え、死に抗う為に行動をした。




 海へ沈みながら彼女は必死に一番近くで沈んでいた人類の戦闘艦を模した配下に近寄り、その肉を強引に自分の身体に張り付けた。損傷の酷い顔、胴体、左足に。


 彼女は意識が朦朧としながらも、海面に顔を出して帰還する彩雲と烈風の後を追った。




 水上に出ず、強引に身体を作り変えながら彼女は怒りと憎しみを胸に、自分をこんな目に合わせた存在へ復讐をする為に前へ進んだ。


 この時、彼女は巣級や他の配下へテレパシーの様な物を送っていたが、頭部へのダメージが酷く指示を送れなかった。


 彼女は戻ると言う選択肢を取らなかった。


 怒りと憎しみに支配されていたからだ。普段の彼女なら配下の元へ戻ったがこの時は正解だった。


 既に二人の潜水艦の戦女子が巣級達へ近づいていたからだ。


 もし、この時彼女が普段の慎重さで巣級の元へ戻っていたら、そこで彼女は終わっていただろう。






 彼女は前へ進んだ。時間をかけながら身体の修復をしながら。敵の艦載機が飛んでいった方角へ。


 配下の身体と自分の身体はかなり違う。けれど、彼女が生み出した物でもある。


 身体に違和感を覚えながら、長い時間をかけて移動した彼女は島を見つけた。




 そこは信濃が彼女を攻撃する時に身を隠していた小さな島だった。


 彼女は島に上陸して、敵がいないか探った。辺りはすっかり暗くなっている。人類なら不可能だが強化された彼女の眼はしっかりと周囲が見えていた。




 ――ここではない。




 微かな落胆はあった。けれど彼女は都合が良いと考えた。


 島を歩き、彼女は栄養のある物を探した。


 姉妹達の中で非力と言っても人類に比べて数倍の身体能力のある彼女は地面や木々を抉り昆虫や人類が食べられない木の実を貪っていく。




 食べた物で回復できるエネルギーは微々たるものだ。人類を食べることもある彼女からしてみれば、全然足りない。


 だが、今の彼女の身体にとっては貴重なモノだった。




 食べられそうな物を食べ、島で一番高い所へ移動した彼女は少し離れた場所に、今いる島よりも大きい島を見つけた。




 彼女は本能的にあの島に自分をこんな目に合わせた敵がいると分かった。




彼女は移動を開始した。


前までなら、海上を滑る様に進んでいた身体は、もう海上を進めない。それが途轍もなく腹立たしく感じている。


もちろん、沢山の栄養と時間があればまた元に近い身体を作れるかもしれないが、それでも今自分をこんな目に合わせた敵への怒りと憎しみが再燃した。




あそこにいる。必ず殺す。








彼女が八島に上陸した場所は偶然にも、信濃が辿り着いた砂浜だった。


 そこで、彼女は何かを引きずるような跡と足跡を見つけた。




 彼女の新しく作られた小さな口が醜く歪んだ。


彼女は歩く。彼女は知識で、艦載機が破壊されると少なからず、戦女子もダメージを受けることを知っている。


 自分に突っ込んできた敵の艦載機のことを考えれば敵もダメージを受けているはずだ。


 艦載機を送ってきた以上、敵が空母。艦載機の数を考えれば軽空母と分類される戦女子だと彼女は考えた。




 その考えが、彼女の計算を狂わせることになった。


 軽空母は、空母より撃たれ弱い。


 過去に姉妹達の戦いを覗き見ていた彼女の感想だ。




 彼女は浜辺から、足跡を辿った。小さな足跡を見て彼女はもう一体、戦女子がいるかとも考えたが。


 違う。と彼女は考えた。




 恐らく、敵を呼びだした人間だと彼女は思った。


 出なければ、単独で自分が死ぬかもしれないような攻撃をするわけがない。


 戦女子、人類の兵隊が後先考えない自爆攻撃してくる理由。それは追いつめられ、何かを守ろうとする時だ。


 彼女は足跡を辿り、山道を歩いて行く。




 もう少しだ。


 彼女にも心臓と言う臓器がある。その臓器が激しく脈打つ。


 普段の彼女なら、絶対に行なわない行動を続けていた。


 普段の彼女なら少しの怪我でも、体力が回復するまで隠れている。


 だが、それをせずに、彼女は初めて激しい怒りと憎しみを持ったまま、敵を殺しに来た。






 彼女は見つけた。


 過去に白と赤い色の二色の衣服を身にまとった戦女子が身に付けていた衣類に似た戦女子が自分に背を向けていた。


 背後からレーザーを撃てば勝てる。


 普段の彼女ならそうしていた。


 けれど、彼女は。




 苦しんだ顔が見たい。




 彼女はあえて音を立てた。その音に気付いた敵がこちらを振り返り、敵は驚きの表情で動きを止めた。


 彼女はレーザーを敵に打ち込む。


 敵は反射的に身を守ろうと避けようとしたが、彼女のレーザーは敵の左肩を吹き飛ばした。




 敵の悲鳴を聞いて、彼女は胸がスッとした。体力を多く使うレーザーはあまり多用出来ない。


 けれど、今が使い時だと彼女は思い、もう一撃を入れようとした時。敵が一瞬光り輝いた。艤装を展開した? 彼女は驚いた。




「食らえ!!」




 敵の怒号、彼女は困惑した。


 敵の背後から金属製の腕が六本(その内二つは半ばから無くなっている)出現し、その内の四本の先端には彼女が見慣れている高砲や機銃が装備されていた。


 過去に数回見たことがある激しい弾膜。


 彼女は咄嗟に左へ飛んだ。飛びながら両手でレーザーを打ち出し、敵の金属製アームを二つ破壊。


 彼女の眼だからこそ当てられた。




「クソがっ!!」




敵が何か叫んだ。彼女は更に両手でレーザーを発射。


彼女は敵を倒しやすくする為に、敵の右足首を吹き飛ばし機動力を奪い、もう一本の金属の腕を破壊した。


敵の悲鳴が聞こえる。心地の良い悲鳴だ。彼女は笑みを浮かべた。




 最初は彼女も焦った。敵を甘くみていた。けれど、もう大丈夫だ。


後はもう一つの金属の腕を破壊すれば勝ちだ。そう思って、敵に一歩近づいた直後だった。




「姉ちゃんに、近寄るなあぁぁっっ!!!」




 右側から叫び声が聞こえた。視線を向けると脆弱な人間の子供が何かをこちらに向けていた。


 何だ? と思う間もなく、発砲音が聞こえた。


 その一発は殆ど偶然だった。少年は祖母から、祖母は夫から聞いた拳銃の使い方を、使用できるかどうか分からない拳銃を、お守り代わりに貰った形見の拳銃を自分の姉を守りたいという一心で引き金を引いた。




 古い拳銃が暴発しなかったのは奇跡とも言えた。


 少年の祖父が死ぬ間際まで丁寧に手入れをしていたのが、奇跡へ繋がった理由なのかもしれない。




 脆弱な人間が何をするのか興味を持ち、回避行動を取らなかったのが彼女のミスでもあった。


脆弱な人間が放った拳銃の弾丸は、彼女の眼に偶然当たった。だが彼女にダメージはない。


ダメージはない、だが! 彼女は反射的に眼(弱点)を庇うように、右手で自分の眼を押さえ、前にいる手負いの獣から気を逸らしてしまった。




それは、




「いけええぇぇぇっっっ!!!!」




 致命的な隙となった。敵が手に持っていた対物ライフルに飛行甲板をくっつけた様な艤装の上から弾丸の様に飛んでくる二機の艦載機。


 脆弱な人間は数秒の時間を見事に稼いだ。




 我に返った彼女はその場から彼女は左へと飛んだ。いや、飛ぼうとした。だが、足から伝わってきた音と感触は自分の求めていたものとは違った。




 ベキッという音、左足への鈍い感触。彼女はバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。右足も上手く動かなかった。




――何故だ?! 彼女は心の中で叫んだ。




 彼女は今まで限界まで自分の身体を動かしたことが無かった。




 切り札のレーザーの使用、姉妹達の中で一番貧弱にもかかわらず短距離の助走で無理に両足に負荷をかけ、その後左足は敵の至近距離の爆発に巻き込まれた。


 全身への銃撃、至近距離での流星の神風特攻。


 体力が回復しきり前に、レーザーの多用と反射的に行なった回避行動の足への強い負荷。




 彼女の身体は、彼女が考えていた以上に疲弊していた。


 怒りと憎しみだけで、動いてはいけなかったのだ。




『――!!!!!!!!!』




 声にならない彼女の絶叫、自分へ突っ込んでくる二機の流星。


 この時、彼女は判断を誤った。立ち上がろうとして反射的に左腕で身体を支えていた。




 彼女は反射的に右腕で流星を迎撃しようとした。だが、流星は二機。彼女はパニックを起こした。レーザーは連射が出来ない、更に敵は左右に弧を描くように二手に別れて自分へ突撃して来た。




 もしも、彼女が地面に倒れたまま、立ち上がろうとせずに両手で流星を迎撃していれば、彼女は助かったかもしれない。




 迫りくる二機の流星、彼女はどちらを撃てば良いのか迷った。


 彼女は叫びながら、右側の流星へレーザーを発射した。


 右翼を撃ち抜かれた流星はそのまま、落下し地面に激突した。


 けれど、もう一機の流星は彼女の胴体へ突撃、爆発した。






『――ガハッ!!』




 特攻で吹き飛ばされ、大量に血肉をまき散らしながら彼女は生きていた。




「だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」




 敵の叫び声が聞こえ、彼女は恐怖しながら、叫び声がした方を見た。


 左腕を無くし、右足首を無くした敵が、負傷を感じさせない速度で彼女に迫って来た。




 彼女は即座に逃げようとした。だが、敵の金属製の腕から発射された弾丸によって身体が削り取られ、悲鳴を上げながら彼女は地を転がった。




 弾丸が止んだ同時に、倒れる彼女の頭上から声がした。




「これで、終わりだ」




 敵の無機質な声が響いた。


 彼女が地面に這いつくばりながら、顔を上げると、敵は対物ライフルに飛行甲板を乗せた様な艤装を大きく振りあげて、人形の様な無表情で彼女を見下ろし、飛行甲板を彼女に躊躇なく振り下ろした。






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