彼女
そこはまるで大人気ミュージシャンが使うライブホールの様に広く、赤黒い肉の壁で覆われ、湿り気の多い薄暗い空間だった。
天井からは人一人が入りそうなほど大きい赤黒い、大小数多くの肉の袋がぶら下がり。幾つかの肉の袋は破れて中身がない。そして、また一つの肉の袋が激しく震えだすと、赤黒い細い腕が肉の袋を突き破り、肉袋から青黒く濁った液体が噴水のように吹き出した。
ある程度液体が外へ出ると二本目の腕が肉の袋から飛び出て、肉の袋を両手が掴んで引き裂いた。
細く形の良いすらりとした赤黒い両足が肉の袋から出てきて、――ドシャリと水音を立てて、赤黒い人の形をした生物が地面へ着地する。
「――ッ!!!!!!」
『――ッ!!!!!』
地に両手と両足を付け、ゆっくりと立ち上がる赤黒い人の形をした生物は産声を上げる。
それと同時に周囲から、産まれ落ちた彼女の母が歓喜の声を上げ、近くにいた先に産まれた彼女の姉妹達も歓喜の声を上げる。
産まれたばかりの彼女は母や姉妹達に比べて小柄だった。
だが、ギラギラとした瞳で周囲をじっくりと見渡した後、己の身体もじっくりと観察した。
彼女はもう一度、母を見る。上半身は自分より二回りほど大きいが下半身は高層ビルの様に膨らんでいる母、自分よりもそれぞれ強靭な肉体を持っていることが分かる姉妹達。
彼女はこの世界に産声を上げた瞬間から、己の生まれた意味を理解していた。
彼女はこの地球(星)で、種を繁栄させること。
だが、その本能よりも彼女は自分の意思で瞬時に優先するべきことが出来た。
それは自分の目の前に存在している、同族である母を殺し、姉妹達も全て殺すことだった。
何故、彼女がそのようなことを考えたのか本人にも分からない。だがしなくてはならないと、心の底から思ったのだ。
同時に彼女は己が弱者であることを即座に自覚した。それ故に生き残るためのどうすれば良いのか考え始める。
数日で自分も含めた姉妹達は、巣立ちをする。彼女は巣立ちをする姉妹達の一番後ろを歩いた。
洞窟の様な赤黒い肉の通路を歩きながら、母が作りあげた兵士達を観察した。
本能に従って我先にとこの巣から飛び出て行った姉妹達には侮蔑する視線を向けた。
アレは直ぐに死ぬだろう。
植えつけられた基本的な知識から、彼女は人類(敵)にあの姉妹達は直ぐに殺されると予想した。
彼女は姉妹達の中で一番弱く、それでいて慎重だった。
巣の外に出た彼女は少数の配下を作りだし、その後は姉妹達が人類と戦うのを観察した。
その結果、彼女は陸上ではなく、海を拠点にすることにした。
オモチャは配下に取りに行かせれば良い。人類が自分を襲い易い陸上に巣を作るのは馬鹿のすることだと彼女は考えた。
けれど、彼女は陸上を歩くのを好ましいと考えていた。
だから自身を戦女子のように水上を走れるようになっても、水中へ必要以上の身体の変化をしなかった。
けれど、水中に隠れた方が安全なので、水中に隠れる為の巣になる配下を作りあげた。
彼女は他の姉妹達を囮に使い、配下に隠密行動とらせて人類の軍隊、民間人、チャンスがある時は単独の戦女子を餌にした。
戦女子が相手の時は、彼女も素早く戦女子を手に入れる為に参戦し、短期戦で戦女子を倒した。
彼女がミスを犯すことなく、戦い続けられたのは敵の強さを第六感ともいえるモノで把握していたからだろう。
彼女が狙い配下に襲わせる敵の大半が、新兵や怪我を負っている弱者だった。
そんな彼女が最近行動していた北海道、東北地方の海から南下したのは理由がある。
人類が東北地方と北海道で大規模な作戦が行なわれること、オモチャを捕まえた時に知ったからだ。
自分よりも早くに生まれた姉妹達と自分と同じ時期に生まれた姉妹達の大半が、今回の人類の大規模な作戦の前に倒れると彼女は本能的に悟り、日本から離れ途中で水中に潜りながら安全を確保した。
だが、彼女はここで少し考えを変えた。このタイミングなら、人類が住んでいる近くで狩りが出来るのではないか?
そう考えた彼女は時間をかけながら、日本政府が配置した海中レーダーの外から大きく回り込む様な形で、静岡県の沖合までやってきた。
手薄になった地域から人間や兵器などを手に入れ、更に自分の力を手に入れようと考えていたのだが、運悪く戦女子の偵察機を二機発見されてしまった。
せっかくここまで来たのに、ここで見つかれば敵の増援が来る。
彼女は直ぐに戦女子二機を追いかけて殺そうとしたが、腹立たしいことに敵を逃がしてしまった。
敵に見つかり、今後のことを考えて彼女はここから立ち去るかと考えていると、先ほどの戦女子の物とは違う偵察機が一機、別の方角から飛んできた。
苛立っていた彼女は直ぐにそれを排除させて、配下に新しく現れた戦女子を探して殺すように命じた。
それから偵察機の残骸が回収されるまで、彼女は様々なことを考えた。これからのこと人類をどうすれば効率よく玩具に餌にできるか。女帝と姉妹達を皆殺す方法。
しばらくして、配下が墜落した水偵の残骸と撃墜したもう一機の残骸を運んできたので、暇つぶしに調べているとその二つが全然違うものだと知った。
撃墜した物は今まで見たことが無い物で、彼女は久しぶりに喜んだ。
彼女は戦女子を探して殺すように命じていた配下に、命令の中止の信号テレパシーを送り偵察機が飛んできた方角を調べさせた。
見たことが無い偵察機はかなり距離のある場所から飛んできたようだが、彼女は偵察機が飛んできた小さな島々を見つけて、その島に戦女子がいると彼女は考えた。
その戦女子を手に入れる為に、彼女が移動しようと思ったタイミングで、敵の夜襲部隊が彼女を襲った。
これは彼女の予想に反しての奇襲だった。
日が暮れて、夜間の海戦。自分から攻撃をしかけるのは好きな時間帯だが、攻撃を避けるためにされるのは嫌な時間帯での戦闘、今までの彼女だったら即座に逃げていたが。
彼女はここで戦うことを選んでしまった。
理由は敵の数が少なかったこと、ここで逃げれば、新しく発見したオモチャが手に入らなくなる。
普段なら敵の戦女子の強さと偵察機の回収は次の機会チャンスを探す彼女だったが、新しく発見した未知への好奇心が逃げるよりも迎撃を選ばせた。
結果、夜戦を得意とする敵艦隊の粘り強い戦いにより、彼女の予定は大幅に狂ってしまった。
彼女の能力は高いが戦闘経験は他の姉妹達に比べて圧倒的に少なかった。
その為、彼女は敵を一人も殺せずに捕り逃した。
それに対して彼女は怒りを覚えたが、敵には深手を負わせた。彼女は今までの経験上、しばらく敵が来ないと考えたが、それが間違いであるということを後に知ることになる。
自分が今日本の柔らかい横っ腹に来ているという自覚が彼女にはなかった。
彼女は配下の大半をここに置いていくことにした。
仮に敵が来ても追い払えるようにした。そして、自分は未知の偵察機を飛ばしてきた戦女子が居ると思われる島へと向かった。
慢心と少数の護衛と共に。
彼女は今まで順調だった。順調過ぎた。
大きな負傷をせず、一方的に敵を倒してきた。取り逃がすことも過去には数回あったが、最終的には全て敵は倒してきた。罠を使い、弱らせ単独の戦女子を。
彼女は心を躍らせる。新しいオモチャを夢見る。
彼女は出会ってしまう。この世界のイレギュラー、信濃(彼)に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます